Voice » 政治・外交 » トランプはなぜ習近平の協調路線に乗った? “G2構想”が映す米国一強の限界

トランプはなぜ習近平の協調路線に乗った? “G2構想”が映す米国一強の限界

遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

米中関係

2025年10月30日、韓国で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会談での米中首脳会談を、トランプは米中二極体制を意味する「G2」を用いて「G2会談」と呼んだ。これは、習近平が掲げる対米協調路線を、トランプ自身の言葉で言い換えたものともいえる。なぜトランプはG2構想を持ち出したのか。書籍『G2構想 勝つのは米国か中国か』より解説する。

※本稿は、遠藤誉著『G2構想 勝つのは米国か中国か』(PHP新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

トランプはなぜG2構想を言い出したのか?

2025年10月30日、トランプと習近平は韓国のソウルで開催されたAPEC首脳会議で米中首脳会談を行なった。

会談は午前11時13分から始まったが、トランプはそれに先立つ同日午前10時8分に、自らのSNSであるTruthに「G2会議がまもなく始まるよー!」と投稿した。

会談を終え帰国したあとの日本時間11月2日午前5時11分に、トランプは再びTruthに投稿しG2に言及した。そこには「中国の習主席との、私のG2会談は、両国にとって素晴らしいものだった。この会談は永遠の平和と成功につながる。中国と米国の両国に神のご加護がありますように!」と書いてある。

驚くべきは、米東部時間10月31日には米メディアCBSの60分間に及ぶ取材を受け「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と発言したことである。

米中競争の決着はどこかで付くわけで、いずれは中国が米国を凌駕することになり、そのときには戦争が起きるかもしれないという危惧が、バイデン政権まではあった。もし、その凌駕の瞬間を平和裏に対処し、しかも米国が強い状況で米中が共存できるなどという離れ業ができる人物が出てくるとすれば、人類にとって奇跡的なことだ。

2026年2月28日にイラン攻撃を開始した今となっては、トランプに「平和」などという文字はすでにそぐわなくなっているが、しかし今でもなお、トランプの「習近平に重きを置く」姿勢は変わっていない。

なぜなのだろうか?

 

アメリカは金融業を重視することによって、製造業を空洞化させた

図表5-1「アメリカ製造業・金融等部門のGDPに占める割合の推移」

図表5-2「アメリカ製造業・金融等部門の雇用者数の規模推移」

一つには、トランプはそもそもプーチンや習近平のような専制主義的な体制における強いリーダーが好きだという事実がある。特に習近平に関しては、ノーベル平和賞受賞に関する流れの中で2025年1月23日に「私は習近平が大好きだ! ずっと好きだった」と表明した心理が働いている。

だが、何といっても決定的なのは、2025年4月1日にトランプが全世界に相互関税をかけたときに、習近平が思い切った対抗関税をアメリカにかけ、輸出規制を宣言したことだ。対抗関税の主たる対象はレアアースやレアメタルなど、米軍武器を製造するのに欠かせない物質だった。トランプが「それなら」という感じで反応し、さらに高い関税をかけると、習近平も負けじと、それを上回る輸出規制で徹底して抵抗した。

これにより、トランプが突然折れた。

中国のレアアースやレアメタルがないと、米軍の武器が製造できないだけでなく、アメリカで製造するほぼ全てのハイテク製品が製造できない。それだけでなく、中国製部品がないと、米軍武器が製造できないというのも致命的だ。

それは中国の製造業があまりに発展してしまっており、アメリカの製造業が空洞化してしまったという長い歴史があるからだ。

図表5-1に示すのは「アメリカ製造業・金融等部門のGDPに占める割合の推移」で、図表5-2に示すのは「アメリカ製造業・金融等部門の雇用者数の規模推移」である。

図表5-1から、アメリカのGDP成長に貢献しているのは金融等部門であって、時代とともに貢献度が大きくなっているが、製造業の貢献はひたすら衰退していっていることがわかる。

図表5-2は致命的だ。製造業に従事するエンジニアの数が絶望的なほど下降の一途をたどり、何ならトランプ2.0になってからは「製造業を取り戻す」と高らかに叫んでいるのに、さらに下がっていることが見て取れる。

この2つの図表から明らかになるのは、アメリカは自分自身で金融業を重視することによって製造業を空洞化させていったことだ。

 

天安門事件も大きな影響を与えている

1974年の石油ドル体制が主たる原因ではあるが、1989年6月4日の天安門事件も大きな影響を与えている。事件発生後、G7が団結して対中経済封鎖を断行しようとしたのに、日本だけが「鄧小平を孤立させてはならない」として対中封鎖を解除してしまったことが、その傾向を加速させている。

日本だけが中国市場を先取りしようとするのなら、わが国もそのバスに乗り遅れるわけにはいかないとして他のG7諸国も日本に倣い、中国市場めがけて突進していった。アメリカなどは工場ごと中国に移転してしまった。

さらに1991年12月に旧ソ連が崩壊すると、もうロケットを製造してソ連と競争する必要もなくなったことから、ロケット工学に必要な流体力学方面の研究者も、こぞって「金融工学」というエリアを創設することに夢中になっていった。当時筆者はまだ統計力学のエリアでの研究を放棄していなかったので、近接する流体力学の仲間が、つぎつぎと金融工学に鞍替えしていったのを身近で体験したことがある。

天安門事件後の対中経済封鎖を解除していなければ、こんにちの中国はない。日本はまたしても中国共産党が発展していくのを助長したのである(参照:拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『台湾軍事機密文書が語る中国「抗日戦争」の真相』など)。

このような構造的問題があり、何をしようと製造業でアメリカが中国に勝てるはずがない。

製造業がだめなら軍事製品の製造もだめになる。加えて中国のレアアースが入ってこなくなったら、アメリカは終わる。

だからこそ、トランプは習近平に譲歩したものと判断することができる。

 

プロフィール

遠藤誉(えんどう・ほまれ)

中国問題グローバル研究所所長

1941年中国吉林省長春市生まれ。国共内戦を決した「長春食糧封鎖」を経験し、1953年に日本帰国。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『米中新産業WAR』、『台湾軍事機密文書が語る中国「抗日戦争」の真相』など多数。

Voiceの詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

なぜ日本だけが「目の敵」にされるのか 習近平政権が台湾問題で絶対に譲らない理由

岡本隆司(早稲田大学教授),野嶋剛(ジャーナリスト)

80年間放置してきた国家的な課題 国家情報局とスパイ防止法がなぜ必要なのか

小谷賢(日本大学教授)

習近平が仕掛ける「沖縄に対する浸透工作」 大っぴらに内政干渉を行う中国の目論見

益尾知佐子(国際政治学者),安田峰俊(紀実作家)

中国との戦力格差を埋めるには? 日本が早急に取り組むべき「米国ミサイルの配備」

村野将(米ハドソン研究所上席研究員)