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高市政権が進める「労働時間規制緩和」は少子化対策と矛盾するのか?

2026年03月25日 公開

小黒一正(法政大学経済学部教授/ 東京財団上席フェロー)

労働時間規制緩和と少子化対策

高市政権が進める労働時間規制緩和は、少子化対策と必ずしも矛盾するものではない―。賛否を生む「労働時間規制緩和」の議論に「少子化対策」の視点から新しい光を当てる。

※本稿は『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

労働時間規制緩和をめぐる現在の政治論争

高市早苗首相が「労働時間の上限規制の見直し」に言及して以降、国会では激しい論争が続いている。背景には、生産年齢人口が急速に減少するなか、とくにサービス業や医療・介護、建設、物流など幅広い分野で慢性的な人手不足が続き、日本経済全体が本格的な人手不足経済に移行しつつあるといった要因も大きいことは間違いない。

企業側からすれば、柔軟な働き方を認めることで、イノベーションの加速や人材確保につながるとの期待がある一方で、「希望する人にはもっと働いてもらいたい」という思惑も透けて見える。高市首相も、こうした現状を踏まえつつ、個々人がライフステージに応じて働き方を選択できる「選択的労働」の必要性に言及している点は注目に値する。他方、労働側や野党は「過労死の増加」への懸念から、規制緩和そのものに強く反対している。

このように、議論はしばしば「働かせすぎを防ぐ規制」か「柔軟性を高める規制緩和」かという二項対立で語られがちである。しかし、今日の日本が直面している最大の構造問題は「少子化」そして「人口減少」である。労働時間規制緩和の議論が、少子化対策の視点を欠いたまま、あるいは人手不足への即効薬としてのみ進めば、国家としての持続性が損なわれる危険性があるのではないか。

少子化が進むいま、本来、労働時間の制度設計は、「どれだけ産業を成長させられるか」とともに、「どれだけ子どもを産み育てやすくできるか」という2つの観点から組み立てなければならない。そのうえで、人手不足経済にどう対応するか、多様な働き方・選択的労働をどう位置づけるかを考える必要がある。しかし、この視点が政策議論において十分に共有されていない。

 

見落とされてきた「時間」と「生産性」の関係

各国の一人当たり実質GDP

労働時間の議論に立ち返ると、基礎となる試算は次の2つであろう。

〈試算1〉もし日本が1990年と同じ労働時間(2031時間)を維持していた場合、2023年時点の一人当たり実質GDPは「1.69倍」となり、アメリカ(1.68)やイギリス(1.55)を上回り主要国でトップクラスになっていた。

1990年の日本の年間労働時間は2031時間であり、アメリカ(1764時間)、イギリス(1618時間)よりも250時間以上も長かった。この時期の日本は、まさに「世界一働く国」であり、その労働量が当時の圧倒的な経済力を支えていた。実際、一人当たり名目GDPでも日本は米英を上回り、世界の先頭を走っていた。

しかしその後の約35年間で、日本の労働時間は急速に減少し、2024年には1617時間へと大幅縮小した。一方、アメリカは1796時間と1990年とほぼ変わらず、日本はアメリカより約180時間短くなるかたちで「逆転」した。

この変化の背景には、以下の制度的経緯がある。

・ 1980年代の貿易摩擦で「日本人は働きすぎ」という批判が国際問題化
・ 1988年の「経済運営計画」で政府が「年間1800時間」を公式目標として設定
・週休2日制が急速に普及
・ 1992年の時短促進法、1994年の労基法改正で法定労働時間を週40時間に固定

こうした政策的な時短の流れが定着し、日本は「労働時間を強制的に縮める」方向へ大きく舵を切った。その結果、実質賃金や経済成長の伸びが鈍化する構造問題が生じた側面も否めない。

では、労働時間を大幅に増やしても労働生産性が低下しないという前提のもと、日本がもし1990年と同じ労働時間を保っていたらどうなっていたか。推計方法の詳細は省くが、その試算結果が図表1である。日本の経済力が最も力強かったのは1990年ごろのため、日本の仮定試算を含め、各国の一人当たり実質GDPが1990年で1.00になるように基準化している。

