2024年5月20日、台湾総統に頼清徳が就任。過去2番目に低い得票率で当選した頼政権は、早くも前途多難が予想されている。台湾統一を狙う中国による圧力、国内の不安要素について、現地を取材した専門家が解説する。
※本稿は、峯村健司著『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
2024年は、近年まれにみる「選挙イヤー」となった。英誌『エコノミスト』によると、世界の半分以上の人口を抱える国々が選挙を実施する。インドネシアの大統領選や、韓国、インドの総選挙のほか、日本でも9月に自民党総裁選挙がある。そこに暮らす40億人超が、票を投じる計算となる。
その嚆矢となったのが、1月13日に投開票があった台湾総統選挙だ。与党・民進党の頼清徳副総統が最大野党・国民党の侯友宜新北市長と台湾民衆党の柯文哲前台北市長との接戦を制し、初当選した。1996年に総統選の直接選挙が導入されて以来、同一政党が3期(一期4年)連続で政権を担うのは初めてのことだ。
だが、頼清徳の得票率は40%にとどまり、1996年以来2番目の低さとなった。また、総統選と同時に行われた国会議員にあたる立法委員選(定数113)では、国民党が前回より15議席増やして52議席を得た一方、民進党は前回より10議席減らして51議席にとどまり、過半数を獲得できず、少数与党となった。
こうした結果について、総統選直後に台北で筆者が面会した頼陣営の最高幹部は神妙な面持ちで語る。
「厳しい結果となった。有権者は頼清徳個人には信任を与えてくれたが、わが党が担ってきた、これまでの8年間の成果には『NO』を突きつけた。中でも20代、30代の支持がほとんど得られなかった衝撃は大きい。インフレや不動産価格の高騰に対して政権に強い不満を抱いている。新政権はまず、効果的な経済政策を打ち出すことが急務だ」
にもかかわらず、頼清徳が接戦を制したのは、ライバルである国民党の馬英九前総統の投開票日3日前に公開されたドイツの国際公共放送ドイチェ・ウェレ(DW)のインタビューでの発言が影響したからだ。記者から「習近平国家主席を信用するか」と尋ねられ、こう答えた。
「両岸(中台)関係については、信頼しなければいけない。統一は憲法に書いてあり、本来は受け入れられる」
馬英九は総統だった2015年に、シンガポールで中台が分断して初めて最高指導者として習近平と会談した。2023年3月には、総統経験者として初めて中国を訪れてもいる。親中派の馬の発言は、中国との統一に反対する有権者の反感を招いた。前出の頼陣営の最高幹部はこう振り返る。
「馬英九氏の発言によって、我々の支持率は一気に上昇した。まさに『神風』が吹いた」
慌てた国民党候補の侯友宜は「私と馬前総統の意見は同じではない」と火消しを図ったが、時すでに遅し。中国とは距離を置いて台湾の独自性を強調する民進党政権の継続を有権者は選択した。
「世界に対して台湾は引き続き国際社会と民主主義の盟友とともにあることを示した」
頼清徳は勝利確定後の記者会見で、蔡英文政権の外交・国防路線が評価されたとの認識を示し、胸を張った。
頼はかつて自身を「忠実な台湾独立工作者」と称したこともあり、中国側も「独立分子」と認定して批判を展開している。
副総統となった蕭美琴・前駐米代表(大使に相当)も、2022年8月のナンシー・ペロシ米下院議長の訪台直後、中国政府が制裁を科した。翌23年4月、蔡英文総統が訪米してケビン・マッカーシー米下院議長と面会した後にも制裁を受けた。中国政府から2度も制裁を科された背景について、ワシントンで蕭と働いていた関係者は解説する。
「蕭代表は米議会に幅広いネットワークを張っており、上下両院のほぼすべての議員と直で電話ができるほど信頼されていた。蕭代表こそが、蔡総統と2人の米下院議長との面会の立役者であり、中国側は強く反発したのだろう」
台湾人の父親と米国人の母親の間に生まれた蕭美琴は高校から米国で生活をしており、英語は中国語よりもうまい。「ワシントンでもっとも影響力のある大使」(『ニューヨーク・タイムズ』)と称されるほど、米国の政界とのパイプが太い。蕭美琴のことを中国側が強く警戒していることがうかがえる。
蕭を副総統候補に選んだ理由について、前出の頼陣営の最高幹部が続ける。
「当初、蕭美琴氏に副総統を打診したら、『ワシントンに残りたい』と固辞していた。しかし、頼清徳氏が説得して承諾してもらった。万が一、台湾海峡で危機が起きた際、蕭氏の米国政界とのチャネルが極めて重要だからだ」
中国側は「台湾独立分子」と認定する頼清徳、蕭美琴のコンビの当選に対して、当選直後から攻勢に出た。
「民進党は台湾の主流な民意を代表していない」
中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室は、頼清徳の得票率の低さと立法委員で民進党が少数派となったことを指して、こう批判した。
投開票日の2日後の1月15日には、南太平洋島嶼国のナウルが、台湾との外交関係を解消し、中国と国交を樹立することを発表した。これで台湾が外交関係を有する国は12国となった。中国外務省の毛寧報道官は会見で、「ナウルの決定を称賛、歓迎する」と表明した。台湾と外交関係を持つ国の切り崩しを図る中国の策動があったのは間違いない。
また、総裁選直後から中国軍機が、台湾海峡の暗黙の休戦ラインである「中間線」や、その延長線を越え、台湾の南西、北部空域に侵入したほか、中国軍艦も台湾海峡で活動を活発化させた。こうした中国側の攻勢について、前出の頼の陣営幹部の一人は警戒感をあらわにする。
「想定よりも早く、烈度も高く警戒を強めている。だが、中国によるどのような圧力にも我々は屈服しない」。
軍事、外交、経済の各方面から圧力を強めていくのは間違いない。
頼政権は、発足後も厳しい政権運営を強いられることになりそうだ。なぜなら、2000〜08年の陳水扁政権(民進党)以来、16年ぶりとなる議会との「ねじれ」状態となるからだ。
当時、陳政権は米国から通常動力型の潜水艦8隻の購入を取りつけたが、防衛予算案を野党・国民党に否決されるなど、重要な政策が頓挫した。頼陣営も今回、米国や日本との安全保障面での関係強化を打ち出しているが、予算案や法案の審議で野党の抵抗に遭うのは避けられない。
政権運営に行き詰まれば、支持率のさらなる低下を招くことになるだろう。頼政権が求心力を失って台湾の人々の反発が強まれば、「統一」に向けた揺さぶりをかけやすくなる。今回の選挙結果は、習近平政権にとって台湾併合に向けた条件がそろったもの、と筆者はみている。
更新:10月09日 00:05