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【日本文明研究会】「日本の精神性」はいかに形成されてきたか ――仏教から日本政治思想史を問い直す(2)

末木文美士(仏教学者/国際日本文化研究センター名誉教授)

日本文明研究会

米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。

日本文明研究会(委員:河野有理、藤本龍児、三宅香帆)」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。今回は、日本人の精神文化の領域にとどまらず、国家の権威構造や統治の正統性にまで深く関わってきた仏教と政治の関係性を、4回にわたって見ていきます。(構成:藤橋絵美子)

 

空海は明確に「仏教優位」を打ち出していた

多くの方がご存じの通り、平安仏教の中心となったのは、空海と最澄です。この二人は、王法(政治権力)と仏法(宗教権威)の関係をめぐり、独自の構想を提示しました。

空海はしばしば「密教の大成者」として語られますが、彼に「政治論」が存在することはあまり知られていません。彼の主著の一つである『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』の中で、若い時期に書かれた著作『三教指帰』を再構成して、その構想が語られています。

本書において空海は、「十住心(じゅうじゅうしん)」の体系、つまり人間の心の発達段階を十段階に分類して提示します。動物的な本能である第一段階から始まり、素朴な倫理意識が芽生える第二段階、宗教が芽生える第三段階ときて、以降は徐々に仏教の深い真理へと進展していくわけですが、その最初の段階である第四段階「唯蘊無我心(ゆいうんむがしん)」で、世俗(政治)と仏法を比較する議論が登場します。

ここでは、憂国公子と玄関法師の問答形式で、政治と宗教の価値評価を確かめている。ごく簡単に言えば、仏教のもっとも初歩的な段階として「政治の問題を論じる場合にも仏教は大事ですよ」ということを議論しているのです。

 

経を読み、仏を礼して、国家の恩を報じ、観念坐禅して四恩の徳を答う(『空海コレクション』Ⅰ、p.120)

外書は百姓の文の如く、仏経は天子の勅の如し(前掲書p.123)

 

注目すべきは、空海が世俗の政治を「仏法より下位に置く」という立場を明確に打ち出している点です(仏法優越論)。仏法は宇宙の根本原理に通じ、存在の真理を説くものであり、政治はあくまで現世的秩序を保つための営みにすぎない、というわけです。

この仏法優越論は、のちに日本仏教が政治と関わる際にしばしば示す特徴的な思考の原点となります(ちなみに、前近代の日本政治において「王法優越論」であったことはありません)。

 

最澄が唱えた「真俗一貫」という革新の発想

政治論としてより理論的に優れているのは、最澄のほうです。空海は、先述のように一種の価値評価が出てしまうために、世俗の権力をどう位置づけるかについて必ずしも十分に議論できていない面がありました。

最澄の打ち出した構想はどのようなものか。晩年、彼は従来の具足戒(ぐそくかい:出家者用の250戒)を「小乗戒」として批判し、大乗独自の戒(大乗戒)を用いるべきだと主張します。そこで採り上げられたのが、「梵網戒(ぼんもうかい)」です。

梵網戒は『梵網経』(中国での偽経と考えられます)に基づくもので、出家者だけでなく在家者(※出家せず世俗の生活を営みながら仏道に帰依する者)にも通用するとされました。梵網戒は日本でもそれ以前から存在しており、実際に出家者の戒としては不十分なところも多いため、従来は具足戒を補完するものとして位置づけられていました。しかし最澄は、出家者に純粋な大乗戒である梵網戒のみ授戒することを主張したのです。

この構想は南都(奈良)の旧仏教勢力から強い反発を招きます。それもそのはず、出家者・在家者ともに通用する戒では両者の境界が曖昧になりかねません。曖昧になれば僧団の統制が崩れ、修行の体系も維持できない。実際、両者の区別ができなくなるわけです。

しかし最澄にとって、両者の境界の曖昧化こそが利点であり、革新でした。出家と在家の区別を超え、「すべての人が菩薩である」という「真俗一貫」を唱えたのです。

 

「仏道には菩薩と称し、俗道には君子と称す。その戒、広大にして、真俗一貫す。故に法華経に、二種の菩薩を列ぬ。文殊師利菩薩・弥勒菩薩等は皆な出家の菩薩、跋陀婆羅等の五百の菩薩は皆なこれ在家の菩薩なり」(思想体系本p.201)

 

