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高市首相が施政方針演説で語らなかったこと 子ども・障がい者支援と政治の責任

泉房穂(参議院議員、元明石市長),福田充(日本大学危機管理学部教授)

施政方針演説で語られなかったこと

結婚や教育、障がい者支援など、人生の選択肢を誰もが自由に選べる社会をどう実現するか。

本稿では、元明石市長の泉房穂氏と日本大学教授の福田充氏が、自己決定権と憲法13条の「幸福追求権」を手がかりに、政治の役割を考えます。高市首相がその施政方針演説において"語らなかった"子どもや障がい者への支援にも触れながら、「生活の安心」と「選択の自由」を保障する政治こそ、従来の保守・リベラル対立を超える新たな軸になりうると論じます。

※本稿は、泉房穂、福田充著『国民のお金はどこに消えた?』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

自己決定権の保障と環境整備が政治の役割 

【泉】私は政治の役割というのは一人ひとりの自己決定権の保障だと思っています。選択権の保障といってもいい。さらにAでもBでもCでも、どれでも選べる環境整備も政治の役割です。でも、今は選べないんです。選べる環境もできていません。
たとえば夫婦別姓。同性婚も含めて、いまだに世界の中でほとんど日本ぐらいしかないような理不尽なことが残っています。加えて、どちらを選んでも構わない状況をつくらなくてはいけないのに、これもつくれていない。

つまり一律を強制しないということと、どれを選んでも大丈夫な環境整備、この二つがセットで私は必要だと思っています。 私の政治家としてのベースにあるのは、障がいのある弟の存在です。そこで、障がいのある子どもに学校はどう対応するかという問題を例に考えてみましょう。今、世界での対応は大きく四つに分かれています。

一つ目は、「あなたは学校に来なくていいですよ」という免除。これってやさしいようで、じつは「障がいがある人はもう学校に来なくていいです。さようなら」ということです。つまり、学校に行かせないという対応。

二つ目は、別学校です。障がい児には特別学校をつくって行かせる。
私の弟は移動が不自由なだけなのに、近くの小学校ではなく遠くの養護学校、今の特別支援学校に行かされそうになりました。移動の不自由を社会的に解消すれば、みんなと同じ小学校に行けるのに、それをしないで違う学校に行かせる。なぜかというと、足手まといだからです。弟の場合は、私が毎日連れていくことで、何とか同じ小学校に行くことができました。

三つ目は、同じ学校に行くけれども別教室。学校の正門は一緒だけど教室はほかの子どもたちとは別々で、日本でいえば、特別支援学級に入れるという対応です。

四つ目は、たとえば障がいのある子どもにはケアできる人をつけて、ほかのみんなと一緒の教室に受け入れる。

要するに世界の対応は主に、「そもそも学校に行かせない」「別の学校に行かせる」「学校は一緒だけど教室は別」「同じ教室で学ぶ」という四つに分けられます。しかし、実際にどれを選ぶかとなると、環境整備次第で選択肢は違ってきます。ポイントはどれが正しいかではありません。選べることが大事なんです。

あるいは、学校に行くのが大変な子どもには、オンライン授業が受けられる環境整備をして、ちゃんと家庭訪問もできるようにする、原則は同じ教室だけど状況次第では別の教室で授業を受ける、教室は別だけど修学旅行はみんなと一緒に行くなど、環境を整備すれば選べる選択肢とその組み合わせを増やすこともできます。

この多様な選択の保障が政治の発展だと私は思っています。政治行政の役割は選択権を保障し、選択のミックスも保障すること。何を選ぶかは一人ひとりが決めること、本人の人生は本人が選ぶもの──そういった思いが選択の自由、あるいは自己決定についての私の考え方のベースにはあります。

 

施政方針演説で高市首相が言わなかったこと 

【泉】私、憲法13条の「幸福追求権」が大好きなんです。生存権とか環境権とか財産権とか、○○権はいろいろありますが、幸福は「幸福権」ではなくて「幸福"追求"権」なんですね。

たとえば、あんパンを食べることが人間たるものの幸せだと仮定すると、政治の役割は全員にあんパンを配ることです。全員にあんパンを配ったら全員、幸せになれるわけですから。でも実際は違います。あんパンじゃなくてジャムパンが好きな人もいます。ごはんのほうがいいという人もいます。みんな違うわけですよ。幸せというものは定義できないんです。何が幸せかというのは、人それぞれです。だから政治は、「幸福」ではなく「幸福を追求する権利」を保障するのです。

