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日本は米国に「生殺与奪の権」を握られている? 安全保障を他国に委ね続けた代償

小泉悠(東京大学先端科学技術研究センター准教授),小谷賢(日本大学危機管理学部教授)

日米同盟

インテリジェンスとは、膨大な情報を分析・評価し、国家の意思決定や危機管理に活用できる形へと昇華させたものである。軍事行動の局面に限らず、外交や長期的な国家戦略を支える基盤として、その重要性は近年いっそう増している。

一方で日本は、長らくアメリカによる「情報の傘」に支えられてきた。しかし国際情勢が不透明さを増す現在、こうした構造に依存し続けることの限界も指摘されている。本稿では、小泉悠氏と小谷賢氏の著書『戦闘国家』より、その課題を読み解く。

※本稿は、小泉悠、小谷賢著『戦闘国家』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

アメリカの「情報の傘」だけに頼ることの危うさ

米英のインテリジェンス・コミュニティ

【小谷】欧米諸国では第一次世界大戦あるいは第二次世界大戦を契機に、インテリジェンス機関が制度的に整備・常設化されます。ほとんどの国では、対外情報組織、国内の防諜・保安組織、軍事情報組織の3つが中心となって国家インテリジェンスを運営していきます。

たとえば、アメリカであれば順にCIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)、DIA (国防情報局)もしくはNSA(国家安全保障局)。イギリスであればMI6(秘密情報部)、MI5(保安部)、GCHQ(政府通信本部)、といった具合です。それらが発展し、現在アメリカでは約18もの情報機関が、イギリスでは6つの情報機関が存在している。こういった情報機関を総称して「インテリジェンス・コミュニティ」と言います。

日本では戦後、対外情報組織はなく、国内の保安組織として警察庁警備局、公安調査庁、軍事情報組織として自衛隊の情報本部がインテリジェンス・コミュニティを形成していました。しかし東西冷戦に突入し、日本は基本的に日米同盟のもとで外交・安全保障問題を独自に考える必要性がなかったため、インテリジェンス・コミュニティにも大きな発展が見られなかった。一貫してアメリカの「情報の傘」に依存していたわけです。これが現代日本のインテリジェンス体制の脆弱性につながっています。

アメリカの「情報の傘」だけに頼ることがいかに危ういかを示した一つの例が、2003年のイラク戦争でしょう。イラク戦争開始直前、日本はアメリカから、イラクの大量破壊兵器に関する情報を提供されていました。このとき日本は独自に精査することが不可能で、さらにアメリカを支援する以外の選択肢を事実上取ることができなかった。

【小泉】自前のインテリジェンス体制をもたない限り、自らの立ち位置を自分で決めていくことはできません。インテリジェンスを他国に完全に依拠することは、少し前に流行った言い方をすれば、「生殺与奪の権」をその国に握られているも同然だということです。

【小谷】とくに現代のような多極化している世界においては、日本独自の戦略がますます必要になると思われます。加えて、台湾有事や朝鮮半島有事の危険性も年々高まっている。国内の自然災害やテロへの危機管理に対応するためにも、インテリジェンスを上手く使いこなしていく必要があります。自国の安全保障について誤魔化し続けてきた日本は、もはや「耳をふさいだまま」ではいられない状況でしょう。

【小泉】 日本は自国周辺で起こるリスクについて、自分たちで情報を取得して判断するという姿勢がますます求められてくるでしょうね。韓国にしろ台湾にしろ、相当な数の邦人がいます。有事が起こる兆候をなるべく早くつかまなければ、彼らの避難がまずできなくなります。

実際、2021年にタリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧した際、日本人の関係者や家族500人が置き去りにされてしまった。日本が有事に巻き込まれるとなれば、必要な避難の規模ははるかに大きくなるでしょう。とくに前線に近い地域の住民の避難は急を要します。その時間的余裕を稼ぐのが、情報力なのではないでしょうか。

 

カウンター・インテリジェンスの重要性

【小谷】また、情報は収集するだけではなく、守ることも大切です。要は、防諜(カウンター・インテリジェンス)と言われる、外国の情報機関によるスパイ発動、技術窃取、内部工作などを発見・防止・無力化する活動です。

東西冷戦が終わるとともに世界を取り巻く情勢が大きく変わり、それに伴ってインテリェンスの環境も変化しています。まず、脅威の対象が従来の国家に加え、テロリストや武装集団などの非国家主体が加わったこと。これにより戦争だけではなく、破壊や攪乱などの謀略活動が行なわれるようになっています。

また、20世紀までは軍事的優位が争われていましたが、21世紀に入り経済的優位が国家存立の重要なファクターとなり始めました。そのため軍事や外交だけでなく、経済、金融、科学情報など多岐にわたる分野の情報に、国として目を光らせなければならなくなっています。

【小泉】いちばん大きな変化は、IT技術の発達・普及ではないでしょうか。つまり、「戦いの場」がサイバー空間というとてつもなく広い領域に広がったのです。サイバーテロや偽情報工作の危険につねにさらされるようになっています。

【小谷】ええ。サイバー空間においては攻撃の主体の特定が難しく、しかも瞬時に攻撃や偽情報の流布を達成でき、さらに瞬時に世界的な影響を与えることが可能なわけです。欧米においてサイバーセキュリティを担うのは、インテリジェンス機関とされています。その理由はインテリジェンスとサイバー空間での行為はともに国際法で規定されていないグレーソーンの領域なので両者の親和性は高く、さらにインテリジェンス機関は高い技術力も持っているからです。

他方、日本ではサイバーセキュリティは技術領域、つまり技術に詳しいエンジニアに任せておけばいいという考えが根強く、最近まで国も本腰を入れてきませんでした。そもそも日本には本格的な通信傍受を行なう組織も存在していませんので、サイバーセキュリティを担うべき母体もない状況です。ごく最近になってようやく、警察と自衛隊による能動的サイバー防御の体制が構築されたところです。

 

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