
高市政権は 「インテリジェンス改革」 について、三本柱で検討したうえで実施をめざしている。これらの改革は、 はたしてなぜ必要なのか、日本のインテリジェンス研究の第一人者である小谷賢氏が読み解く。
※本稿は、『Voice』2026年3月号より、より抜粋・編集した内容をお届けします。
高市自民党政権は日本維新の会との合意に基づき、インテリジェンス(情報活動)分野の改革に積極的であると見られている。具体的には、「国家情報局の創設」「スパイ防止法の制定」「対外インテリジェンスの強化」という三本柱からなっており、本稿では、今後実施されるであろうこれらインテリジェンス改革について概観していきたい。
高市政権が最初に着手した国家情報局と国家情報会議の設置は、それぞれ既存の内閣官房内閣情報調査室(内調)と内閣情報会議の格上げによって実現されるので、比較的ハードルが低いと言える。両者を格上げしなければならない理由は、まず内閣情報調査室の情報集約能力を高めるためである。
現状では、各省庁の情報部門(インテリジェンス・コミュニティ)が情報収集・分析を行ない、内調がそれを束ねて官邸に報告することになっている。内調のもっとも重要な任務は、週に二回程度官邸に情報を報告することであるが、そのためにはインテリジェンス・コミュニティの協力が不可欠となる。
ただし、各省庁は重要な情報があれば、内調ではなく直接官邸に情報を届けることが多いので、必ずしもすべての情報が内調に届けられるわけではない。その結果、官邸は雑多な情報で溢れかえり、内調には分析業務に必要な情報が届かないこともある。
このような状況になっているのは、内調の各省庁に対する権限を明確に規定していないためである。1952年に前身の組織が設置された内調は、米国の中央情報庁(CIA)をめざしてつくられた経緯があるが、当時の政治的混乱や世論の反対によって腰砕けとなり、そのとき以来、ほとんど権限が与えられないままとなってきた。
対照的なのは、2014年に内調と同じ内閣官房に設置された国家安全保障局(NSS)であり、こちらは国家安全保障会議設置法によって「内閣官房長官及び関係行政機関の長は、議長の求めに応じて、会議に対し、国家安全保障に関する資料又は情報の提供及び説明その他必要な協力を行わなければならない」と規定されている。
そのため現状では、NSSのほうがインテリジェンス・コミュニティに対する情報要求が強く働くとも評価できる。つまり、今回の格上げの狙いは、内調にもNSSのように各省庁の情報に対するアクセス権限を与えるため、各コミュニティから内調への情報提供を法的に義務付ける、といった点にある。
また、コミュニティのすべての情報が共有されることになっている内閣情報会議も、同じく曖昧な存在となっている。現状、こちらは官房長官が議長となり、各省庁の次官級の事務方が出席して情報を共有することになっているが、やはり各省庁は情報を出し惜しみすることが多い。そこで総理が出席することで、すべての情報を包み隠さず共有すること、そして各省庁も他省庁の情報を共有してもらうことで、国家的なインテリジェンスが機能していくことが期待されている。
基本的に各省庁は、自分たちの所掌事務のために情報収集を行なっており、国のためという意識は希薄である。たとえば外務省であれば、外務省の政策のため、防衛省・自衛隊であれば、防衛省の政策のための情報収集に専念し、そのなかで使えそうな情報があれば官邸に報告している。
しかし、格上げされた国家情報局や国家情報会議に情報提供するとなれば、最初からそこを意識しなくてはならないので、インテリジェンス活動にも国家観が重要になってくる。さらにいえば、官邸、内閣官房、他省庁すべてに見られる可能性があるのであれば、下手な情報は出せないので、情報収集や分析も高いレベルのものが要求されるようになるのではないだろうか。
1985年に当時の中曽根自民党政権が、いわゆる「スパイ防止法」を国会に提出したが、死刑という量刑の重さなども相まって、反対多数で法制化には至らなかった。ただ、その後も中露によるスパイ事案があとを絶たず、日本は「スパイ天国」と呼ばれて久しい。
最近では国家機密だけではなく、民間企業や研究機関のもつ技術情報が狙われることも多くなってきた。2020年にはロシアの情報員がソフトバンクの部内情報を、中国の情報員が積水化学工業の部内情報をそれぞれ窃取したことが発覚し、2023年には産業技術総合研究所の中国籍の研究員が研究データを中国企業に漏洩させたことが発覚している。どの事案も情報が漏洩したあとに発覚したもので、未然に防ぐことはできず、中露の情報員も本国に逃れている。