一人ひとり顔が違うように、何が幸せかは一人ひとり違います。でもすべての人に「あなたは幸せになっていいんですよ。どうか幸せになってください」と環境整備をするのが政治行政の役割である││それが政治家としての私の根っこにある考えです。

そして、一人ひとりの幸せを願う気持ちが、より叶えられるようにしていくのが政治行政の歴史の発展だと思っています。ところが、その発展が日本の政治行政では止まってしまっています。諸外国でできているのに、日本ではできていないことがたくさんあります。いったん進みかけたことまで、今は止まっています。たとえば、障がい者政策はほとんど進んでいません。

今年(2026年)2月の高市首相の施政方針演説については、新聞各紙がいろいろ論評していますが、私が気になったのは、高市さんが言ったことではなく、言わなかったことです。何を言わなかったかというと、まず「子どもと障がい者」への言及はほとんどありませんでした。障がい者についての言及はゼロでした。
歴代政権でこれほど障がい者のことを言わなかった施政方針演説は珍しいのではないでしょうか。

高市さんが言わなかったもう一つは「政治と金」です。企業・団体献金の話はしたくないんです。「子どもと障がい者」および「政治と金」について言及しないということは、高市さんが「子どもや障がい者という社会的支援を必要とする人たちへの安心の提供には興味がない」こと、そして「国民ではなく企業のほうを向いた政治をする」ということを自白しているようなものです。

しかし逆にいえば、高市さんが無視した「子どもや障がい者への安心の提供」と「国民のほうを向いた政治」を求める心理は国民の中に絶対にあるわけだから、そこに我々の活路があるということです。つまり、高市政権に代わりうるもう一つの選択肢の必要性がそこにあると思います。

しつこいようですが私はとても前向きな人間なので、一人一票の選挙を通して、政治は変えられると信じています。「安心して暮らしたい」「選択の自由を認めてほしい」というニーズが叶えられていない以上、それを求める国民のエネルギーが働いて、もう一つの選択肢を選ぶときが来ると思っています。

【福田】おっしゃるとおりだと思います。高市政権に代わりうる新たな選択肢を求める国民のニーズは間違いなくあると思います。
しかし、「リベラル」という言い方の曖昧さの問題かもしれませんが、これまではいわゆるリベラル勢力が自民と対決するとき、どうしても抽象的な概念の論争、言い合いになりがちだったように思います。それは立憲民主党もそうかもしれないし、中道改革連合などもそうかもしれません。安心にしろ選択の自由にしろ私たちの生活に直結した問題なのに、なぜそういう国民目線の議論にもっていけないのでしょうか。 

【泉】そこはこれまで、どうしても「9条論争」に象徴される左翼系の主張や立場に引きずられすぎたのが大きいと思います。メディアの多くもそうした抽象的な主張にばかり注目して報道してきました。
しかし時代の変化の中で、国民が求めているものが具体的な「生活の安心」と「選択の自由」であることが明らかになってきました。これまでの「保守vsリベラル」の枠組みを超えてこのニーズに真摯に向き合う勢力こそが、国民の声の新たな受け皿になるだろうと思います。

プロフィール

泉房穂(いずみ・ふさほ)

参議院議員、元明石市長

1963年、兵庫県明石市生まれ。東京大学教育学部卒業後、NHKやテレビ
朝日のディレクター、石井紘基氏秘書、弁護士を経て、2003年、衆議院議
員となり、犯罪被害者等基本法などの立法化に努めた。11年、明石市長に
就任。子ども施策のほか、高齢者・障がい者福祉に尽力。23年4月、任期
満了に伴い市長を退任。25年7月、参議院議員選挙に当選。

福田充(ふくだ・みつる)

日本大学危機管理学部教授(学部長)

1969年、兵庫県西宮市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。現在、日本大学危機管理学部教授(学部長)、同大学院危機管理学研究科教授(研究科長)を務める。専門は危機管理学、リスクコミュニケーション、インテリジェンス、テロ対策、災害対策ほか。
内閣官房や自治体等で危機管理に関する委員や、コロンビア大学客員研究員等を歴任。

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