2022年05月24日 公開
2024年12月16日 更新
かつての「政治とカネ」問題を発端に、日本政府は「国民への説明責任の徹底」を謳い、政治改革関連法を成立するまでに至った。しかし、いま再び政府は、これからの世代に対して外交指針の言語化を求められている――。『国際安全保障』最優秀新人論文賞などの受賞経験があるミレニアル世代の国際政治学者が、新たな「この国のかたち」を提起する。
※本稿は『Voice』2022年5⽉号より抜粋・編集したものです。
「日本は、国内的にも国際的にも、"自由で開放的な"秩序を志向しており、それ故に、いわゆる『自由陣営』に属してきた。[中略]"自由で開放的な"秩序の維持、発展を求めることが、当然、日本の基本的政策となるのである[二重引用符筆者]」
2016年、安倍晋三首相が「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」との理念を提唱した。これは、後任の菅義偉、岸田文雄内閣でも引き継がれており、さらに、日本発の外交理念としては珍しく、海外でも受容された。たとえば米国では、ドナルド・トランプおよびジョー・バイデン政権が、党派を越えてFOIPを掲げている。
このように述べると、冒頭の文章は近年の政権によるものと思われるかもしれない。だが、じつはこれは、1980年に大平正芳首相の政策研究会「総合安全保障研究グループ」が提出した報告書の一部である。
大平は、計9つの政策研究会を立ち上げ、多岐にわたるテーマについて検討を進めた。岸田首相は、大平が率いた宏池会の継承者であり、そうした議論を多分に意識している。大平の「田園都市国家構想」を引き継いで、「デジタル田園都市国家構想」を実現しようとしているのは、その最たるものである。
また、環太平洋パートナーシップ(TPP)は大平の「環太平洋連帯構想」の流れを汲む協定である、と岸田首相は外相時代に国会で答弁している。その「環太平洋連帯構想」に関する政策研究会の報告書も、同構想の基本的な理念として「文化や言語の独自性、社会制度や慣習の多様性を相互に理解し尊重する"自由で開かれた"連帯[二重引用符筆者]」を謳った。
戦後の日本は、「自由主義陣営」に属し、「自由で開かれた」秩序の受益者となった。そして、外交において価値観をどの程度押し出すかは別として、その秩序の維持に貢献しようとしてきた。それをあらためて強調しているのがFOIPである。この用語自体は新しいが、「自由で開かれた」という理念は、国の内外で、戦後日本が長らく志向してきた価値観なのである。
インド太平洋で「自由で開かれた」秩序を実現すれば、この地域に関与する国や地域が、分け隔てなく利益を享受することになる。したがって、航行の自由や自由貿易などを普及・定着させ、平和と安定を確保していこうとするのがFOIPである。
もちろん、この概念は非常に多義的で国によって同床異夢である、との批判は容易であろう。だがFOIPには、抽象的であるがゆえに幅広く受容されやすいという側面もある。現状の積み重ねから手堅い目標を考えるのではなく、まず目標を設定し、そこへのプロセスを検討する。これは、近年注目が集まる「持続可能な開発目標(SDGs)」と同様のアプローチであると言える。
その一方で、「自由で開かれている」がゆえの脆弱性も忘れてはならない。たとえば、コロナ禍でのサプライチェーン(供給網)の混乱は記憶に新しく、サイバー攻撃によるリスクも現実のものとなっている。こうした事態に対処するには、安全保障上重要な分野における一定の自律性も欠かせない。岸田政権が経済安全保障を主要な政策課題としている背景には、こうした事情がある。
ただし、他国に過度に依存することを防ぐべく「戦略的自律性」を重視していけば、コストの増大や、自由貿易の原則との兼ね合いが問題となる。
これに通底する論点は、大平の時代にも指摘された。1979年にイランで反米的な政権が誕生し、結果的に日本は、主要な石油供給国たるイランと、同盟国たる米国との間で板挟みになった。「総合安全保障研究グループ」の報告書が示したように、「ときとして、いくつかの政策手段がトレード・オフの関係に立ち、したがって、われわれに苦しい選択を迫りうる」のである。
すなわち、経済安全保障だけを見ればよいわけではなく、他の政策とのバランスを考えなければならない。改定に着手されている「国家安全保障戦略」では、経済安全保障や狭義の安全保障が別々に追求されていくのではなく、それらのバランスがとられ、さらに創発が生じることを期待したい。
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更新:12月22日 00:05