
皆さんは"フードテック"という言葉をご存じだろうか?
食のシーンにデジタル技術(特にIoT)やバイオサイエンスなどが融合することで起こるイノベーションのトレンドの総称であり、特定の技術というわけではない、食に関わる無数の技術の集合知と言われる。
我々はフードテックを駆使することで、食の世界をサステナブルのその先に導くことができるのではないか?フードテックの今に詳しい田中宏隆氏、岡田亜希子氏に解説して頂く。
※本記事は田中宏隆/岡田亜希子著『フードテックで変わる食の未来』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

「サステナブル」が利益を追求しつつ自然破壊をゼロにすることを目指すのに対し、その次の段階に「リストアティブ」(自然と共生しながらプラスのインパクトを出すこと)、そして「リジェネラティブ」(自然にも人間にもネットプラス[全体にプラス]の効果をもたらすような状態を実現すること)がある(上図参照)。
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻特任講師の中島弘貴氏は、リジェネラティブの本質を人間も自然の一部と捉える社会生態系の回復・繁栄であると捉えている。
中島氏は、リジェネラティブの特徴として「共進化(一石N鳥)」を挙げている。1つのことにN個の価値を複層的に重ねていくことでネットプラスの状態にしやすくなるからだ。
つまり、私たちは成長を求めるならば、一石N鳥、三方よしならぬN方よしを実現し、あらゆるものが共に進化していくことを目指すべきなのだ。
自然破壊をくい止め、価値創造、新市場創造を目指していきましょう、というのは、言うは易く行うは難しに思える。そもそも、この「リジェネラティブ」の時代は、何が価値として評価されるのか、一石N鳥はどうやったら目指せるのだろうか。
この「リジェネラティブ時代の価値」を考えているかいないかで、未来シナリオが全く変わってくるので、今筆者たちが考えている仮説をここに綴ってみようと思う。

そもそもサステナブルを意識しなければならなくなったのは、人類が「経済的価値」を追求するがあまり、「自然資本」を破壊してきたことにある。
食産業も追求しているのは「経済的価値」である。
もちろん、おいしさや機能性成分や体験価値などさまざまな価値を提供しているわけだが、食産業としてはそれらを対価に変え、消費してもらわなくてはいけない。それを最小限のコストで実現することが産業には求められる。
私たちはいつから「目指すべきは経済的価値」だと考えるようになったのだろうか。私たちは「経済的価値」以外を追求していた時代はあったのだろうか?
産業革命を起点とした経済発展の数百年、私たちは「経済的利益をもたらす価値」を追求してきた。産業の潮流を時代ごとにまとめると上表のようになる。
産業革命の100年後には、Industry2.0として大量生産の時代が到来したが、1970年頃にはこのままでは天然資源が枯渇すると叫ばれ、環境問題も取り上げられ始めた。
しかし、この頃からコンピュータが産業界で導入され始め、デジタルが発展すると天然資源問題の重要性は相対的に低くなった。限界費用ゼロ社会の到来であった。経済発展を遂げた国では、物質的な豊かさが実現した。
しかしここにきて、経済発展をすれば人間の暮らしも豊かになるのだという「信念」のようなものが崩れつつある。
GDPが伸びても、幸福度は一定以上には伸びない。大量に生産し、大量に消費をしても、心は満たされない。
資源の枯渇問題には「デジタル」という解決策が示されたが、一方でデジタルで得た利益はほぼ富裕層のもとに留まる不平等さも社会には根付いている(2024年のトランプ返り咲き勝利も、こうした背景が一部影響しているのではないかと思う)。
そのデジタル世界では、AIが人間の思考力を上回るようになり、人間の存在意義が問われるようになっている。
こうしたなかで、単に環境問題を解決しようということだけではなく、これを最優先課題としながらも、私たちが目指したい社会とはどのような社会なのか、私たちが生み出したい価値は何なのかという議論が巻き起こり、そのキーワードが「リジェネラティブ」なのだ。
では、私たちはこれからどのような価値を生み出していきたいのか。2つの仮説がある。
1つは、それは「価値」が多元化していくこと。中島氏の言葉を借りれば共進化であること。つまり、1つの行動にさまざまな価値を重ねていくことである。近江商人の三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)がこれに近い。
もう1つは、「コスト=価値」に変わっていくのではないかという仮説だ。つまり、労力をかけて作ること、自らの身体を使って移動したり感じたりすること自体が価値になるということだ。プロセスエコノミーという言葉にもあるように、プロセス自体に価値を感じることもその1つではないだろうか。
生産性だけで測っていた価値を多方面から見直してみる。そうすることで、今までコストだと思っていたことが実は新しい価値に見えてくる。「価値の多元性」をベースに生まれるのが、もしかするとこれからの産業創造のあり方かもしれないのだ。
実は私たちは、食に多元的な価値があること、創造的価値があることを直感的に知っている。
食は食べることも喜びであるが、育てること、収穫すること、料理することなど、時間も費用もかかることにも大事な価値が詰まっている。新鮮な旬のものもおいしいし、時間をかけて発酵、熟成させたものもおいしい。
日本人は食の多様な価値をずっと享受してきたし、それを「文化」として大切にしてきた。しかし、特に戦後、飢餓から脱し経済成長を目指す上で、食においても利便性、生産性を相当に追求してきたため、食の多様な価値を忘れかけているかもしれない。
食の多元的な価値を実現させていく余地はたくさんある。私たちは食をリジェネラティブなものにしていくこと、そこにこそフードテック、つまり食の技術革新の存在意義があると考えている。
Regenerativeという言葉は、外国語ではあるものの、私たちにとってこの概念は産業のDNAとして培ってきたものであるように思う。日本が大切にする価値の発信が、この世界が価値転換していく局面に非常に重要なのではないだろうか。
更新:05月06日 00:05