
気候変動対策、銃規制、人種平等、LGBTQなど性的平等実現......。さまざまな社会問題に取り組む企業はこの世界を変えられるのか。そうした企業が推し進める資本主義が抱える欠陥とは。『WOKE CAPITALISM「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』の著者で、社会における企業の役割を研究されているカール・ローズ氏が解説する。
※本稿は、本稿は前後編の前編です。『Voice』2024年6月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
――(大野)"WOKE"(ウォーク)という言葉はもともと〈目覚めた〉という意味ですが、現在はより幅広く使われています。あなたは昨年(2023年)4月に、日本で『WOKE CAPITALISM「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』(庭田よう子訳、東洋経済新報社)を刊行されています。そもそも"woke capitalism"(ウォーク資本主義)とは、どのような意味なのでしょうか。
【ローズ】まず"WOKE"という言葉は、公民権運動時代から使われていて、近年では「社会正義」を実践しようとする人びとの合言葉になっています。そして、企業などが気候変動対策や銃規制、人種平等、LGBTQなど性的平等実現などに取り組む考え方が、「ウォーク資本主義」です。
この言葉が生まれたのは2019年ごろのことで、当時はトランプ政権でした。2018年に『ニューヨーク・タイムズ』コラムニストのロス・ダウザットがWoke corporations(ウォーク企業)について書いたことで、「ウォーク資本主義」についても論じられるようになったのです。
トランプ政権は企業に対して大幅に減税しました。もちろん、企業にとっては有難い話で、彼らはすこぶる満足していた。一方で、トランプの政策の恩恵にあずかるからといって、偏屈で人種主義的なトランプの思想と一体だと見られることは受け入れがたい。むしろ、距離をとりたいと考える企業あるいは経営者が多数でした。
そうして、トランプとは一線を画して気候変動対策やジェンダー格差の解決などに力を入れた企業が、「ウォーク企業」と呼ばれるようになったのです。その流れはいまでは英語圏以外にも広がっていて、「ウォーク資本主義」は世界を席巻しています。
――「ウォーク資本主義」については、あなたの本の邦訳版では「意識高い系」資本主義という言葉が使われていて、とても印象的でした。
【ローズ】もちろん、多くの企業は偽りのない気持ちから、気候変動やジェンダーの問題に取り組んでいるのでしょう。でも、社会の主流に阿り、実際にはアクティビストではないのに、まるで真剣にその立場をとっているように見せかけている企業も存在します。それが最近の日本語で言えば「意識高い系」の企業でしょう。
ブラック・ライブズ・マター運動のように、これまで実際にムーブメントを生み出してきたのは、企業ではなく市民です。彼ら彼女らは、リスクをとって真の変化を起こしてきました。他方で企業は、その流れを見て、自分たちが積極的に難しい選択をすることなく、あとから運動に加わっているにすぎません。
――「ウォーク資本主義」は、たとえば1980年代に台頭してきた「新自由主義」とどのような関係にあるでしょうか。
【ローズ】興味深い質問です。両者の関係は密接で、われわれはいま、「ウォーク資本主義」の台頭を見ているとともに、新自由主義の末期のフェーズにいると言えます。新自由主義は1970年代に始まり、80年代には深刻なインパクトを与えました。
そしていま、多くの巨大企業の成長をもたらし、さらに著しい富と国家内や国家間における経済的格差をもたらしています。成長した企業を通して資本を所有した人は裕福になりました。新自由主義は言わば格差を道徳的に正当化しましたが、その流れと強く関係しているのが「ウォーク資本主義」だと言えるでしょう。
「ウォーク資本主義」が支持するのは、一般的には環境問題など社会課題であり、経済的なイシューではありません。たとえば、「ウォーク企業」が過剰な役員給与にメスを入れている場面を見たことがあるでしょうか。最低賃金の上昇について喜んで支持している場面にもお目にかかれない。すなわち、中核になりうる革新的な経済イシューには消極的です。
世界はいま深刻な経済的格差が生じていて、さまざまな問題を引き起こしています。それなのに、「ウォーク企業」は経済イシューには目を向けず、聞こえがいい差別問題などばかりに力を入れている。トランプ現象にしてもイギリスのブレグジットにしても、元を辿れば格差の問題が発端なのに、「ウォーク企業」はむしろ無関係を装っている。「ウォーク資本主義」は新自由主義と密接に結びつく、まったくの偽善です。
