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自由が奪われる? 19世紀の天才政治家が見抜いた「アメリカ民主政治」の脅威

2022年09月15日 公開
2022年10月20日 更新

中野剛志(評論家)

中野剛志 奇跡の社会科学

「アメリカでは、人々の精神はすべて同じモデルに基づいてつくられており、また、そうであればこそ、それらの精神は正確に同じ道を辿っているといえよう」

19世紀に活躍したフランスの政治家・トクヴィルは、独立してから50年ほどしか経っていないアメリカを視察し民主主義の本質を見抜き、「民主政治こそが、専制政治を生み出す」と警鐘を鳴らした。

近年、日本社会でクローズアップされる「同調圧力」もまた、日本文化の文化的特殊が要因ではなく、アメリカの民主政治を見習ったことが大きく影響しているという。

天才政治家トクヴィルが目撃した、アメリカの民主政治の恐るべき本質とその問題点に迫る。

※ 本稿は、中野剛志著『奇跡の社会科学』(PHP新書)から一部を抜粋し、編集したものです。

引用文献:A.トクヴィル、井伊玄太郎訳『アメリカの民主政治』講談社学術文庫

 

トクヴィルが発見した「恐ろしいもの」

アレクシス・ド・トクヴィル(1805~59)こそ、社会科学の分野における正真正銘の天才と言うべき人物でしょう。

フランスの政治家であるトクヴィルは、独立してから50年ほどしか経っていないアメリカを視察し、そこで民主政治の恐るべき本質を見抜いてしまいました。そして、その洞察をまとめて『アメリカの民主政治』として出版しました。

この『アメリカの民主政治』は、その後の西洋の政治学や社会学に計り知れない影響を及ぼしました。一流の政治学者や社会学者で、トクヴィルの影響から無縁である者は、おそらくいないでしょう。

『アメリカの民主政治』は、社会科学を学ぶ上で、必読文献の筆頭に挙げなければならないほど、重要な書なのです。では、早速、『アメリカの民主政治』の要点を解説しましょう。

独立後、50年ほどしか経っていないアメリカの民主政治を観察して、トクヴィルは、ある恐ろしいものを発見しました。それは、専制政治です。

民主国家のアメリカで、専制政治を見つけるというのは、一見すると、矛盾しているように感じられるでしょう。しかし、専制政治は、民主政治からも生まれるのです。いや、民主政治だからこそ、専制政治となる。そのことに、トクヴィルは気づいてしまいました。

ではなぜ、民主政治が専制政治になるのでしょうか。それは、民主政治の意思決定が、基本的に多数決によるものだからです。考えてみれば、多数派の意見が少数派より優れているとは限りません。むしろ、正しいことを知っている優れた人物というのは、たいてい数が少ない。

ところが、民主政治では、多数派の意見の方が正しいことになっています。そこには、人々の能力に優劣がなく、平等だからという暗黙の前提があります。人々の知性が平等であるならば、確かに、数が多い方が正しいだろうということになる。これをトクヴィルは、「知性に適用された平等理論」と呼びました。

多数決の民主政治では、少数派は、多数派の決定に逆らうことはできません。つまり、すべてを決める専制的な権力が、多数派に与えられるのです。

「多数者の支配が絶対的であるということが、民主的政治の本質なのである。なぜかというと、民主政治では多数者の外には、反抗するものは何もないからである」。

 

多数者が形成する「世論」の危険

トクヴィルは、このような多数派支配の民主政治を「多数者の専制」と呼びました。多数者とは、要するに「世論」のことです。世論に左右される政治が、「多数者の専制」です。

政治が世論に流されて動き出すと、それを止めることは難しくなります。世論が正しいかどうかなど、関係ありません。世論が間違っていると異を唱える少数派は、意見を聞いてもらえず、ただ排除されるだけです。

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それゆえにアメリカ連邦では、多数者は事実を動かす巨大な力とこれとほとんど同じくらい偉大な世論の力とをもっている。

そして、多数者がある問題について一旦形成されると、多数者の前進はとても阻止できないし、少なくともそれを遅らせることのできる障害も、全くないといってよいのである。それで、多数者が前進の途中で蹂躙し破砕する人々の不平に耳を傾けるだけの余裕も、多数者には残っていないのである。

このような事態の諸結果は、将来にとって有害であり、そして危険なことである。
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トクヴィルは、1830年代のアメリカの民主政治を見て、「多数者の専制」あるいは世論の支配は、有害であり危険であると戦慄しています。この「多数者の専制」は、20世紀になって「全体主義」として知られるようになりました。

実際、ドイツのナチズムは、民主的なワイマール共和国から発生したのです。「多数者の専制」あるいは全体主義においては、少数派の意見は排除されます。つまり、少数派の言論の自由が侵害されるということです。

ここで重要なのは、少数派の言論の自由を侵害しているのは、民主政治だということです。「自由民主党」という名前の政党があるように、自由と民主政治はセットで考えられています。

しかし、民主政治とは多数派が支配する政治のことであり、そしてその民主政治が「多数者の専制」へと堕落するのであれば、少数者の自由は侵害されることになります。「政治は、数だ」などと言われますが、数の政治は、確かに民主政治ではありますが、自由には反するのです。

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