もちろん近年、日本政府は情報漏洩への対策を進めてはいる。2013年には「特定秘密の保護に関する法律(特定秘密保護法)」が制定され、防衛・外交・テロ・特定有害活動分野で、漏洩すると「我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある情報(諸外国ではTop Secret、またはSecretに相当)」を保護することができるようになった。
また2024年には、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(重要経済安保情報保護法)」が成立し、国と民間企業の共有する情報で、漏洩すると「我が国の安全保障に支障を与えるおそれがある情報(諸外国ではConfidentialに相当)」が保護されるようになった。さらに不正競争防止法では、民間企業のもつ営業秘密の漏洩も処罰の対象となる。既述のソフトバンクや積水化学工業の事件では、この法律が適用されている。
これらの法律では、情報の不正取得や取得のための働きかけやそそのかし(教唆)も処罰の対象となったため、一見、外国の情報機関による情報の不正窃取に対応できる仕組みにも見える。しかし、これら法律は、基本的には漏らす側、つまりは日本の国家公務員や民間企業の従業員に焦点を合わせたもので、外国の政府機関を念頭に置いているとは言いがたい。
なぜならば、情報を取りにくる行為を未然に防ごうとするなら、その行為を監視する必要性があるが、特定秘密保護法などはそのような監視行為を規定しているわけではないからである。その結果、我が国の秘密保護法制度は、情報流出の防止という本来の目的を果たしておらず、漏らした側への罰則適用という視点から運用されているにすぎないのである。既述した情報流出の事例においても、情報を取りにきた側は逮捕されていない。
戦後直後のスパイ事案では、日本に密入国してくる北朝鮮系の工作員が想定されていたため、事件のほとんどは出入国管理令や外国人登録法で対処することになった。しかし、中露のスパイとなると摘発が難しくなり、ほとんどの場合は事件が発覚したあとに警察の出頭要請を無視して出国してしまい、手が出せなくなるのである。
他方、欧米のスパイ防止においては、機密や行為を規定し、漏洩させた場合だけでなく、情報流出の防止のため、情報を取りにくる側を監視し、その兆候があれば迅速に対応する。それに対して我が国の現状の法体系では、外国スパイの監視によって情報漏洩を未然に防ぐことができないため、スパイ防止法を検討する際にはこの点を突き詰める必要がある。
監視の対象は、日本国内の外国人となるが、闇雲に行なうわけではない。まず可能性が高いのは、大使館や領事館に外交官の身分で赴任し、情報活動を行なう情報員や軍人であるので、それら外交官はすでに監視の対象となっている。
問題は、民間人に偽装しているスパイ(Non Official Cover: NOC)であり、彼らは普段、ジャーナリスト、学者、企業の従業員の肩書で働いているが、本業は国家機関に所属する情報員である。NOCの場合は、誰がスパイなのか、そしてどこで勤務しているのかがわかりにくいため、その監視は容易ではない。そのため欧米では、外国代理人登録法なるものが存在している。
この種の法律では、米国の外国代理人登録法(FARA)がよく知られており、これは米国以外の国籍で、米国に在住し、外国勢力や団体の利益のために活動する者を外国代理人と定義し、司法省に登録する制度である。このデータベースは国防総省にも共有されており、監視の必要があれば、実際に連邦捜査局(FBI)などが監視活動を行なうことになっている。また、登録の拒否、虚偽の登録などを行なった場合は、外国代理人届出義務違反罪によって罪に問える。
また近年、中国の浸透工作に悩まされてきた豪州は2018年に外国影響力透明化法を制定しているが、こちらは外国人の豪州の政治家や政府関係者などへの接近を厳しく制限するものである。このように諸外国では、それぞれの国内で外国人が政治的に活動することを制限しているのである。
他方、日本国内における諸外国の情報機関の監視は各省庁で実施しているが、その手段は基本的に目視による監視と尾行である。しかし、このような監視活動は膨大な労力がかかる割に、相手の意図などを事前に調べることができない。これに対して欧米諸国では、通信傍受による情報収集が基本となっている。ここでいう通信傍受とは、平時から情報収集のために行なう行政傍受のことである。情報機関による行政傍受は、基本的に自国民に対してではなく、スパイ活動を行なう可能性のある外国人やテロリストに対して行なわれている。
日本では行政傍受の導入については、いまだ議論の俎上にも上がらない。行政傍受は個人のプライバシーが侵害されるおそれがあるとして、日本国内の世論やマスメディアは慎重な姿勢を崩さない。また通信傍受の実施は、日本国憲法第二一条の「通信の秘密」にも関わる事項であるため、広範な議論が必要になってくる。