この主要7カ国のなかで最も高い成長を示し、一人当たり実質GDPトップになっているのは試算1で算出した「日本(仮定試算)」の1.69である。しかしながら、実際の日本は1.30にとどまり、これらの国々のなかで下位2番目の結果になっている。もっとも、この事実は「長時間労働に戻るべきだ」という結論を導くものではない。

試算1は、労働時間を増やしても生産性が変わらないという"量の効果のみ"を見た機械的な仮定である点に注意が必要である。むしろ後述のとおり、日本は短時間労働のほうが生産性が高まる可能性もある。

重要なのは、働く時間の最適化であり、量を増やすか減らすかの二択ではなく、個々人が最も成果を出せる時間を選択できる制度が不可欠である。 高市首相が口にする「選択的な働き方」を本当に実質ある制度にできるかどうかが問われている。

 

重要なのは働く時間の最適化

生産性と労働時間の関係

〈試算2〉日本(約1600時間)は依然として先進国のなかで長時間労働だが、OECDデータから「約1360時間まで減らしても一人当たりGDPはむしろ増える」可能性を示している。

1990年代以降、日本の労働時間は減少してきたとはいえ、アメリカ以外の欧州との比較では依然として長い。最新のOECDデータでも、2024年の日本の年間労働時間は1617時間であり、イギリスの1512時間、フランスの1491時間、ドイツの1331時間と比べても高い。

しかし同年の「労働時間1時間当たり生産性」(購買力平価換算USドル)は、日本が56.8ドルで、欧州主要国(イギリス=80.6ドル、フランス=92.8ドル、ドイツ=96.5ドル)に大きく後れをとっている。つまり、日本は(ドイツ等との比較で)「長時間労働にもかかわらず低生産性」という構造的な非効率に陥っている。

決定的なのは、OECD35カ国(1970〜2015年)の長期データ分析である。年間平均の労働時間(横軸)と「一人当たりGDP/労働時間」(縦軸)をプロットすると、両者には明確な負の相関が確認される(図表2)。

なお、時系列データにおいて、先進諸国の「年間労働時間」は低下傾向にある一方、「生産性(一人当たりGDP/労働時間)」は経済成長で上昇する傾向をもつことから、通常のプロットでは「見せかけの相関」を表す可能性が高い。

この問題を取り除くため、各OECD諸国の「生産性(一人当たりGDP /労働時間)」の値は、各年において、OECD諸国の平均が100となるように基準化したものを利用しているが、労働時間が短い国ほど単位時間当たりの生産性は高いという関係が極めて頑健に観察される。

この図表2から明らかなとおり、「労働時間」と「生産性(一人当たりGDP/労働時間)」は負の相関関係をもつ。両者が負の相関関係を有するとしても、「年間の労働時間が減少すれば、生産性(一人当たりGDP/労働時間)が高まる」という因果関係を表す保証はないが、知識集約型経済の飛躍的成長の「起爆剤」となる柔軟な発想や斬新なアイディアを生み出すためには、「時間的なゆとり」も必要なはずである。

では、生産性(一人当たりGDP/労働時間)が増加すれば、一人当たりGDPも増加するのか。年間の労働時間が減少し、単位時間当たりの生産性(一人当たりGDP/労働時間)が増加しても、一人当たりGDPが低下しては意味がない。

一人当たりGDPと労働時間の関係

このような現象が起こるか否かは、「一人当たりGDP=生産性×年間平均の労働時間」という関係から判別できる。まず、図表2のプロット・データから、yを「生産性(一人当たりGDP /労働時間)」、xを「年間平均の労働時間」として、近似曲線を求める。この近似曲線yとxの積から、「一人当たりGDP」(=y×x)が計算でき、その関係をプロットしたものが、図表3である。この図表の横軸は「年間平均の労働時間」、縦軸は「一人当たりGDP」を表す。

