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フジテレビにて報道局上席解説担当役を務める能勢伸之氏は長期に渡り防衛省問題担当し、各国の軍事情勢に精通している。その能勢は、アメリカと旧ソ連が締結していた通称「INF条約」がアメリカ・トランプ政権によって破棄されたことにより、米中露は新兵器開発を進め、世界情勢は新たな危機に直面するという。一体、何が起こるのか?月刊誌『Voice』での同氏の寄稿より、その一節を紹介する。
※本稿は月刊誌『Voice』2019年8月号に掲載された「INF条約無効化で崩れる「均衡」」(能勢伸之)より一部抜粋・編集したものです。
INF条約をめぐり、2019年夏、世界の安全保障環境が30余年ぶりに、名実ともに揺さぶられつつある。INF条約が、今夏、無効化したからだ。
1987年に米ソが調印し、翌年、発効したINF条約は、長いあいだ、世界の安全保障の基盤といわれてきた。しかし、2019年2月1日に米国、翌2日、ロシアが共に、INF条約の義務履行停止を発表。この結果、米露INF条約が半年後の2019年8月初めに無効化するという新たな事態を世界は迎えた。
この「INF条約」は、日本語では、しばしば、「中距離核戦力全廃条約」と訳される。だが、英語の正式名称は「The Treaty Between The United States Of America And The Union Of Soviet Socialist Republics On The Elimination Of Their Intermediate-Range And Shorter-Range Missiles」。
日本語に仮に訳せば「アメリカ合衆国とソビエト社会主義共和国連邦の間の、中距離および、より短い距離のミサイルの撤廃に関する条約」。
1991年のソ連崩壊後は、ロシアが引き継いだこの条約の正式名称には、NUCLEAR(=核)の文字がなく、同条約に基づく撤廃の対象を核ミサイルに限定していない。核・非核を問わず、射程で条約により撤廃するミサイルを決めている。
しかも、条約の対象は、地上発射「中距離(=Intermediate)」弾道ミサイル/巡航ミサイルだけではない。"中距離"という言葉は、米軍の規定では、射程3000~5500㎞を指すが、同条約の第二条は、"中距離"を「1000~5500㎞」と独自に規定。また、同条約の"より短い射程(=Shorter-Range)"という独特の用語は「500~1000㎞」と規定されている。
そもそも、INF条約は、なぜ生まれたのだろうか。
1976年、旧ソビエト連邦は、米ソ戦略兵器制限条約(SALTⅡ)で、配備しないことになった三段式SS-16大陸間弾道ミサイルのコンポーネントを使った二段式の中距離弾道ミサイルSS-20を就役させた。SS-20の最大射程は約5000㎞とされ、5500㎞以上とされる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の範疇には入らない。
したがって、戦略核兵器には当たらず、当時の戦略核制限条約、SALTⅡの範疇外であり、同条約で生産や配備を制限することができない兵器だった。
米本土には届かないが、米の同盟国・NATO欧州諸国や日本には優に届く。これは、米国が同盟国に約束してきた拡大抑止"核の傘"の信頼性を損なうものだった。
そこで、NATOは、1979年、米本土ではなく、NATO欧州諸国に配備すれば、ソ連に届くパーシングⅡ準中距離弾道ミサイルとトマホーク巡航ミサイルの地上発射型グリフォン巡航ミサイル・システムの開発と配備、そして、ソ連と交渉を進めるという「二重決定」を行なった。
更新:11月22日 00:05