2026年02月03日 公開

「この本は参院選の結果とその後の政局を予測していたのではないか」―。新著『新しい階級社会』が注目を呼ぶ話題の著者が、拡大する「アンダークラス」の実態、自民党の主要な支持基盤の変容、自民党が進むべき道を提言する。
※本稿は、『Voice』2025年10月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
※この記事を題材にした読書会を開催しました。
参議院議員選挙の投開票があった7月20日のほぼ1ヶ月前、私は『新しい階級社会 最新データが明かす〈格差拡大の果て〉』と題する著書を上梓した。脱稿したのは2月だから、参院選について言及しているわけではないのだが、投開票の直後、何人かのメディア関係者から「この本は参院選の結果とその後の政局を予測していたのではないか」という趣旨の問合せや取材依頼を受けた。
この問いは、半分は当たっているが、半分は外れている。たしかに私は本書で、新興の右派政党、つまり参政党と日本保守党が自民党の支持基盤の重要な一部である、いわゆる「岩盤保守」を切り崩して支持を集める可能性を指摘していた。しかし参政党に集まった支持は、予想を遙かに上回っていた。
さらに私は、自民党の支持基盤が切り崩されたあとの政治の行方についても言及し、自民党はそれまでの「岩盤保守」に迎合した路線を修正するのではないかと論じた。しかし政局は今のところ(少なくともこれを執筆している8月中旬時点では)流動的だから、当たっているかどうか、まだわからない。順を追って説明していこう。

一般的に資本主義社会、つまり資本主義を主要な経済構造とする現代社会には、4つの階級が存在するとされてきた。両極に位置するのは、企業の経営者からなる階級である資本家階級と、雇用されて現場で働く人びとからなる労働者階級だが、それ以外に2つの中間階級が存在する。ひとつは資本家階級と労働者階級の中間に位置する新中間階級、もうひとつは独立自営の農業や商工サービス業などを営む旧中間階級である。
ところが近年、変化が生じてきた。一方では経済のグローバリゼーションとサービス経済化というマクロな変化、他方では新自由主義的な経済政策と労働政策によって、非正規雇用の労働者が激増してきたからである。非正規労働者は以前からいたのだが、その大部分は人生の一時期だけ非正規労働者として働く、学生アルバイト、パート主婦、定年後の嘱託などだった。
ところが1990年代から、学校を出たあと正規雇用の職を得ることができずにフリーターとなる人びと、さまざまな経路から非正規雇用へと流入してくる人びとが増え、不安定かつ低収入の貧困層、または貧困層予備軍を形成するようになった。
労働者階級はこれまで、まとまったひとつの階級で、資本家階級と並ぶ資本主義社会の二大階級のひとつとされてきた。ところが今日では雇用形態の違いによって、その内部に大きな格差が生まれ、事実上は2つの階級に分裂している。上位に位置するのは正規労働者階級である。下位に位置する非正規雇用の労働者階級は、ここではアンダークラスと呼んでおこう。「新しい階級社会」とは、アンダークラスが拡大して主要な階級のひとつになった社会のことである。
「2022年三大都市圏調査」から得られたデータをもとに、5つの階級の特徴を示したのが図表1である(※1)。ただし人数と構成比については、政府統計の「就業構造基本調査」を用いている。有配偶の女性非正規労働者であるパート主婦は、その大部分が新中間階級または正規労働者階級の夫をもち、生計の多くを夫に依存しており、独立した階級とはいえないことから、別扱いとしておいた。
アンダークラスがほかの階級とは明らかに異質で困難な状況におかれていることは、一見して明らかだろう。個人年収はわずか216万円、世帯年収も379万円に過ぎず、貧困率は37.2%にも達している。未婚率は、69.2%と極端に高い。経済的理由から、結婚することも子どもを産み育てることも困難な人びとが多数を占めるのである。
アンダークラスの拡大は、1980年ごろから続く日本の格差拡大の、もっとも大きな原因である。その窮状が放置されるなら、やがて多くの困難を抱えた巨大な高齢貧困層が形成されることになる。しかもアンダークラスは、学卒後に安定した職を得ることのできなかった若者たちを中心に、いまも生み出されつつある。このままなら少子高齢化の流れが止まることはない。2023年の合計特殊出生率は1.20にまで低下した。日本社会は、いままさに存続の危機にあるといわなければならない。