彼は『法華経』に基づき、出家の菩薩と在家の菩薩を同列に並べました。俗世を治める天皇(君子)も、精神的指導を行なう僧侶も、ともに菩薩として同じ方向を歩む存在であるという、いわば「菩薩の二元論」です。「天皇はあくまで俗の頂点に位置づけられるけれども、仏道と方向性を共有し、共同して世界の秩序を支える存在である。役割が異なるだけである」というわけです。このように最澄は、仏教と政治を並列的な関係として捉えたのです。

究極の真理に近いのは仏道であり、天皇や政治権力は仏道に導かれる存在であるという意味では、仏道のほうが上位に位置していると言えます。しかし、それでも「両者は対立するものではない」。これが最澄の思想の特徴であり、独創的な発想でもありました。

最澄のこの発想が実際、どれほど影響を及ぼしたかについては分かりません。ただ、その後の展開を見ていくと、中世日本は「王法仏法相依論」が精神的な支配構造となる。最澄のロジックに通底するような、王権と神仏とが補完し合う二重構造が浸透していくことになるのです。

 

王権と仏法が並列であるが日本の特徴

こうした日本の権力構造は、アジアの中で非常に個性的なものと言えます。

例えば、中国の権力構造は、儒教を軸とした「縦の一元構造」です。天子が天から命を受け、それを官僚、知識人が支える。仏教を含む宗教は、本来政治とは関わってはいけないものとして排除されます。ゆえに反乱の際には逆に、仏教はしばしば持ち出されることにもなる。

また東南アジアの上座部仏教圏では、仏教が王権よりも上位に位置づけられ、国王であっても僧にはひざまずかなければならないという、宗教優位の上下構造が形成されました。

対して日本の場合、王権と神仏が互いに牽制しながらも補完し合うという並列構造です。神仏は恐ろしい霊的権威をもち、祈祷・加持・鎮護によって政治の正統性を支える。一方、王権は現世秩序を維持する権力を握りながら、宗教を保護する役割を担いました。先に述べたとおり、戦後日本では従来「仏教が政治権力と癒着して屈服した」という見方がなされていたわけですが、実はそうではなく、「仏教は政治を支えなければならない」あるいは「互いに支え合わなければならない」と考えられていたのです。

この日本の在り方は、アジア的な構造に比べると、むしろ中世ヨーロッパに近いと言えるかもしれません。ヨーロッパにおいて王権は神から与えられるものでしたが(王権神授説が理論化されるのはもちろん時代を下るわけですが)、王と教皇はつねに権威を争うという意味で政治と宗教は並列構造であったと言えるでしょう。

 

神仏と王権それぞれがまた重層化していく

さらに中世日本においては、並列構造であった神仏と王法それぞれが重層化されていく点が、また特徴的です。

神仏の側では、神と仏の関係を整理する「本地垂迹説」が登場します。本地垂迹とは、仏を本地とし、神をその権化=垂迹とする思想であり、神と仏の間に階層的連関を築きました。

また世俗の側では、天皇(朝廷)と武家政権(幕府)が並立することで、政治権力そのものが二重化します。武家は実力を持ちながらも、朝廷の有する文化的・儀礼的正統性を必要とし続けました。将軍が任命の権威を朝廷に求めたことに、この依存関係はよく表れています。

皆さんがよくご存じの『忠臣蔵』でも、その一端が垣間見えます。事件の端緒となったあの日は、朝廷から派遣された勅使と院使が、将軍に年賀の答礼を行なう儀式がありました。赤穂藩士・浅野内匠頭は、その接待役を務めていた。その礼儀作法を指南していたのが、高家(幕府の儀式・典礼を司る役職)の吉良上野介でした。つまり、朝廷からの遣いをどういう形で迎えるかという有職故実の知識を武士側で持っていたのが吉良であって、「それを浅野なんぞに教えないぞ」といったことが発端になるわけです。

いかに武家政権であろうと、秩序の根源は朝廷・公家社会にあり続けました。武力だけでは平和な社会秩序を構築する論理をもてないため、武士も伝統的権威に依拠せざるをえなかったのです。

そのような複合的な権力構造は、近世まであったと考えられます。そのため来日した外国人たちは、「天皇と将軍のどちらが日本の王か」が分からず困惑したという。幕末には両陣営が衝突したわけですが、逆に言うと、中世から近世までの長期にわたって、日本の政治体制はこの重層構造でうまく機能していたと言えるのではないでしょうか。

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