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【22世紀の人間像研究会】人間の身体の「解釈」はどこまで変わっていくのか(1)

磯野真穂(人類学者/東京科学大学教授)

22世紀の人間像研究会

松下幸之助は終戦直後にPHP研究所を創設して以来、人間とは何かについて思索を重ね、その集大成ともいえる『人間を考える』(昭和47年〈1972年〉発刊)において、「人間には万物の王者たる優れた本質が与えられている」とする肯定的な人間観を提唱しました。

それから半世紀を経て、戦争や環境破壊、AIの進化など人類は新たな岐路に立っています。「22世紀の人間像研究会」では、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していきます。

今回からは、研究会のメンバーがそれぞれの専門分野から22世紀の人間像を考えるための視点を提供していきます。人類学者の磯野真穂さんには「身体性」という観点から、身体と象徴や儀式の関係についてお話しいただきます。2回にわたって掲載するこちらの議論は、そのあと展開される「対話」の出発点になります。

人間の優劣や役割を生物学的に説明しようとする生物還元主義は、かつて植民地主義を支える論理として用いられてきました。そうした思考は、すでに過去のものになったと言い切れるのでしょうか――。(構成:中嶋 愛)

 

文化人類学では身体をどのように見るか

文化人類学的な身体の捉え方をざっと知るためには、二つの視点を持つと便利です。一つは「身体と権力」に関する話。もう一つは「身体と象徴」に関する話です。

まず「身体と権力」に関してですが、文化人類学と植民地主義は切っても切れない関係にあります。それと深く結びつくのが、生物還元主義(バイオロジカル・リダクショニズム)と呼ばれる考え方で、人間の優劣や役割を生物的な特徴に落とし込んでいくものの見方です。これの何が問題かというと、「生物学的にはこうである」と断じることで、政治的な意図や権力の構造が隠されてしまうという点です。そのメカニズムについては後述します。

一方で、社会進化論呼ばれる考え方があります。「人間は最も進化した欧米人に向かって直線的に進化する」という考え方です。さまざまな問題を含んでいるため一度は後退しましたが、最近ではこの考え方を潜ませているようなものも見られます。

 

生物還元主義と単系進化論がもたらしたもの

実は、生物還元主義と社会進化論の歴史をたどると、かなりおぞましい事例が確認できます。

たとえば南太平洋にあるタスマニア島に起きたことです。この島はオーストラリア大陸の南東に位置し、周囲の潮の流れが強いために人が近づきにくく、独自の文化が育っていました。19世紀になるとここにイギリスが入植します。その結果、先住民に何が起きたか。

1803年にイギリス人が上陸した際には4000人の先住民がいたといわれていますが、1859年には15人まで激減し、1876年には0人(入植者との間に子どもが生まれた場合もある。ここで示した数字は、隔絶した環境の中で生きていたタスマニア島の人々のこと)になりました。イギリス人が持ち込んだ伝染病、レイプ、殺人など、死因はさまざまです。

この時代、非欧米人は進化の途中にある人種という考え方がイギリスをはじめとする欧米人にはありました。十分に進化した自分たちの身体からは進化の痕跡が消えてしまっているが、進化の途中にある非欧米人の身体には残っているはずだと考え、その視点から非欧米人の身体に強い関心が集まりました。

欧米人が非欧米人に邂逅することになる大航海時代からこうした考え方は存在していましたが、ダーウィンの進化論がそれに「裏付け」を与えるかたちになりました。ダーウィンの進化論に触発され、イギリスの社会学者のスペンサーが「適者生存」という言葉を提唱します。スペンサーは、ダーウィンの進化論をそのまま人間社会に適用したのです。これが社会進化論であり、劣等な民族がより優秀な民族によって支配されることは自然の摂理なのだという思想的根拠が生まれました。生物還元主義にはさまざまなパターンがありますが、社会進化論はその典型です。

 

タスマニア先住民の身体への執拗な関心

タスマニア島に入植したイギリス人には「進化の途上にある人間の身体には、ある種のミステリアスな力がある」という発想もあったようです。実際、当時の王が亡くなった時は、その墓が暴かれ、手と足が盗難に遭うという事態にもなったそうです。

