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「米国が中露を同時に抑止するのは困難」限られた国防予算下での苦渋の決断

村野将(米ハドソン研究所上席研究員)

米国の国防予算

近年、国際安全保障環境が悪化し、世界中で同時多発的な紛争・危機リスクが顕在化しているなかにおいて、米国と日本を含む同盟国はその限られたリソースを最適に配分できているのか、という点が疑問視されるようになっている。同時多発的に紛争が発生したとき、アメリカはどう動くか? 米国の国防戦略について、書籍『米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘』より紹介する。

※本稿は、村野将著『米中戦争を阻止せよ トランプの参謀たちの暗闘』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです

 

第1期トランプ政権の「一正面戦略」

2014年のロシアによるクリミア侵攻、中国の急速な軍拡や南シナ海での現状変更を目の当たりにした戦略コミュニティの政策実務者や専門家は、戦略の焦点を「大国間競争/戦略的競争」に回帰させる必要性を認識するようになり、第1期トランプ政権の誕生によって、この方針がより明確化されるようになっていった。

だが、冷戦終結後の約30年間で失われたものは大きく、米軍が全勢力を結集して立ち向かわなければならないような核武装した現状変更国(中国とロシア)を同時に抑止するにはあらゆるリソースが不足していた。

そこでトランプ政権の2018年「国家防衛戦略」では、二正面戦略を追求することはリソースの制約上もはや不可能であることを認めたうえで、有事には1つの大国との戦争に勝利することに集中し、その他の地域で起こりうる危機については抑止に徹するとされた。

非公式には「一正面戦略(one warstrategy)」と呼ばれるようになるこの戦略転換を主導したのが、当時戦略・戦力開発担当国防次官補代理を務め、第2期トランプ政権では政策担当国防次官を担うエルブリッジ・A・コルビーである。

しかしながら、米軍のリソースを1つの正面に集中させるということは、相対的に優先順位の低い第二正面に一時的な力の空白を生じさせ、その間にもう一方の敵対勢力が現状変更を行なう機会を与えてしまいかねないリスクもある。

このリスクの重大性を指摘していたのが、歴代政権の国防戦略の立案に関わってきた元政府高官や予算分析の専門家で構成された超党派専門家パネル・国防戦略委員会の2018年版報告である。

同委員会の報告は、2018年「国家防衛戦略」が設定した目標――中国・ロシアとの戦略的競争に備えるという方向性――を評価しつつも、両国と対峙するのに必要な作戦構想を具体的に定義できていないことや、予算的裏付けが不足していることを指摘しており、このままでは台湾や南シナ海、東欧を想定した中国・ロシアとの対決において「米軍は敗北する可能性がある」と結論づけていた。

もっとも、一正面戦略の支持者らはそのリスクに無自覚であったわけではない。国防予算の増額はもっと以前の段階でやっておくべきだったことであり、政治が抜本的な予算増を認めないなかで中国対処を優先するならば、それ以外の地域で一定のリスクが生じることはやむを得ない、という苦渋の決断の結果であった。

 

米国が中露を同時に抑止するのは困難

米国防予算の対GDP比の推移

次のバイデン政権は、歴代政権と同様に就任後の早い段階で国防戦略の見直しに着手した。その間の2022年2月にはロシアによるウクライナ侵攻が発生したものの、同年10月に発表された2022年「国家防衛戦略」においても一正面戦略を基本とする戦力構成基準は変更されていない。

この点につき、新たに組織された国防戦略委員会の2024年版報告には、「米国が直面している脅威は、1945年以来、米国が遭遇してきたなかで最も深刻かつ最も困難なものであり、近い将来大規模戦争の可能性を含んでいる」「2022年『国家防衛戦略』の戦力構成は、グローバルな競争や、複数の戦域における同時紛争の非常に現実的な脅威を十分に考慮しておらず、必要な能力と規模の両方が欠けている」といった厳しい評価が並んだ。

そのうえで、「米国本土を防衛し、インド太平洋、欧州、中東における同時多発的脅威に対処できる規模の多正面戦力構成」をめざすべきとの提言がなされている。

2024年12月に成立した国防権限法によると、会計年度(FY)2025年の米国防予算は8952億ドル(約139兆円)で、対GDP比で約3%となる見込みである。これは2027年までにようやくGDP比2%水準を達成しようとしている日本の防衛支出と比べればだいぶ多いように映るかもしれない。

だが歴史を振り返れば、米国のGDPに占める国防予算の割合は、朝鮮戦争中(1952年)には16.9%、ベトナム戦争中(1967年)には8.6%に達していた。米国が直面する安全保障環境が「1945年以来、最も深刻」とされているにもかかわらず、現在の支出水準は、冷戦終結後の米国一強時代(1999年)の2.9%とほとんど変わらないのである。だがこれも、コルビーが言うように、冷戦期並みの国防支出を容易に許さない米国世論と国内政治の現実を反映したものと見ることもできる。

「力による平和」をスローガンとする第2期トランプ政権は、会計年度2026年以降の国防予算をある程度増額させる方向に進むと予想されるが、それでも国防戦略委員会が推奨する多正面戦力構成を実現するレベルの劇的な増額を期待するのは現実的ではないだろう。

仮にそのような大幅増額があったとしても、中国とロシアという2つの核大国に加えて、それ以外の地域で生じうる紛争を同時に抑止、対処しうる戦力――装備や弾薬、人員、産業基盤――を構築するには10年単位の継続的な投資が必要であり、それまでの間に地域間で何らかのトレードオフが生じることは避けられない。

そのため我々は、こうした現実から目を背けるのではなく、トレードオフの存在を認めつつ、そのリスクをいかに管理するかを考える必要がある。

 

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