天安門事件で学生指導者を務め、先般のナンシー・ペロシ米下院議長訪台の際に同氏と会談したウーアルカイシ氏が、自由と民主主義を堅持する台湾が世界に示す価値について語る。
取材・構成・写真=栖来ひかり(台湾在住文筆家)
※本稿は『Voice』2022年11月号より一部抜粋・編集したものです。
――(栖来)多くの日本人は、これから台湾が独立に向かうのか、現状維持にとどまるのかを気にしています。あなた自身は、台湾を今後どのようにしていきたいと考えていますか。
【ウーアルカイシ】日本人の多くは、台湾の独立運動の歴史をあまり知らないかもしれません。台湾には多くの独立運動が存在しますが、それはじつは対中華人民共和国ではなく、中華民国に反対するものです。
ある種の民族主義的な、台湾ホーロー(清朝の時代に中国福建辺りから台湾へ渡ってきた人びとの子孫を中心とした族群)による「福建民族主義」にもとづく背景があります。
私は民族主義者ではなく、リベラリストです。私は自由主義者として、「中華民国台湾」がすでに一つの「独立国家」であると認識しています。現代の台湾の在り方は専制政治から民主主義への移行を通じて中華民国システムのなかで達成され、度重なる選挙によって完成しました。
したがって、中華民国に反対する民族主義は必要ないというのが私の考えであり、台湾はもともと中華人民共和国から独立した国家です。
――「一つの中国、一つの台湾」ということですね。
【ウーアルカイシ】まさにそうです。中華人民共和国が建国された1949年から現在まで、中華人民共和国と分離した中華民国が台湾に来て73年、我々の国家には台湾、澎湖(ほうこ)、金門、馬祖といった地域が含まれます。
これらの場所を旅行するのにパスポートはいらないし、侵略の脅威があれば我々の軍隊が阻止します。我々は納税し、兵役を担い、同じ紙幣を使い、司法施政の対象になります。私たち台湾が国家であるかどうかは、国連の議席の有無で決まるわけではありません。
もしいまの説明でも台湾が国家と立証できないというのならば、むしろ国際社会のほうが不誠実でしょう。台湾は自ら努力し、いまでは世界から尊敬される民主国家になりました。だから我々は世界に、そして日本に向けて、台湾を国家として認める意味で誠実に向き合ってほしいと伝えたいのです。
――蔡英文(さいえいぶん)政権は同性婚の法制化など、まさに「リベラル」に基づく政策を推進しています。こうした蔡政権の取り組みをどう評価しますか。
【ウーアルカイシ】蔡政権のジェンダー平等や人権平等への努力とは、自然な国民から公民(市民)への移行でしょう。あなたが公民であるならば、性別は関係ありません。とはいえ台湾も東アジアの国家であり、日本と同じく家父長制的な性格をもつ国です。女性の権利促進についてはまだまだ努力の余地がありますし、取り組むべき人権問題は山積しています。
人権問題を解決していく最も良い方法は、公民社会を構築して発展させることです。その意味では同性婚の法制化も、公民社会の構築の問題なのです。日本も「女性や性的少数者は公民である」という角度からジェンダー平等を推進したほうがいいのではないかと思います。
――台湾が現在のような自由と民主主義を堅持し続けることは、東アジアや国際社会にとってどのような意義をもつでしょうか。
【ウーアルカイシ】我々は台湾の姿から、世界には普遍的な価値、すなわち自由と平等という理想の上に成り立つ法治がたしかに存在することを学ぶことができます。
シンガポールの元首相リー・クアンユーはかつて「アジアには西洋とは異なる価値観がある」と発言し、普遍的価値に挑戦しました。しかし彼の指す「アジア的価値観」とは自由や個人の権利をあまり望まず、服従を意味するものでした。誰に従うかといえば、自分より地位の高い人間です。
リー・クアンユーのような高い地位にあった人物が、アジアのなかで劣った人びとは自分に従うことを望んでいると主張したなんて、ナンセンス極まりないでしょう。
台湾人が示したのは、アジア人にとっても普遍的価値以外の価値は存在しないことです。現代のようにハイテクが進展した世界では、情報が爆発的に増え、民主主義システムへの不安と焦りが募ります。
そうした負の感情が米国でドナルド・トランプ大統領を誕生させ、英国のEU(欧州連合)からの離脱をもたらしました。日本人の政治への忌避感も含めて、世界中で民主主義体制が危機に瀕しているといわざるをえない。
そんな困難な状況下で、つねに台湾は問題を着実に解決してきました。オードリー・タンらも含めて、我々はどうすれば台湾の民主システム、そして公民社会をより深化させることができるかを考え続けています。
台湾には間違いなく普遍的価値が根づいており、その価値観を受け入れるのみならず、むしろ他国よりも生かすことができているのではないでしょうか。台湾は身をもって、それを世界に向けて伝え続けているのです。
更新:12月22日 00:05