加えて、いまだと考えられないような話ですが、女王であるトラゴニーニが亡くなった際、彼女の骨格は、「原始の骨格」として博物館に展示されました。彼女の骨が故郷で埋葬されたのは1976年、彼女の死後100年たってからのことです。

植民地において白人の植民者が先住民の身体に示した並々ならぬ関心の背景には、自分たちは何者なのかを歴史のなかに位置付けたいという欲望があり、それは非白人たちの存在を自分たちの歴史の中に都合のいいように位置付けていく実践でもあったのです。

これは日本と無関係の話ではありません。今年の12月15日、日本人類学会は、過去において一部の遺骨収集や保管、研究活動がアイヌ民族を傷つけてきたとしてお詫びするという声明を発表しました(三股智子「アイヌ遺骨の収集、日本人類学会が初の謝罪 研究目的で1700体以上」毎日新聞, 2025年12月15日)。アイヌの遺骨は研究資料として大量に収集され、中には動物の骨と一緒に扱われたケースもあるそうです。アイヌ民族が研究対象とされたのは明治期以降とのことですが、ここには「動物→アイヌ→和人」といった極めて恣意的な分類による社会進化論的な図式が読み取れます。社会進化論は至る所に現れる。そう考えておくべきでしょう。

 

植民地主義と「体毛」の問題

植民地主義の文脈では、体毛といった身体の細部までもが解釈の対象になっていました。レベッカ・M・ハージグという歴史学者の『脱毛の歴史』(東京堂、2019年)という本があります。この本の第1章には、植民地主義の時代、いわゆるネイティブアメリカンの人たちは当時体毛を火で焼いていたらしい、という話が出てきます。それで体がツルッツルだった。

当時、欧米人の男性は「体毛が豊かなほどいい」とされていたので、「なぜインディアンに毛がないのか」という議論が盛り上がったそうです。いまだと想像しづらいことですが、アメリカ先住民の人たちを前にして「この体毛のない人たちを欧米化することは可能なのか」と本気で考えていたのです。さらにぞっとするのは、「アメリカに住んでいる未開人に体毛がないのは、意志や意欲、論理的思考能力、社会の規律を守る能力が欠如している証拠である」といって、植民地化を正当化しようとしたことです。

老いも若きも、男性も女性も脱毛にいそしんでいる現代の社会状況からは考えにくいのですが、ここで申し上げたいのは、身体の理解というのは常に政治的な問題をはらんでいるということです。

 

摂食障害は母親が社会に出て働いたせい?

社会で権力を持っている人が、社会問題としての身体をどう解釈するかは、文化や国によっても変わってきます。私が調査をしていたシンガポールと日本での摂食障害の原因に関する言説がそのことをよく表しています。

日本で摂食障害が出始めたのは1970年代後半から1980年ぐらいにかけてのことです。当時、「なぜいま、若い女性たちに摂食障害が広がっているのか?」をいろんな人が解明しようとしました。これもいま聞いたら驚くようなことですが、精神科医が「女が男のまねをして社会に出るからこんなことが起こるのだ」などと言っていたのです。

特に拒食症は、極度の痩せが特徴の病気です。体が女性らしい体つきになることを拒否しているように見えると表現もできます。このような解釈が医療専門家に採用され、母親が自分の女性性を受け入れることなく、「男のまね」をして社会に出て働こうとした結果、それを見た娘が女性性を拒否する、という解釈がまかり通っていました。

実際、80年代、90年代くらいに出た日本の論文を見ると、医師や心理学者がまことしやかに母親原因説を裏付けるような研究結果を出しているのです。

私は2001年にシンガポールで摂食障害の調査を実施したのですが、母親原因説なるものはほぼ一蹴されていました。シンガポールで摂食障害が出始めたのは、日本よりも少し遅れて1990年代の後半からです。もともと母親原因説は欧米から来ているのですが、日本はそれを受容した一方で、シンガポールではそうではない。同じ西洋医学を学んだ医師のいる国で、同じ病気に対する解釈がこれほどまでに違うのはなぜなのか。

私の結論は、この違いはシンガポールと日本の経済発展過程の差に起因するというものです。

 

