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「中国は嫌われている」一方で、三国志を好む日本人...この矛盾はなぜ生まれたのか?

2024年10月11日 公開
2024年12月16日 更新

安田峰俊(紀実作家)

日本人に中国史が人気な理由

国民の9割近くが中国に「親しみを感じない」と答える一方で、中国の歴史や文化を題材にした作品が人気を博すという、一見矛盾しているように見える日本人の心情...。その複雑な背景と、歴史認識のズレについて書籍『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)より紹介する。

※本稿は、安田峰俊著『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです。

 

過去と現代という「ふたつの中国」

中国嫌いのための中国史

中国は嫌われている。

内閣府が発表した令和5年の「外交に関する世論調査」によると、中国に「親しみを感じない」「どちらかというと親しみを感じない」人は合計86.7%にのぼる。46年前の調査開始から最悪の数値らしい。若者層の忌避感情は比較的薄いという話もあるが、とはいえ世論全体からすれば思い切り嫌われている。

理由は無数に挙げられるだろう。覇権主義的な外交姿勢と、相次ぐ日本人の拘束、台湾に対する恫喝と有事の可能性、福島原発の処理水排出に対する激烈な抗議や、庶民が見せる不合理的で情緒的な反日姿勢、習近平の独裁体制と監視社会、新型コロナウイルスのパンデミック発生当初の隠蔽体質――。嫌われる理由は、中国自身に相当の責任がある。

もっとも、日本側の要因も火に油を注いでいる。古い世代ほど中国人への蔑視感情を濃厚に持つ人がおり、そうした年配層にカネを吐き出させたい商業的な言説も盛んだからだ。国民の9割近くが中国を嫌う世論は、このようにして生まれている。

――ただし、反面で不思議な現象もある。今年(2024年)の夏休み映画の目玉で、7月末時点の興行収入が46億円、観客動員数313万人を記録した作品は、紀元前三世紀の中国が舞台の『キングダム 大将軍の帰還』だった。

日本人がわざわざ、古代中国人を演じた映画が大ヒットしたのである。『キングダム』の原作は、既刊70巻を超えるベストセラーのマンガだ。ほかにも中国史がテーマのマンガは、横山光輝『三国志』『項羽と劉邦』、李學仁・王欣太『蒼天航路』、藤崎竜『封神演義』、川原正敏『龍帥の翼』と、昔からいままでヒット作が多い。

向かうところ敵なしの様子を意味する、「無双する」というスラングがある。言葉の元ネタは、コーエーテクモゲームスの『真・三國無双』だ。これは三国志の武将を操作して戦場の敵をなぎ倒すアクションゲームで、同社のシミュレーションゲーム『三國志』シリーズとともに、現在まで多くのファンを集めている。スマホのアプリにはコンセプトが似た他社のゲームも数多くある。

しかも、日本人は李白の漢詩や『論語』などを中学・高校で習っている。往年ほどではないとはいえ、四字熟語や(実は中国由来の)故事成語を的確に使うと知的に見える風潮は現在も残る。少年マンガなどでも、巨悪の重鎮めいたキャラクターはやたらに漢字の多い言葉や古めかしい言葉づかいを好みがちだ。

考えてみると奇妙な話だろう。私たちは日々、国民の約9割が嫌っている国の、古代社会のストーリーをエンターテインメントとして楽しみ、その人物たちを操作して遊んでいる。さらにその教養に、一定の知性や重みを感じている。

この大きな矛盾はどう考えるべきか?

最も説得力のある説明は、日本人の大部分が、古典の世界(およびそれが舞台のエンタメ)の中国と、現実の中国を「別物」だとみなしているからだ。

ある意味では『ドラゴンクエスト』や『葬送のフリーレン』に登場する「剣と魔法」の中世ヨーロッパ的世界観と変わらない。始皇帝や諸葛孔明がいる古典中国は、日本人にとって一種の異世界ファンタジーの世界で、習近平が台湾海峡にミサイルを打ち込んでいる現実の中華人民共和国とは何の関係もない。なので、世間で抵抗なく受け入れられているのだ。

ちなみに、歴史と現代の「別物」扱いは昔からでもある。幕末に上海を訪れた高杉晋作らは、かつて学んだ古典の中国と、現実の上海で見た中国社会のギャップに衝撃を受けている。

また、日中戦争があった1930年代〜40年代には、現実の中国と戦争中にもかかわらず、日本国内では三国志ブームが起きた(横山光輝の作品のモデルである吉川英治の小説『三国志』もこの時期に発表された)。戦地にまで『史記』や李白の詩集を持ち込み、読んでいた日本兵もいたと伝わる。

