天安門事件で学生指導者を務め、先般のナンシー・ペロシ米下院議長訪台の際に同氏と会談したウーアルカイシ氏が、鄧小平政権と習近平政権の違いや中国の今後の目論見について語る。
取材・構成・写真=栖来ひかり(台湾在住文筆家)
※本稿は『Voice』2022年11月号より一部抜粋・編集したものです。
――(栖来)あなたは1989年の六四天安門事件で学生指導者を務めた1人でした。当時の中国の鄧小平(とうしょうへい)体制と現在の習近平体制を比較したとき、どのような共通点や違いがありますか。
【ウーアルカイシ】鄧小平が権力を握った1979年から1989年までの10年間、中国の発展を支えたのは社会のさまざまな階層と政府の対話でした。興味深いことに、鄧小平のスローガンは「改革」と「開放」で、人民との対話を経て徐々に推し進められました。
しかし、1989年に我々が「私たちとも対話をしてほしい」と民主化を求めたとき、鄧小平は初めて脅威を覚え、軍の力で国家の安定を図ろうとしました。6月4日、中国政府が天安門広場で人民に銃を向けたときはまだ、鄧小平には国内を武力で押さえつける自信はなかったはずです。
ところが天安門事件後、米国や日本、台湾の李登輝(りとうき)政権でさえ、中国に十分に強い姿勢を示したとはいえなかった。そうした各国の態度が鄧小平に愚かな自信を与えてしまいました。鄧小平政権は「武力にものを言わせたところで諸外国は何もしてこない。世界にとって中国は必要で怖い存在なのだ」と思い込んだわけです。
――当時の国際社会の姿勢が中国の膨張を助長してしまった。
【ウーアルカイシ】その後、江沢民から胡錦涛、そして習近平へと政権が移行するなかで、共産党が抱く自信が膨張してついに爆発しました。それに世界が気づき始めたのは、2017年ごろでしょう。香港やウイグルの状況、一帯一路構想、そしてCOVID-19(新型コロナウイルス)のパンデミックが、国際社会の過去数十年の対中政策が正しかったのか否かを問いました。
「養虎為患」(敵を容認し、問題を置き去りにすることで、自分を傷つけること)、また「騎虎難下」(虎に乗ると咬まれるのが恐ろしいので、虎の背から降りられなくなる)という慣用句があります。国際社会が中国を「養虎為患」した結果として、「騎虎難下」を招いてしまったのです。
――あなたは、民主活動家でノーベル平和賞受賞者の劉暁波(りゅうぎょうは)氏の教え子でもあります。同氏から最も学んだことは何ですか。
【ウーアルカイシ】彼は非常に敬虔なリベラルの学者であり、彼の元で人生観を形成した私も、自由主義者の1人です。劉暁波からはじつに大きな影響を受けましたが、私が中国を離れて以降、彼との再会は叶いませんでした。
しかし、台湾で殷海光という自由主義者の著作を読み、米国留学時にはジョン・スチュワート・ミルなど知の巨人と出合い、私は彼らの信奉者となりました。多くの自由主義者との出合いは、劉暁波から受け取った最大の贈り物です。
――新疆ウイグル自治区では、中国共産党による強制収容や産児制限が行なわれていると報道されています。こうした状況をどうご覧になりますか。
【ウーアルカイシ】「産児制限」は間違った言葉の使い方ですね。正しくは「ジェノサイド」(種族絶滅)です。100万人以上を強制収容してジェノサイドを行なう、こんな反人道的な行為が21世紀に起こるなんて、あまりにも不条理です。共産党当局は人類文明への脅威だと私は何十年も警告し続けてきましたが、その訴えを国際社会はようやく理解するようになりました。
天安門事件から30年の節目である2019年、私は米国議会でスピーチをする機会を得ました。そこで「米国が中国政策を決定するときは、国際関係学者よりも犯罪学者に相談するほうがいい」と発言したら会場の議員たちは笑いましたが、私は大真面目でした。
するとC-SPAN(米国の議会中継など政治専門のケーブルテレビ)がこの発言を繰り返して放送し、他の多くのマスコミも私の言葉を引用しました。
日本の外務省も犯罪防止の専門家を呼び、中国共産党の「犯罪・暴力」に対していかに外交政策を打ち立てるかを決めるべきですね。
――現在は欧米諸国を中心に新疆ウイグルへの人権侵害を批判する動きが強まっていますが、国際社会はさらに何をすべきでしょう。
【ウーアルカイシ】まずは共産党および中国市場への依存を徐々に断ち切るべきです。私は過去数十年間、中国政府が海外からの中国市場への投資、さらには自国民や外国人でさえ人質に取ってきた様を見てきました。
カナダがHUAWEI(華為技術)の孟晩舟(もうばんしゅう)氏の逮捕を支援したとき、中国はカナダ人を2人捕まえました。手中にあるものは何でも利用する。それが中国のやり方です。
日本企業が中国で投資をすれば、それを人質に脅してくるでしょう。日中が対立すれば、中国にある日本企業の製品は壊され放題です。これ以上、脅迫に利用されうるものを中国に与えてはいけません。
――共産党の一党独裁体制である中国と自由民主主義諸国では、価値観から政策決定に至るまで相容れないでしょう。
【ウーアルカイシ】第二次世界大戦以降に米国を筆頭とする戦勝国が構築したいまの国際秩序では当然、武力による国境の侵害を認めていません。ところが中国は、独自に国境を引いて新疆とチベットを併合しました。またウクライナを併合しようとするロシアのような独裁国家の横暴を国際社会が防げなかったように、第二次大戦後の国際秩序の不完全さが露呈しています。
さらに21世紀においては、インターネットや国際貿易システムが国境を曖昧にしている。中国は民主主義諸国の弱点を利用し、国際秩序の操作を試みているのが現状です。現に、中国がウイグルに行なっている人権侵害について国際社会から非難されようとも、少なくないイスラム国家が中国を支持しました。
もし中国が民主的ではないと国際社会が責めたとしても、彼らは「我々だって民主主義だ。投票があるのだから」と言い返すでしょう。たしかに中国の人民代表大会は投票で選出され、憲法には「民主」という文言が明記されています。
中国共産党は民主に無知ではなく、それを操ることに長けている。世界の民主的なゲームの規則は勝手に変更され、完全な失敗を迎えています。こうした状況を変えなければ、民主を操る中国のようなプレイヤーが第二次大戦後の国際秩序を利用して我々を支配しかねません。
――10月に控える中国共産党大会で、習近平政権の3期目が決まる見込みです。3期目を迎える習近平体制の今後の動向をどう予測しますか。
【ウーアルカイシ】残念ながら、中国の暴走はますます進むでしょう。集団に選ばれてトップの地位に就いたにすぎない習近平は、人民の富を奪って山分けすることで共産党の安定を維持しています。
習近平個人の資質とは関係なく、その立場に置かれた者が必ず役割をこなす必要があるだけです。政府と人民の対話が成り立っていた鄧小平時代のような知恵が習近平にあるとは思えません。西側諸国は間違っても、習近平と対話できると考えないほうがいい。彼に何も期待するべきではありません。
更新:12月22日 00:05