2025年05月26日 公開
2025年05月28日 更新

尖閣諸島、竹島、北方領土問題を筆頭に様々な問題を抱える日本の周辺海域において、日々その最前線で対応している海上保安庁。"誤解"をもって語られることの多い、この組織の実態を詳細に説き明かした書籍『知られざる海上保安庁―安全保障最前線―』について、京都大学教授の奈良岡聰智氏が紹介する。
※本稿は、『Voice』2024年5月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

今世紀に入って尖閣諸島問題が厳しさを増すなかで、警備の「最前線」を担当する海上保安庁(以下、海保)の存在がクローズアップされることが多くなってきた。
2010年の中国漁船衝突事件後に動画を投稿して退職した一色正春氏のように、海上保安官の生の声が一般に知られる機会も増えた。しかし、そもそも海保がいかなる組織で、どのような活動を行なっているのかを紹介した本は多くない。
本書は、元海保長官である著者がこうした基本的な問題を概観し、海保の現状をわかりやすく解説している。
本書のなかで著者は、海保はあくまで非軍事組織であり、そうであるからこそ強みを発揮し、実績を残してきたと強調している。著者がこのことを強調するのは、近年以下のような意見が出されることが多いからだという。
「外国のコーストガード(沿岸警備隊)は一般に軍事組織かそれに準ずる組織だ。しかし、日本の海上保安庁は非軍事の警察機関(法執行機関)だ。これは世界標準から見るとガラパゴス化している。海上保安庁を軍事機関(あるいは準軍事機関)にしなければ、中国の脅威にも対抗できないし、有事の際に自衛隊や米軍との連携もうまくいかない」
こうした意見は一見もっともらしく、安全保障に関心が高い人ほど賛同しやすい傾向があるようだ。
しかし著者は、これらには重大な誤解が含まれていると指摘する。著者が強調するのは、法執行機関たる海保には「紛争回避に資する特性(緩衝機能)」があるということである。
海保は、軍隊とは異なり「警察比例の原則」に従って武器を使用するため、保有する武器の火力は限定的である。しかし、そうであるからこそ、事態をエスカレートさせることなく問題に対処することが可能となる。
中国のコーストガードである中国海警局が、軍事組織に属していることはよく知られている。
このほかインドなどにおいても軍事組織であるし、アメリカのように有事の際には軍隊の活動を行なうコーストガードも存在するが、じつは世界的には、領海警備は日本の海保のように非軍事組織が担うほうが主流である。
また、軍事組織に属するとはいっても、中国海警局の船も装備は軍艦とは異なるし、アメリカでも有事の際にコーストガードが海軍とまったく同じことをすることはあり得ないという。
要するに、日本の海保はガラパゴスなどではなく、むしろ、軍事と警察を明確に区別したコーストガードの先駆的モデルを各国に示し、海上保安分野で世界をリードする存在となっているというのが、著者の主張である。
海保は軍事組織ではないため、自衛隊との連携も上手くいっていないというイメージが一部ではもたれているが、著者はこれも間違った見方だと強調する。
たしかに海保と海上自衛隊では、運用している船のエンジン、燃料、武器弾薬が異なり、燃料タンクの共用なども行なわれていない。
しかし、それは双方の任務の違いから装備が異なっているだけの話であり、そもそもそうした面での連携は必要ない。逆に近年は、海保と自衛隊は相互の役割分担を明確にしつつ、協力できるところでは密な連携が行なわれているという。
2022年に政府が決定したいわゆる安保三文書では、防衛省・自衛隊と海保の連携の必要性が謳われているが、それは今後の課題を提示しているというよりも、すでに進んでいる実態を反映しているようだ。
このほか本書では、近年の海保のさまざまな活動が、著者の実体験をもとに具体的に説明されている。
近年日本は「自由で開かれたインド太平洋」を外交目標として掲げているが、海保はその実現のために、他国のコーストガードの能力向上支援(キャパシティー・ビルディング)に積極的に取り組んできた。
北太平洋海上保安フォーラム、アジア海上保安機関長官級会合など、海保が中心となって開催してきた国際会議も多数にのぼる。機密事項があるため詳細は語られていないが、尖閣諸島の警備に関する具体的記述もたいへん興味深い。
本書を通して、海保というどちらかと言えば地味な組織が、日本の安全保障に多大な貢献をしていることがよくわかる。多くの人に読まれることを期待したい。
更新:06月01日 00:05