日本は男女完全分業、シンガポールは全員労働

日本は経済成長をする時に、男女分業をはっきりすることで経済発展をしていきました。男性はとにかく外で働きまくり、女性は家庭で家事、子育て、介護に従事するという男女の分業です。

シンガポールは、1963年にイギリスの植民地からマレー半島やボルネオ島と合わせてマレーシア連邦として独立しましたが、華僑主体のシンガポールはクアラルンプールの政府と対立して、1965年にシンガポール単体として独立したという歴史があります。

淡路島くらいの大きさの領土しかなく人口も少ないため、労働力をどう確保するかが大きな問題になりました。男女の区別なくみんな働いてもらわなければ経済がまわらないので、保育所をどんどんつくるなどして女性も外に出て働ける環境を作りました。それであっという間に男女の労働比率が半々ぐらいになりました。

小さいこどもの子育てや家事は、マレーシア、フィリピン、インドネシアなどの周辺国から来たメイドがやるのが普通なので、「お母さんの温かい手作りのお弁当がなければ子供がおかしくなります」というような発想は全くない。母親起源説が定着するような土壌がないということです。

シンガポールでむしろ注目されていたのは、欧米化の影響です。シンガポールでは英語も公用語になっているので、当時からイギリスやアメリカのテレビ番組が普通に放映されていました。そうした番組を通じて、特に女性の美や成功を痩せた身体と関連付けるような価値観が浸透し、それが規範となって摂食障害が増えたという説明が、シンガポールでは説得力を持ちました。

 

女性を「異分子」とする社会構造

日本でもっとも影響力があったのは、久徳重盛さんという内科医が書いた『母原病』という本で、大ベストセラーにもなりました。ただ、母原病だけでは説明しきれずに、最後は父性の欠落も現代の病理であるといって「父原病」まで持ち出してくるのですが。

これもいま読み返すとびっくりする話なのですが、子供のアトピー性皮膚炎、不登校、家庭内暴力、喘息などは全て母親のせいであると書かれています。重要なのは、これらが「科学的な裏付けがある」かのように書かれていることです。

日本で母親原因説が定着しやすかったのは、もともと日本の経済発展が男女の完全分業で成り立っていたので、子どもの問題を女性が働き始めたことと結びつけて一見科学的な感じで説明する母原病のような言説が支持を得やすかった。

変化を嫌がる人たちにとって、社会に出て男性と同じように働く女性は「異分子」だったわけです。その異分子に責任を押し付けるかたちで、「客観的な生物的、医学的な事実」として語られたのが母原病です。

 

現代社会にも現れる生物還元主義

実は、この生物還元主義のようなものは現代社会でもときどき出てきます。ここでひとつクイズです。

 

「放射〇」「ワクチン〇」「コロナ〇」の〇に共通の漢字一文字を入れてください。

 

何だかわかりますか。そう、「脳」です。

放射能をうんと怖がる人を「放射脳」、ワクチンをうんと怖がっている人はワクチン脳、コロナを怖がる人はコロナ脳、と呼ばれることがあります。

自分と明らかに違う考え方をしている人に対して「脳が違う」という生物学的な表現を使い、「私たちとあの人たちは身体が違う」ことを示唆する。私たちには誰しもこういう傾向があることに自覚的でなくてはならないと思います。

 

シリコンバレーでは広がる「遺伝子最適化」の動き

生物還元主義の最新の事例のひとつとして「遺伝子最適化」の話があります。最近、ウォールストリートジャーナルで「賢い子ども需要、米テック業界で沸騰(Inside Silicon Valley’s Growing Obsession With Having Smarter Babies)」(2025年8月12日)という記事が掲載されました。

シリコンバレー超富裕層のあいだでは、子どもを持つときに胚のIQなどの特性を予測して選別したり、知能の高いパートナー同士でこどもをつくるための高額なマッチングサービスを使ったりする人たちが出てきているそうです。

テクノロジーによる「遺伝子の最適化」によって子どもの成功可能性を高めたり、人間を進化させたりできる、という考え方です。もちろんこれは眉唾物の考え方であって、そんなに都合よく思い通りの子どもが生まれるわけはありません。ただ生物還元主義は、人間が自分を納得させたり、正当化したりするための手法として、現れやすい思考の癖であることは押さえておくべきでしょう。

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