――グローバル化や利益追求という面でも、新自由主義と「ウォーク資本主義」は共通しています。
【ローズ】「ウォーク企業」のほとんどはグローバル企業です。すなわち、国をまたがって活動しているのでそれをコントロールする政府もない。だからある意味で、これはグローバルな問題です。「ウォーク資本主義」に関わる企業の多くは英語圏の企業で、グーグル、アマゾンなどビッグネームが名を連ねます。
――世界の多くの人びとは「ウォーク資本主義」の実態を見抜けていないのでしょうか。
【ローズ】巨大企業は社会をミスリードさせようとしているかもしれませんが、じつのところ私は、人びとはかなり賢いと思っていて、人間の批判する能力を信じています。なかには騙される人もいるかもしれませんが、とくに企業の「ウォーク戦略」が浅はかである場合は見抜かれるでしょう。
――GAFAMなどのITプラットフォームは「ウォーク企業」の典型と言えそうです。
【ローズ】テック企業はとくに「ウォーク資本主義」に陥っていますね。アマゾンのジェフ・ベゾスは気候変動に100億ドルのコミットメントをしています。マイクロソフトのビル・ゲイツは資産をビル&メリンダ・ゲイツ財団を通してre-channel(別の使い道に変える)しています。この財団はWHO(世界保健機関)に資金を提供する2番目に大きな組織で、アジェンダに対してかなりの影響力を有している。まさしく「ウォーク資本主義」の最前線でしょう。
しかし、興味深いのは、ビッグテックは「冷酷」な独占企業としても知られていますね。工場などの労働慣行について批判されるケースも少なくありません。ここにdichotomy(対立する二つの対照的な考え)がある。すなわち、ビジネスで稼げるならば何でもありとする一方で、社会的大義を支持しているのです。そこには、かなりのアンバランスが存在しています。
――ビッグテックが「ウォーク資本主義」にのめりこむのは、貪欲な側面を隠蔽したいからでしょうか。
【ローズ】それが一種の陰謀であるかは、私にはわかりません。ただし、企業の貪欲な側面を結果的に隠し、従業員や消費者にとってpalatable(好ましい、容認できる)な企業であるように見せかけ、大規模な変化が起きないようにしているとは言えるかもしれない。
――日本でも「SDGs」(持続可能な開発目標)を掲げる企業が増えています。そうした「意識の高い企業」も、あなたに言わせれば欺瞞でしょうか。
【ローズ】それはケースバイケースしょう。SDGsはアジェンダをグローバルに結束する点で、重要な役割を果たしていますから。誤解されたくないのではっきり申し上げますが、SDGsやESGを支持する企業で働く個々人の多くは、じつに誠実で、素晴らしい仕事をしています。私が主張しているのは、そういう個人に責任を負わせるのではなく、企業も同じような姿勢を見せるべきだということです。
――あなたから見て、本当の意味で社会の役に立っていると思う企業はありますか。
【ローズ】私が住むオーストラリアでは、何年か前にカンタス航空が同性婚についての法案修正を支持しました。心から修正を支持していたでしょう。でも同時に、同社は同性婚が違法である国とのエアラインで儲けているし、労働慣行は調査の対象になりました。相反する事実が共存している状態です。
――「ウォーク資本主義」が「偽善」であっても、結果として社会貢献しているならば何もやらないよりはよいではないか、という意見もあります。
【ローズ】気候変動やジェンダーや人種差別など、重要なイシューを取り上げるという意味ではそれも正しいかもしれません。しかし、繰り返すようですが、経済格差というイシューは世界においてよりベーシックで、それがアジェンダからはじき出されている事実から目を逸らしてはなりません。
私の「ウォーク資本主義」に対する批判は、その取り組み自体を否定するものではなく、その取り組みで覆い隠されるものがあることに対する懸念が原動力となっています。私たちは経済格差解消にもっとも重点を置くべきなのに、そのイシューは十分には注目されていません。
――企業は経済合理性の名のもとに、利益を失うようなビジネスにはお金を注ぎ込まないでしょう。
【ローズ】そう。だからこそ、企業は時に間違った決断を下すのです。「ウォーク資本主義」のもとで行なわれるいかなるビジネスも、つねに最終的な収益が念頭に置かれていて、自分たちに商業的なマイナスが生じないような視点に立ちます。すなわち、リスクをとらないのです。でも、実際に変化を推進する人は、どこかで必ずリスクをとるし、そうした政治的アクティビストこそ賞賛されるべきでしょう。
更新:06月11日 00:05