ただし、ここで通信傍受の対象となるのは、日本の秘密を非合法に得ようとする外国政府勢力、もしくは外国政府の利益のために働く外国人エージェントが対象であるため、大部分の日本人にとっては直接的な影響はないだろう。基本的に調査機関が日本人の通信を傍受することは想定されていないが、もし外国人エージェントとの接触が認められた場合は、裁判所の許可を得て実施することも検討しなければならないだろう。
日本は戦後長らく、米国のCIAや英国の秘密情報部(MI6)に相当する、海外での人的情報収集活動を専門とする対外インテリジェンス組織をもたなかった。ただし、2010年代には海外で邦人がテロリストに誘拐・殺害される事件が相次ぎ、それに対応するため2015年に国際テロ情報収集ユニット(CTU‒J)が設置されている。
CTU‒Jはテロ分野に特化しているため、警察官僚を中心に、同組織を対外情報機関に拡大するような構想もある。第二次安倍政権下で内閣情報官と国家安全保障局長を務めた北村滋氏は、「国際テロ情報収集ユニットは対外情報機関の先駆けといってよい組織ですが、任務がテロ関連の情報収集に限定されています。人員を拡充し、大量破壊兵器の不拡散や経済安全保障関連での情報収集も担わせることを検討してもよいでしょう」と主張している。
対外インテリジェンス組織は、海外で外務省のアセットを使用することから、外務省の協力は不可欠である。CTU‒Jも組織上は外務省に設置されているが、他方、情報機関は情報と政策の分離の原則から、政策官庁のなかに置くことは好ましくなく、また、政治指導者に直接情報を伝えられることが重要なので、同組織は内閣官房の指揮下にも置かれている。そのため日本が対外インテリジェンス組織をもつのであれば、同組織の拡充がもっとも現実的な方法であるが、どのような組織としていくかは、さらに議論を詰めていく必要があるだろう。
現在、CTU‒Jは100名程度の規模の組織であるが、対外情報機関となると相当な数の人員が必要となってくる。2013年の自民党、民主党、みんなの党による超党派議員の提言によれば、人員500人、予算200億円程度から始めるのが妥当との指摘もある。ただ問題は、それほどの数の即戦力をどこから集めてくるかだ。
おそらくこの点で重要になってくるのが、公安調査庁の再編だ。公安調査庁は法務省の外局であり、所掌事務は破壊活動防止法(破防法)による規制対象の調査を行なうことだ。破防法自体は1952年に制定された法律で、当時は共産主義勢力の監視を想定していた。しかし冷戦後、同勢力の活動は極めて低調となり、それに比例して破防法を根拠とした調査活動も低調となっている。
公安調査庁みずからも、近年の活動領域については経済安全保障、サイバー、テロを挙げており、そちらにより多くの人員を割いている。同庁の定員は1800人程度であるので、破防法に従事している調査官を法務省に残し、のちの調査官は新たな対外インテリジェンス組織に合流させるというのも手であろう。そのあとは外務省のような専門組織によって、情報収集や分析に長けた若者を採用していく、というやり方も考えられる。あとは部内にインテリジェンスの研修機関を設置し、そこで教育・訓練を行なっていくことも必要である。現在、日本政府内にインテリジェンス研修のプログラムは皆無に等しい状況であるため、この点についてもきちんとしたものを整備していくことが必要になってくる。
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本稿では、今後予想される高市政権のインテリジェンス改革を概観してきたが、現組織の国家情報局と国家情報会議への格上げ、外国代理人登録法や外国影響力透明化法といった法制整備については、それほどハードルは高くないだろう。おそらく本丸は行政傍受の導入と対外インテリジェンス機関の設置となるが、両者の実現には高いハードルが存在する。前者は憲法21条の問題に加え、野党や世論からの強い反発を招く可能性があり、後者は各省庁間の権限争いに発展する可能性がある。
それでも高市政権は、政治的資源を割いてでもそれらを実現しなくてはならない。これはインテリジェンスの領域だけでなく、日本の国としての在り方の問題でもあるのだ。日本は戦後80年間、この分野の改革を避け続けており、欧米諸国が当然のように備えているインテリジェンス機構を未整備のままにしてきた。この未整備状態は、露華鮮といった諸国に付け入られる隙を生じさせている。日本には、みずからの情報を守る、そして海外にも積極的に情報を取りにいくという、国としての当然の活動が求められているのである。
更新:04月29日 00:05