ロシアによるウクライナ侵攻をひとつの契機として、盛んに取り沙汰されている「台湾有事」。習近平政権の3期目が終わる2027年頃までに軍事侵攻が有り得るとの見方もあるが、昨年来の我が国の防衛政策の大転換にも少なからず影響しています。
台湾有事はすなわち日本有事とも言われるように、その可能性が存在する以上、日本国民にとってけっして他人事ではないはずです。
※本稿は、高橋杉雄著『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
台湾有事については、大きく分けて2つのシナリオがあるといわれています。中国は、アメリカへの攻撃を回避して台湾攻撃だけに集中するのか、それとも最初にアメリカを攻撃するのか、です。これは非常に大きな選択になります。
第1のシナリオとして、アメリカをできるだけ切り離すということであれば、最初は米軍は攻撃せず、台湾だけを攻撃するでしょう。その前段階として台湾を海上封鎖して、そこから台湾を降伏させるなり、上陸していくという展開が考えられます。
第2のシナリオは、米軍への先制攻撃を含む可能性が高くなります。中国が台湾と事を構えれば、最初はアメリカを攻撃しなかったとしても、アメリカ本土や大西洋側で展開している残りの5割の米軍が東アジアに押し寄せ、アメリカは準備万端整ったところで攻撃してくる公算が高まります。
いずれアメリカとも事を構えるなら、全戦力が集結する前に東アジアに展開している5割を叩いて戦力を削っておこう、と考えるのが軍事的に合理的です。ですから、2つのシナリオのうち、対米先制奇襲が選択される可能性は低くありません。
対米先制奇襲の可能性を無視できない理由は、もう1つあります。中国は確実に、ウクライナ戦争から学んでいるのです。
今回、米軍はウクライナ軍の戦闘には参加していませんが、情報の提供や武器の供給などで、戦況に大きく影響しています。これがなければウクライナ軍はすでに負けていてもおかしくありませんでした。直接参戦しなくても、アメリカはここまでのことができるわけです。
台湾に対しても、有事の際には同じ支援を展開するかもしれません。そう考えると、やはり最初に叩いたほうがいいという結論に達するでしょう。
台湾有事が発生した場合にどういう状況になるかというと、どちらのシナリオでも中国はおそらく航空優勢をとれるので、上陸作戦は可能です。
しかし、本題はここからです。歴史的に見て、敵対的な国を占領するには人口50人あたりに1人の兵士が必要だといわれています。上陸作戦はできても、台湾の人口が約2000万人ですから、台湾全土を制圧するためには40万人の兵力が必要という計算になります。
中国陸軍は強大ですから、十分に40万人の兵力を用意することができます。しかし40万人もの大軍を台湾まで渡らせるのは至難の業で、現実的に上陸できる兵力は10万程度でしょう。ですから、台湾全体を占領するのは難しく、地上戦が続くことになるでしょう。
そこに米軍がどのタイミングで介入してくるのか、どのように介入してくるのか、米軍の地上兵力の投入があるのかなど、勝敗を決めるいくつもの分水嶺があります。
そうした不確定要素を少しでも排除しておくため、中国は台湾上陸前に東アジアに展開する米軍に攻撃を行う可能性が高いと考える向きがあります。
米軍が攻撃対象となるだけで、日本にとっては重大事と言えるでしょう。台湾有事が現実になれば、日本も苦しい選択を突きつけられることになってくるのです。
前述した2つのシナリオとも、そのとき日本が関与するのかどうかという点が大きな問題になってきます。しかし、そもそも日本は台湾有事に関与する、しないを選べる立場なのでしょうか。
中国が日本の基地を攻撃した場合や在日米軍基地を攻撃した場合、日本は否応なく戦うことになります。誤解されることがありますが、在日米軍基地は治外法権ではなく、日本の領土です。
そして日米安全保障条約上、日本の領域内において日米どちらか一方に攻撃がなされた場合には、両方に対する攻撃であるとみなします。つまり、在日米軍に対する攻撃は日本に対する攻撃なのです。
在日米軍基地が攻撃されれば、日本は否応なく戦争に巻き込まれることになります。ですから、日本が戦争に関わるかどうかを決めるのは日本自身ではなく、実は中国なのです。選択の余地が残されているとしたら、それは最初に中国が米軍を攻撃しないときだけです。
ここで台湾有事に介入するのかしないのか、するとしたらどのような手段を用いるのかを考えることになりますが、結局は米軍が介入すると決めれば、求めに応じて支援するということになるでしょう。逆にアメリカが態度を明らかにしない段階で、日本が独自介入することはまずありえません。
ただし、アメリカの中には、「台湾が中国の手に落ちて困るのは日本でしょう。日本が困るのに、なんで日本が戦場に行かないの?」という意見が出てくるかもしれません。
台湾が陥落したとしても、アメリカ本土に侵略があるわけではないですから、なぜ自国民の命を賭して、消極的な日本の肩代わりをしなければならないのか、というわけです。
つまり、台湾人の一部とアメリカ人の一部は、台湾有事が起こったとき、自衛隊が台湾で戦うと思っているのです。一方で私たちは、何が起こっても自衛隊が台湾で戦うことはないと思っています。
しかし、そう思っているのは日本と日本にごく詳しいアメリカ人だけ。あまり世界の常識にはなっていないので、そのあたりの誤解は解いておいたほうがよさそうです。
更新:12月23日 00:05