上海での取材を終えた私は、そのまま南京へと向かった。
南京と聞くと、日本人の中には「大虐殺論争」くらいしかイメージが湧かない人も多いであろう。しかし今では、高層ビルの立ち並ぶ近代都市へと生まれ変わっている。街の中心部には地下鉄が走る。通りには日本車も少なくない。
「新街口」という繁華街には、多くのデパートや店舗が軒を連ねる。そんな街角に建つ一軒の大型書店を覗いてみた。店頭に平積みとなっている本の中には、渡辺淳一『鈍感力』、島田洋七『佐賀のがばいばあちゃん』といった日本の書籍も数多く並んでいた。
一方、歴史書の棚には「南京大虐殺」に関する本もあったが、こちらは人影もまばらである。店員の若い男性に話を聞いた。
「渡辺淳一や村上春樹といった日本の作家は、大変な人気です。かたや、歴史関係の本はほとんど売れませんね。『中国の歴史教育』ですか? 最近の中国人はあまり関心ありませんよ。騒いでいるのは一部の過激な人たちでしょう。学校で習うといっても、みんな歴史の勉強なんて好きじゃないですから」
彼は日本の漫画『タッチ』の愛読者だという。
「絵もストーリーも大好きです。夕方にアニメも放送していて、よく見ていました。しかし、野球のルールがあまりよくわからないのがすごく残念で。あなたは野球、詳しいですか?」
私は野球経験者なのでその旨を話すと、彼は随分と喜んだ。
「野球のルール、ぜひ教えてください。中国ではバスケットや卓球のほうが人気で、野球に詳しい人がいないんです」
大虐殺論争に関しても、改めて聞いた。
「大きな戦闘があったのは事実でしょう。しかし、犠牲者が30万人なのかは私にはわかりません。中国人は大袈裟に言うのが好きですから、細かいことを気にする日本人とは違うんですよ。
もちろん、正直に言って、私も日本軍に対しては悪い印象しかありません。でも、現在の日本に対しては特に恨みもありません。ぜひ、いつか日本に行ってみたいと思っています」
中国では文学やアニメだけでなく、日本の音楽も幅広い層から支持を集めている。南京滞在中のある日、とある食堂で食事をしていた際には、かつて日本で流行した大事MANブラザーズバンドの「それが大事」の中国語バージョンが流れてきた。
その食堂近くの雑貨店には、入り口に「SHIBUYA 109」と書かれた垂れ幕を掲げてあり、浜崎あゆみやSMAPの海賊版CDが並べられていた。
南京市内には日本料理屋もある。デパート内のフードコートの中にあるその店で「鰻丼」を頼んだら、出て来たものは「鰻を油で揚げたものに、あんかけがかかった丼」であったが。
更新:12月04日 00:05