2018年03月05日 公開
2019年03月12日 更新
2013年11月のシンガポールは、暑かった。しかし、その日は湿度が低く、空気が少しカラッとした感じで、比較的心地よい日になりそうだった。ホテルの窓から、マラッカ海峡に無数の貨物船が浮かんでいるのが見えた。この湾岸エリアから離れて、郊外の目的地をめざすことになる。
私は2011年10月から2016年4月までのあいだ、国連に勤務していた。対北朝鮮制裁の履行を監視する「国連専門家パネル」の委員として、数々の制裁違反事件を捜査するためだ。当時、日本国内における数々の不正輸出事件を捜査していた。
だが、今回は国連の肩書は使用しない。あくまでも秘匿の内偵だ。対象は、日本から北朝鮮へ迂回輸出を行なっていた容疑の貿易会社。ネットでは堂々と宣伝しているが、小さな会社のようだ。
はたしてどういう口実をつくり上げてオフィスに踏み込もうか。ホテルでタクシーを拾って、道中、いろいろと考えているとやがて25分ほどが過ぎて、目的地に到着した。4~5階建てぐらいの低層のビルだ。かなり広い横幅と奥行きで、大型ショッピング・モールのような外見である。しかし、中はあまり清潔感が感じられない。普通の商業ビルとは違う。
「ロの字」型の広大なフロアーには、多数の倉庫や店、事務所が雑然と並んでいる。出店の集まりのような感じだ。多目的オフィス・スペースを各々が自由自在に使っているのだろう。築地魚市場がオフィス・ビルになった感じ、といえば、おわかりいただけるだろうか。
各フロアーの通路は二車線分の広さだ。車のままビルの中に入って、オフィス前に駐車できる。それぞれのオフィスの出入り口は、全面が大きなシャッターで開閉できるようになっていて、その前には車が駐車している。
めざす企業の登録住所は3階40号室。だが、ビル入り口にあるテナント一覧には、その企業名が見当たらない。40号室のテナントには別の企業名が表示されている。住所は間違いないはずなのだが、なぜテナントの企業名が違うのか。
(本記事は『Voice』2018年4月号、古川勝久氏の「暗躍する北のエージェント」を一部、抜粋したものです。疑惑企業への潜入に続く全文は、3月10日発売の4月号をご覧ください。著書『北朝鮮 核の資金源 「国連捜査」秘録』も必読!)
更新:11月22日 00:05