(※1)調査は2022年1月から2月にかけてインターネット調査の方法で実施された。調査対象は20-69歳の住民で、有効回収数は4万3820人だった。なおアンダークラスのうち60歳以上の部分は、長年にわたって正規雇用者として働いたあと、再雇用で非正規労働者となった人びとを含んでおり、年収・資産総額とも低くないため、人数と構成比以外の集計から除外している。

格差拡大の事実が広く知られ、「格差社会」が流行語となり、広く社会的関心を集めるなかで起こったのが、2009年の自民党から民主党への政権交代だった。この時期、格差の問題はまぎれもなく政治の中心的な争点だった。
その後、東日本大震災を経て高まった防災への関心、自民党の政権奪回と第二次安倍政権の下で国論を二分した安全保障問題、繰り返される「政治とカネ」問題などがあり、やや後景に退く局面もあったが、それでも格差の問題は主要な政治的争点のひとつであり続けた。
しかし今日、日本では新たな政治的争点が重要性を増してきているようだ。それは、中国や韓国、そして在日中国人や在日コリアンを敵視し、移民の流入を嫌悪する、排外主義である。2022年あたりから使われるようになった言葉である「岩盤保守」は、憲法改正や軍備の増強など保守の伝統的な主張に加えて、排外主義的な主張をする人びとを指している。これが「岩盤保守」だというのだから、排外主義はすでに「保守」の構成要素だということになる。
つまり現代日本には、主要な政治的争点が3つある。第一は、戦後保守―革新の代表的争点である憲法と安全保障、第二は格差、そして第三が排外主義である。「2022年三大都市圏調査」では、この3つの政治的争点についていくつかの設問を設けた。これら3つの争点に対する人びとの態度は、互いに関係し合いながらも、ある程度まで独立している。そこでクラスター分析という手法を用いて、人びとの政治意識の類型化を試みたところ、5つの非常に特徴的な集群(クラスター)が抽出された。図表2は、それぞれの特徴を示したものである。
クラスター分析に用いたのは、aからfまでの6つの設問である。aとbは格差を縮小させる所得再分配政策に対する評価、cとdは憲法改正と日米安保体制に対する評価、eとfは外国人忌避と嫌中・嫌韓である。
クラスター1は全体の26.4%を占める最大のクラスターである。所得再分配を支持する人の比率が高く、憲法改正を支持する人と米軍基地の沖縄への集中を容認する人はいずれもわずかである。典型的な戦後革新の立場をとる人びとであり、その特徴をひとことで表わすなら「リベラル」だろう。自民党支持率は12.1%と低く、野党(立民、共産、国民、れいわ)支持率は16.4%とやや高い。ただし約6割には支持政党がない。
クラスター2は二番目に大きいクラスターで、全体の21.0%を占める。所得再分配を支持する人の比率が「リベラル」の次に高い半面、半数近くが憲法改正を支持し、米軍基地の沖縄への集中を容認する人も4割に近い。戦後保守の立場に立ちながら、生活困窮者に対して温情的な態度を示す人びとで、「伝統保守」と呼ぶことができる。自民党支持率は27.9%と高いが、公明、維新、野党などほかの政党を支持する人も25.3%おり、自民党一色というわけではない。
クラスター3は全体の20.9%を占める。所得再分配を支持する人の比率は高くないが、じつは「あまりそう思わない」と回答した人がきわめて多く、強硬に反対しているわけではない。
顕著な特徴は、憲法改正と米軍基地の沖縄への集中を支持する人がほとんど皆無であることで、「リベラル」と同様に戦後革新の立場をとる人びとともいえるが、所得再分配への態度が明確でない点で「リベラル」とは異質である。「平和主義者」と呼ぶのがふさわしいだろう。自民党支持率は14.3%と二番目に低く、野党支持率が8.2%とやや高いが、支持政党なしが65.6%とほぼ3分の2を占めている。
クラスター4は全体の18.5%を占める。このクラスターの特徴は、はっきりした態度をとらないことで、所得再分配、安全保障、排外主義のいずれに対しても、回答は「どちらかといえばそう思う」「あまりそう思わない」、あるいは「どちらともいえない」に集中している。おそらく、あまり関心がないのだろう。予想されるように支持政党のある人は少なく、支持政党なしが62.1%に上っている。「無関心層」と呼んでおこう。
クラスター5はもっとも小さいクラスターで、全体に占める比率は13.2%である。所得再分配を支持する人の比率はきわだって低く、数%にとどまる。これに対して憲法改正を支持する人、沖縄への米国基地の集中を容認する人はいずれも過半数を占める。さらに排外主義的な傾向が異様なほど強い。
