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【シミュレーション】中東・朝鮮半島「同時危機」という“悪夢”

2020年02月18日 公開
2023年12月27日 更新

古川勝久(国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネル元委員)

中東で揺らぐ米国の同盟システム

にもかかわらず、米国は中東で「味方」を失いつつある。

中東における米国の主要同盟国であるサウジアラビアは、2019年8月ごろまでは対イラン強硬派だったが、その後、イランに対する姿勢を軟化させているように見える。

この姿勢は、2019年9月にサウジアラビアの石油生産プラントがイエメン国内の親イラン・反政府勢力「フーシ派」によりドローンで攻撃されて以降、顕著になっている。

米国政府は、攻撃の背後にイランがいると断定したにもかかわらず、トランプ大統領は対イラン軍事報復には消極的だった。その後、サウジアラビアのファイサル外相は、バックチャンネルを使ってフーシ派と交渉したことを認めている。

もはやサウジアラビアは、米国を唯一の頼みの綱と見なしているわけではなさそうだ。シリアでは、米軍はイスラム国と戦うためにクルド人主体の「シリア民主軍」を長年にわたり支援してきたが、いまやクルド人はトルコ軍との戦闘で手いっぱいだ。

これもトランプ大統領がクルド人を見放したからである。もとよりトルコ軍はクルド人をテロ組織と見なしてきた。2019年10月、トランプ米大統領がトルコ大統領の要請に基づいて、シリア北東部からの米軍撤収を突然発表した。

その直後、トルコ軍はシリア北部に進出し、クルド人民兵に対する掃討作戦を開始した。クルド人はトランプ氏を「裏切者」と呼んでいる。クルド人部隊の弱体化により、米軍特殊部隊にも複数の死者が出ている。

シリア東部で米軍を攻撃しているのは、レバノン拠点の親イラン・シーア派組織の「ヒズボラ」が支援する民兵組織である。

イラクでは、米軍がソレイマニ司令官を殺害したあと、反米の機運が一気に拡大した。イラクで強い影響力をもつイスラム教シーア派指導者のサドル師は、米軍撤退を求める大規模デモを呼びかけていた。

バグダッドの安全地帯「グリーンゾーン」にある米大使館が数度にわたりロケット弾の攻撃を受け、米軍部隊や米外交官に多数の死者が出た。イラン革命防衛隊の支援を受けるシーア派民兵組織「カタイブ・ヒズボラ」の仕業と考えられている。

シリアとイラクで対イスラム国掃討作戦が事実上、中座を余儀なくされているあいだ、イスラム国の残党が再び立ち直りつつあった。アフガニスタンでは、イスラム国を支持する武装集団が、米軍に対する攻撃を繰り返した。

イスラム国掃討作戦でのアメリカとイランとの共闘路線が崩壊した影響は大きい。パレスチナでは、1月にトランプ政権が同盟国のイスラエル寄りの「中東和平案」を発表したあと、イスラエルに対するロケット弾攻撃が多発した。

反撃するイスラエルとのあいだで再び軍事的対立が激化している。イスラエルへの攻撃は、パレスチナのイスラム組織「ハマス」の軍事部門の仕業であり、シーア派組織「ヒズボラ」の支援を受けている。

そのような折、今度は米軍人がイラン軍に拘束されてしまった。トランプ大統領にとってあまりにも分が悪いニュースだ。今回の事件を致命的な失態として、米民主党はすぐに騒ぎ出すだろう。

アメリカはイランに強烈なメッセージを送らなければならない。だが、イランとの軍事紛争は米国内の支持を得られないので避けたい。微妙なバランスが求められる。

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