日本は、世界的にも類を見ないほど厳しい安全保障環境におかれています。高まる中国やロシアの脅威、切迫の度を高めつつある台湾有事、相次ぐ北朝鮮による弾道ミサイル発射――。
我が国は、こうした特異な状況の中で戦略的に防衛費を増やしていく決定をしたわけですが、果たしてこれで十分なのか、経済や外交などほかの政策手段との連携はしっかりと行われているのか、同盟国である米国との協力関係の現状と課題はどのようなものなのか、議論していかなければならない論点はいくつもあります。
※本稿は、高橋杉雄著『日本人が知っておくべき自衛隊と国防のこと』(辰巳出版)の内容を一部抜粋・編集したものです。
冒頭から「日本が危ない!」と叫んでも、多くの方はピンとこないでしょう。むしろ、「何を大袈裟な...」と思われてしまうかもしれません。現在、世界はロシアとウクライナの戦争に注目しています。しかし、そこから遠く離れた東アジア一帯も、単に今戦争が起こっていないというだけで、実は極めて厳しい安全保障環境下にあるのです。
まずは東アジアにおける「軍事力のバランス」について解説しましょう。東アジア情勢に関する主要プレイヤーとして挙げられるのは、日本、中国、韓国、北朝鮮、台湾、ロシア、そしてアメリカ。このうち、中国、北朝鮮、ロシア、アメリカの4カ国が核兵器(核弾頭)を持っています。
ミサイルも、ロシアとアメリカは膨大な数を所有していますし、中国も2000発くらい保有しているといわれます。北朝鮮も200発以上あると考えられていて、韓国は核兵器こそ保有していないものの、射程の短いミサイルは一説には1000発を超えるといわれており、台湾も地上攻撃が可能な巡航ミサイルを備えています。
これまでミサイル問題と言えば、長年にわたって中東のイランや南アジアのインド、パキスタンが注目されてきましたが、現在は東アジアのミサイル密度が世界でも際立って高くなっているのです。そこに日本は位置しているわけで、これだけでも「日本が危ない」という言葉にかなりの切迫感が感じられるのではないでしょうか。
ただ、軍事力はあくまで政治の道具です。東アジアの安全保障環境が厳しいのは、軍事力のバランスだけではなく、紛争のきっかけになるかもしれない「政治的対立」が存在していることも理由です。
朝鮮半島では北朝鮮が核・ミサイル開発を進めるだけでなく、韓国との対立姿勢を強めていることもあり、半島有事は常に懸念されています。
台湾海峡を挟んだ中国と台湾の対立も、懸案事項のひとつです。いつ行動に移すかはともかく、中国は武力侵攻という選択肢をまったく捨てていません。さらに中国は、フィリピンのスカボロー礁(黄岩島)の実効支配のように、南シナ海での一方的な現状変更も進めています。既成事実を作るような島や岩の占拠と埋め立てで、軍事基地化を進めている状況です。
そしてこの中国は、日本とも対立しています。みなさんもご存知の尖閣諸島問題ですね。さらに、東シナ海では日中の排他的経済水域(EEZ)が画定されていないにもかかわらず、中国がガス田を設置しており、これも紛争要因となりえます。こうした紛争要因がいくつもあるため、東アジアの安全保障が不安定になっているのです。
このように厳しい東アジアのミリタリーバランスの中、日本は3つの要素から重要な役割を果たしています。その1つ目は、日本に米軍がいくつもの拠点を展開しているということです。
沖縄には極東最大の米空軍飛行場である嘉手納基地があり、同様に神奈川では最大の軍港である横須賀基地を米軍が使用しています。戦闘機の戦闘行動半径が大体飛行場から1000キロくらいと考えると、嘉手納基地から台湾と朝鮮半島には直接は届かないのですが、台湾有事に備える上では非常に優れた位置にあると言えます。
世界最強の米海軍も港がなければ力を発揮できません。北米大陸やハワイの軍港からアジアに展開するとなると大変です。横須賀に母港があること、そこに乗員の家族が住んでいて整備機能もあることが、東アジア圏におけるプレゼンスを米軍が維持する上で大きな役割を果たしているのです。
2つ目に、地理的要素があります。台湾から九州に至る線上に、沖縄の島々が存在して列島線を形成していることで、相応の「能力」さえあれば、中国海軍の太平洋進出を物理的に阻止することが可能なのです。ウラジオストクの軍港を使用しているロシア海軍も、宗谷、津軽、対馬の3海峡を封鎖すれば外洋に出ていけなくなります。
つまり、日本列島全体がロシアや中国の頭を押さえる位置にあるわけです。
別のケースにも触れておきましょう。1950年からの朝鮮戦争が典型的な例ですが、北朝鮮が韓国に侵攻したとき、韓国は軍事力がほとんどない状態だったので、米軍が介入して韓国を防衛しました。日本は当時占領下でしたが、米軍の作戦を日本列島から支援しています。同様に今後の東アジアの安全保障環境においても、日本列島の位置そのものが意味を持ってきます。
3つ目に、自衛隊が持つ防衛力の価値を忘れてはなりません。日本列島がどれだけ地理的に好条件であっても、そこにパワーがなければただの岩の集まりです。その点で、自衛隊の防衛力は日本列島に戦略上の意味を持たせるのに十分な効果があります。
年間予算がGDP1%状態でずっと推移してきたため能力的に限界はありますが、十数年前までは世界第2位の経済大国だったわけですから、そのGDP1%と言えば、かなりのボリュームです。
当然、周辺国が何らかの軍事行動を起こそうとした場合には、自衛隊の能力を無視することはできず、絶対に計算に入れなければなりません。それだけで、東アジアのどこかで発生するかもしれない紛争を抑止することに一役買うのです。
と、ここまでは日本が東アジアで示すことができるアドバンテージについて解説しました。しかし近年、それらが損なわれかねない、日本を含む東アジアの安全保障を脅かす事態が表面化しつつあります。
更新:12月21日 00:05