天安門事件で学生指導者を務め、先般のナンシー・ペロシ米下院議長訪台の際に同氏と会談したウーアルカイシ氏が、ペロシ訪台の真実と中国の暴走について明らかにする。
取材・構成・写真=栖来ひかり(台湾在住文筆家)
※本稿は『Voice』2022年11月号より一部抜粋・編集したものです。
――(栖来)今年8月2日~3日のナンシー・ペロシ米下院議長訪台の際、あなたは同氏と会談したそうですね。この報道を受けて、あなたがいま台湾にいることを知った人も多いと思います。
【ウーアルカイシ】1990年に初めて台湾に来て以来、毎年訪れるようになり、1996年に移住しました。今年で台湾在住26年目です。中国を離れたのが21歳のときなので、人生で過ごした場所のなかで台湾が最も長くなりましたね。
――第二の故郷ですね。
【ウーアルカイシ】私は北京に住むウイグル人家庭に生まれ、海外に亡命したのち、台湾の国民になることを選びました。「Uyghurs by blood.Chinese by birth.Taiwanese by choice.」(ウイグル人は血である、中国人は生まれである、台湾人は選択である)です。
いまの私は完全な台湾人です。台湾のパスポートを持ち、納税し、兵役義務を果たし、投票する。自分で選択したことですから、現地で生まれた人よりも台湾人としての自覚が強いかもしれません。
――ご家族とは連絡を取れていますか?
【ウーアルカイシ】家族はいまウルムチ(新疆ウイグル自治区)にいます。連絡は取れますが、私の中国への入国が叶わず、30年会えていません。父も母も80歳を過ぎ、いつ悲しい知らせが届いてもおかしくない状態です。もしかするともう会えないかもしれない。これ以上誰も私のような思いをしないことを願うばかりです。
――以前から、ペロシ氏の訪台について働きかけてきたそうですね。
【ウーアルカイシ】ペロシ議長とは、米国における中国政策について意見を交わしてきた仲です。いまや数十年の付き合いで、意見もかなり一致しています。私は昨年9月に米国でペロシ議長に会った際、台湾が世界にとっていかに大切かをあらためて説き、必ず訪台するべきだと伝えました。
もちろん、私がペロシ議長を台湾に引っ張ってきたわけではありません。彼女の背中を押したのは台湾自身、すなわち台湾の約2300万人が力を合わせて、世界から尊敬される国家をつくったからです。ペロシ訪台の最大の功労者はじつは、米国の中国への危機意識を高めた習近平氏かもしれませんが。
――あなたはハーバード大学で学ぶなど米国にも住んでいましたが、米国の対中政策の変化をどう感じていますか。
【ウーアルカイシ】米国の対中政策は、リチャード・ニクソンが大統領に就任した1969年から始まりました。当時の国家安全保障担当大統領補佐官はヘンリー・キッシンジャー。彼はいま99歳ですが、現在はキッシンジャー・アソシエイツの会長を務めています。この会社が米国企業を中国市場に導いたのです。
私は米国の友人らによくこう言ったものです。「ここ数十年の米国の中国政策を見れば、天安門での大虐殺、チベット人やウイグル人への暴力、香港の破壊、台湾への脅威といった東アジアの不安定を招くのは明らかだ。米国の中国政策に携わった人たちが、中国にとって最大のお客さんなのだから」と。
米国の大学で学んだ私がこう語るのは当時奇妙だったでしょうが、数十年が経ったいま、ようやく彼らも自分たちの対中政策が間違っていると気づいたようです。そして今回ペロシ議長が台湾を訪れたことを契機として、米国の政策変更の歩みがこれから次々と明らかになるでしょう。
――あなたはペロシ氏と台湾の国家人権博物館で会見しました。どんな内容でしたか?
【ウーアルカイシ】とても友好的でフランクなものです。なにせ数十年来の友人ですから。「ペロシが台湾に来た」。この事実がもつメッセージ性こそが、どんな談話よりも重要です。
ペロシ議長は台湾を離れたあと、ツイッターの個人アカウントで台湾訪問のダイジェストビデオにメッセージを添えて投稿しました。メッセージのキーワードは「to make crystal clear(水晶のごとく澄み切ったように明瞭にする)」。これまで米国は中国に対して曖昧な政策をとってきましたが、それもペロシ議長の訪台で終わりを告げ、将来的に彼女のメッセージどおり、今後は民主主義的価値観のうえで明確で透明な戦略を描いていくでしょう。
どうか日本も、これまで30、40年にわたって中国に送り続けてきた「中国が必要」「中国は怖い」といった間違ったメッセージを今後は送らないよう願っています。中国共産党は数十年間、西側諸国の誤ったメッセージを受け取り続けた結果、おかしな自信を得て、他の民族や自国民の反抗に対して残虐な行為を繰り返しています。
中国の慣用句でいうところの「姑息養奸」(行き過ぎた寛容は悪人の悪を助長する)、もっと正確にいえば「助紂為虐」(悪人の悪行を助ける)。それが西側諸国によるメッセージが招いた結果です。
――近ごろ、西側諸国の要人はこぞって台湾を訪問したがっていますね。
【ウーアルカイシ】ええ。日本はこの点でとても重要な役割を担ったと思います。とくに安倍晋三元首相は、最も早く対中国の強い姿勢を明らかにしたリーダーでした。日本の決心が米国をも動かした一因になったのではないでしょうか。だからこそ、安倍元首相が亡くなったのは本当に残念です。
――ペロシ氏の訪台後、中国は台湾を四方から囲むように大規模な軍事演習を実施しました。この動きから中国内部の論理をどう読み取れますか。
【ウーアルカイシ】習近平についてはっきり言えるのは、彼には「イズム」や「主義」という大層な概念は存在しないことです。多くの人が、習近平とプーチンを独裁者として並べて論じます。
たしかに彼らに似た部分は多い。しかし、プーチンは理想主義者ですが、習近平はそうしたロマンをまったくもち合わせていません。彼が「共産主義」「社会主義」「民族主義」「愛国主義」だなんてとんでもない。頭にあるのは結局のところ、金と権力の維持だけです。
――日本では、台湾が「第二のウクライナ」になるのではと危惧しています。
【ウーアルカイシ】「武力で台湾を統一する」という言葉は、中国のネット民を喜ばせるための方便です。「統一」を叫べば国内の民族主義を煽り、政権への支持が上がります。ただ習近平政権にとって、実際に行動に移しても良いことは一つもないし、人民解放軍の役割は自国民を押さえつけることだけです。
とはいえ、決して中国の動きを軽んじてよいわけではありません。彼らは非常に計算高く、台湾を侵略したところで自分たちに得がないのはわかっている。
他方で中国共産党は、常識やロジックから外れた思いがけない行動に出ることもあります。だから台湾も用心するにこしたことはない。これが私の分析です。
――つまり、習近平氏は国内外にただ恐怖感を与えようとしている。
【ウーアルカイシ】そう。だから私はいつもメディアに、習近平に誤ったメッセージを送るなと口を酸っぱくして訴えています。自分たちが中国を怖がっていると伝えることは中国共産党への加担であり、不適切です。
更新:11月21日 00:05