だが、ここで注意しなくてはいけないのは、カッコいい古典中国と問題だらけの現代中国を「別物」にすることで両者の矛盾を解消する発想は、日本人の一方的な考えにすぎないということだ。当の中国人にとって、古典世界は自分たちの過去である。そして、過去は現代と濃厚に接続している。

エリート層の中国人が会話のなかで「中国有一句話」(中国ではこのような話がある)という言葉とともに頻繁に使う、古典表現の引用や歴史文化のうんちくがどれだけ多いか。

また、日本ではNHK以外でほとんど見られなくなった時代劇が、中国では現在でもどれほど活発に放送されているか。そして子どもに漢詩や『論語』を覚え込ませる(そしてしばしばやりすぎる)中国の親がどれだけ多いか。中国国内外のネットユーザーが現体制を風刺するときに、古代王朝や中華民国時代の比喩をいかに多く使いがちか――。

中国とある程度深く接した経験がある人なら、頷く話ばかりのはずである。中国において歴史は、外交や政治・軍事から日常生活まで大いに活用されている。ときには日本でヒットしている中国系ソーシャルゲームのキャラクターのセリフからも、それを感じ取ることができる。

一定レベル以上の教養がある中国人と会話したり、ビジネスや政治のシビアな交渉をおこなったりする際に、この手の文化的知識をまったく持たないで成果を挙げることは難しい。中国は、現在もなお歴史と接続し、歴史で動いている国なのである。

 

現代中国を知るための中国史

私は、普段はジャーナリズムの立場から中国に向き合っている。ただ、かつて大学と大学院(修士課程)ではもっぱら東洋史(中国史)を学んでいた。

経験から述べれば、中国史の知識とは、単なる好事家のオタク雑学や、カビの生えた無用の学問ではない。現代中国と対峙して分析するという「業務」のうえでは、会計やプログラミングなどと同様に役に立つ実用的知識である(それらの基礎を学んでいない場合、具体的に何がどう役に立つのかを十分に想像できない点も、会計やプログラミングと同様だ)。

ただ、現代中国に関係している日本人の多くが、必ずしも得意でないのもこの分野だ。

現在、対中外交の最前線を担う外務省のチャイナ・スクール(中国語研修班出身者)の外交官や、中国報道を手掛ける記者たち、さらに企業で長年中国業務に携わっているビジネスパーソンには、標準中国語の高い運用能力を持つ人が多い。

中国共産党の指導部である合計7人の党常務委員の名前やおおまかなプロフィール、直近の対日交流日程などは多くの人が把握している。党大会や全人代などの重要会議で発表されたコミュニケや、香港国家安全維持法や反スパイ法のような重要法案の原文を、みっちりと読み込んでいる人も多い。大国・中国に向き合うセクションは花形部署であり、担当者の多くは勤勉で優秀な人たちなのだ。

だが、彼らのなかで、清朝の奏摺(地方官が皇帝にあてた報告文)を、ある程度でも読解できる人はほとんどいないだろう。李世民や岳飛や乾隆帝(いずれも中国側では非常に著名な歴史人物)の人物評について、中国人と世間話を続けられる人も稀だと思われる。

そのため、たとえば中国政府が尖閣諸島の領有権の根拠として挙げている明の官僚の沖縄出張報告書『使琉球録』を、原書に触れて解釈できる日本側の外交官やジャーナリストは、おそらく限られている。

また、習近平は演説のなかで古典をしばしば引用するが、その意味するところを肌感覚で察せられる人も決して多くない。現代中国の政治や社会・経済を専門とする研究者の世界にも、おそらくこれと近い問題がある。

実は日本の中国史・中国古典研究はそれなりに蓄積がある分野だが、「別物」感覚が強いせいか、残念ながらその知見は現代中国のプロたちとの間で必ずしも共有されていない。結果、メディアの露出や政策提言の機会が多い彼らの情報発信に、歴史や古典の視点は十分に反映されないでいる。

これは、考えてみると非常にもったいない話だ。

現代の国際社会において、中国の古典世界に長年接した伝統があり、現在でもその理解が可能な下地を持つ非中華圏の主要国は、日本と韓国くらいしかない。ただ、韓国はすでに漢字を日常的に使わないので、この分野での日本のアドバンテージはかなり大きい。

中国史の知識は本来、西側各国のなかでほぼ日本のみが圧倒的な優位性を持つ貴重な戦略的資源のはずなのだ。現代中国の分析なり政治判断なりビジネスなりの分野で、もっと有効に活用できないものかと歯がゆい思いがする。

 

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