この図表3の「曲線」(上に凸の曲線)が、一人当たりGDPと労働時間の関係を示している。この曲線が妥当な場合、横軸の「年間平均の労働時間」が約1000時間のあたりが、縦軸の「一人当たりGDP」が最大になる労働時間であることがわかる。もちろん、1000時間は実在データがほとんど存在しない領域も含むため、その厳密な解釈は慎重であるべきだ。

しかし実在データが存在する領域(1360時間前後)だけに基づいても、日本は労働時間を1600時間前後から1360時間へ削減しても、一人当たりGDPが増加する可能性がある。年間240時間の削減は、1日8時間労働で換算すれば約30日分のゆとりに相当する。この「余白の時間」は、単なる休暇ではなく、創造的思考、新規事業の立案、知識集約型産業における競争力向上といった、生産性の核心に関わる。

以上の2つの試算は、一見すると矛盾するように見える。

・ 長時間労働を続けていればGDPは維持できた(試算1)
・しかし短時間労働のほうが生産性は高まる(試算2)

実際には矛盾ではなく、「量」と「質」をどう最適化するかという問題である。したがって結論は明確である。固定的な労働時間制度ではなく、個々人が「選択できる労働制度」に転換することこそが、日本の成長戦略の中核となる。

これは高市首相が掲げる「選択的な働き方」と軌を一にするものであり、産業構造転換、人手不足経済への対応を同時に可能とする唯一の道である。

 

少子化対策の観点から見た労働時間規制見直しの評価

加えて、急速に進む人口減少との関係では、労働時間規制緩和が少子化対策と両立しうるかという問題も重要であり、労働時間規制の議論は、「子育て世帯全体の時間制約への理解」が前提にならなければならない。

〈時間の不足が出生率を下げる最大の原因〉

子育ての負担において、最も深刻な課題は「お金」ではなく「時間」である。仕事・家事・育児をすべて背負う共働き世帯では、平日の時間不足が慢性化し、第二子・第三子を諦めるケースが多い。出生動向基本調査でも、出産をためらう理由の最上位は「仕事と育児の両立の難しさ」である。

〈「選択的労働」の導入こそ少子化対策の核心〉

少子化対策としての労働時間政策は、次の3点を満たさなければならない。

①働きたい人は柔軟に働ける環境を用意すること
②子育て期は労働時間を自由に変更できる制度を保障すること
③変更した労働時間が将来の賃金や昇進に不利に働かない設計をつくること

ここに、もう一つ加えるべき視点がある。それは、「企業ごとの子育て環境の見える化」である。企業別の出生率(たとえば、一定期間内に在籍社員世帯当たり何人の子どもが生まれているか)や、育休取得率・短時間勤務利用率といった指標を公表し、社会全体で共有することによって、「どの企業が本当に子育てしやすい職場か」を可視化できる。

こうした情報が公開されれば、就職活動を行なう若者や転職希望者は、賃金やブランドだけでなく、「将来子どもをもちやすい企業かどうか」を判断材料にできる。企業もまた、採用力・レピュテーション(評判)の観点から、労働時間の柔軟化や育児支援策の拡充に取り組む強いインセンティブをもつことになる。

高市政権が進める「規制緩和」は、①についてはプラスに働く可能性がある。しかし②と③は、何も手当てしなければむしろ逆効果になる恐れがある。人手不足を理由に労働時間規制を緩めれば、企業は長時間労働を求めやすくなり、子育て世帯は働き方を選択する余地を失いかねない。つまり、労働時間規制緩和は、そのままでは「少子化対策」と矛盾する。

しかし逆に、「選択的労働」を制度化し、その実効性を企業別出生率などの見える化で担保すれば、規制緩和と出生率の向上を同時に達成することが可能になる。高市首相が掲げる「選べる働き方」の理念を、少子化対策と組み合わせた具体的な仕組みに落とし込めるかどうかが、今後の成否を左右する。

 