伝統的な保守の立場を支持するとともに排外主義の傾向がきわめて強く、所得再分配政策を強硬に拒否する人びとで、「新自由主義右翼」と呼ぶことができる。自民党支持率が36.7%と高く、野党支持率はわずか4.5%である。
この「新自由主義右翼」こそが、いわゆる「岩盤保守」の実体だろう。どのような人びとなのか。男性比率が67.3%と3分の2を超え、大卒者比率は66.8%と高く、ほかを大きく上回る。世帯年収は812万円、資産総額は3370万円とほかを大きく上回っており、その豊かさはきわだっている。
しかも「新自由主義右翼」は「国政選挙でいつも投票している」という人の比率がもっとも高い。「新自由主義右翼」は、小さなクラスターであるにもかかわらず、自民党支持者に占める比率は23.5%で、規模の上では大きい「伝統保守」(28.5%)に近い。しかも投票率がほかのクラスターより高いのだから、自民党の得票に占める比率は、さらに高いはずだ。
このように自民党は「伝統保守」と「新自由主義右翼」を主要な支持基盤としているのだが、自民党の現実の路線は、2009年に政権を奪われ、安倍元首相の下で政権を奪還したあと、岸田政権に至るまでをみる限り「新自由主義右翼」に近かった。安全保障に関して、国民の多くが反対した施策を次々に打ち出す一方で、格差解消や所得再分配に対しては消極的な姿勢をとり続けた。この時期の自民党は、少数派である「新自由主義右翼」を過剰に厚遇し、ある意味では「新自由主義右翼」に乗っ取られていたといってよい。
このため、本来は自民党の支持基盤であるはずの「伝統保守」の人びとは、難しい選択を迫られてきた。憲法改正を望んではいるが、憲法改正を掲げる自民党は「新自由主義右翼」に迎合し、所得再分配に消極的で格差拡大を放置している。だから不満を抱えながら仕方なく自民党に投票するか、あるいはほかの政党に投票するしかなかったのである。
しかしここで、自民党よりさらに右に位置する右派政党が登場したとすれば、どうなるか。それはすでに部分的には、2024年の衆議院議員選挙の結果にあらわれた。「岩盤保守」の一部が自民党から離れ、新興の右派政党である参政党と日本保守党に投票したのである。今回の参議院選挙では、この傾向がさらに全面化したといってよい。
しかし、それだけではなさそうだ。比例代表区における参政党の得票率は12.5%に達した。日本保守党と合計すれば17.6%である。「新自由主義右翼」の支持だけではこれほどの躍進は説明できない。おそらくは政治意識の高い「新自由主義右翼」だけではなく、それほど政治意識が高くない、ただの「外国人嫌い」や、所得再分配に反感をもつ「弱者嫌い」などが参政党に票を投じたとみるべきである。
さらに国民民主党(得票率12.9%)も躍進した。誰が国民民主党に票を投じたのか。それはおそらく「伝統保守」である。つまり、「新自由主義右翼」に迎合した安倍路線とは一定の距離をとる一方で、所得再分配など格差拡大を食い止める政策にまでは踏み込まなかった自民党政権が、「新自由主義右翼」と「伝統保守」の両者から見限られたのである。
今回の選挙から、新興の右派政党が「新自由主義右翼」の支持を集めるという流れが明らかになった。おそらく当分、この流れが止まることはないだろう。これまで自民党が「新自由主義右翼」の支持を集めることができたのは、自民党の右に有力な政党がなかったからに過ぎないからである。
これに対して有権者の多数派は、安全保障問題については立場が分かれるとはいえ、格差の縮小を求めている。だから自民党が今後も政権党、あるいはこれに準ずる有力政党の地位を守り続けたいなら、所得再分配によって格差の縮小を図る政策を前面に掲げ、「伝統保守」の支持を取り戻すしかない。これはそれほど難しいことではないはずだ。戦後の長きにわたり、自民党は憲法改正と日米軍事同盟堅持を掲げる一方で、中小零細企業と自営業者の利害を守る、弱者重視の政党でもあったからである。
自民党がこのように方針を転換すれば、憲法と安全保障の問題での対立が続く一方で、所得再分配を通じた格差の是正と貧困の解消については合意が形成されることになる。そうなればアンダークラスの境遇は改善され、すべての人びとが次世代を再生産することができるだけの所得を手にし、出生率は回復する。消費の拡大によって経済は安定し、社会保障システムが破綻する心配もなくなる。
また憲法や外交など重要な政治的課題について、一部の人びとの主張が過剰に代表されることはなくなり、異なる立場が偏りなく代表されて対話が展開される、健全な政治社会が実現するだろう。
自民党が生き残る唯一の方法は、安倍路線と決別し、原点ともいうべき「伝統保守」の立場に回帰することである。
更新:02月05日 00:05