人口減少社会で求められる新しい成長戦略

日本は少子化・人手不足が同時進行する歴史的転換点にあるが、以上のことから、今後の成長戦略(とくに労働供給)は、「時間の再配分」と「生産性の最大化」を軸に再設計する必要がある。加えて、企業の行動変容を促す「情報公開(可視化)」を組み合わせることで、政府の規制強化に依存せずとも、民間みずからが子育てしやすい職場を整備していく仕組みを構築できる。この三位一体の戦略こそ、人口減少社会にふさわしい日本型成長モデルとなる。

(1)労働時間の柔軟化と「選択の自由」の制度化

労働時間政策は、「増やすか・減らすか」の単純な対立軸ではなく、個人が選べる働き方を制度として保障することが最も重要である。労働時間規制の見直しは、働きたい人に柔軟性を与える一方、子育て期や介護期には大幅に労働時間を調整できるような制度設計と不可分である。

・ 多く働きたい人には、上限規制緩和による柔軟性を確保
・ 子育て・介護期には、労働時間を大幅に減らして働ける制度を法的に保障
・副業、学び直し(リスキリング)の推進や拡充

この発想こそが、高市首相も言及する「選択的な働き方」の実質的なコアとなる。

(2)「余白の時間」こそ日本の成長力を左右する

OECDデータが示すように、年間労働時間と生産性には負の相関が見られ、知識集約型経済では長時間労働がむしろ成長の阻害要因になりうる可能性がある。デジタル化・AI化が進む現代では、価値を生むのは「余白の時間」である。短く働き、集中して成果を出す働き方が広がれば、

・イノベーション
・新規事業の創出
・企業の競争力強化

につながり、「時間的ゆとり」がそのまま生産性向上の原資になる。人口が減少する社会では、労働量ではなく、生産性そのものが成長力の源泉となる。

(3)企業行動を変える「見える化」の導入

時間政策と並び、企業行動を自発的に変える仕組みも不可欠である。その中心にあるのが「企業別出生率・両立指標の公表」である。

・ 企業別の出生率、平均子ども数、育休取得率、短時間勤務利用率などを集計・公表
・ 統合報告書や就活サイトで「賃金」「成長性」と並んで「子育てしやすさ指標」を掲載
・ 高い指標の企業には税制優遇・公共調達での加点などインセンティブを付与

政府が企業を細かく規制するのではなく、情報公開と市場の評価によって企業の行動変容を促す。これは過度な規制を避けつつ、民間主導で「子育てしやすい職場」への競争を引き起こす最も効率的な仕組みである。

いずれにせよ、少子化と低成長に苦しむ日本にとって、労働時間規制に関する議論は、単なる労働政策ではなく、国家戦略そのものである。労働時間の単なる見直しではなく、時間を「選べる」制度へと転換することが、人口減少社会における新しい成長モデルの核心となる。そこに、企業別の出生率や両立指標の公表という「見える化」を組み合わせることで、企業行動を内側から変える力が生まれる。

すなわち、

「働きたい人は柔軟に働ける」
「子育て期には時間的ゆとりがある」
「労働時間を短くしても生産性は上がる」
「子どもを産み育てやすい企業が、採用市場で正当に評価される」

この4つを同時に実現することが、日本の成長戦略と少子化対策を結びつける唯一の道である。高市政権が進める労働時間規制緩和は、少子化対策と必ずしも矛盾するものではない。むしろ、制度設計次第で両立は十分に可能であり、その中心にあるのは「時間」を再分配し、「企業別出生率の見える化」で企業行動を変えていくという新しい発想である。

日本が再び力強い成長軌道に戻るためには、単なる働く「量」ではなく、働く「質(労働生産性)」と「時間」、そして「情報公開」を組み合わせた制度の再構築こそが鍵となる。人口減少社会でこそ、これらを軸とした成長戦略が求められている。

 

プロフィール

小黒一正(おぐろ・かずまさ)

法政大学経済学部教授/ 東京財団上席フェロー

1974年生まれ。京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。1997年大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から法政大学経済学部教授に就任 。専門は公共経済学。

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