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医療報道をめぐる「嘘」

2018年06月12日 公開
2019年07月16日 更新

村中璃子(医師・ジャーナリスト)

問題の淵源にある「専門家」の存在 

新聞・テレビの医療フェイクニュースで重要なのは、積極的にメディアに出てデマを流すカギかっこ付き「専門家」の存在である。

新聞やテレビの記者は、大学教授、学会長、医師といった人の話を、内容を科学的に評価することなく肩書きだけで取り上げてしまう。いや、これは少々メディアに酷な言い方で、アカデミアでは誰にも相手にされていないような、カギかっこ付きの「専門家」が、記者や一般市民との圧倒的な知識や経験の格差を利用して、新聞・テレビで医療デマを流している。

冒頭に挙げたような、標準医療や科学を否定する「専門家」によるセンセーショナルな主張は人気がある。そのため、記者たちは仮に胡散臭さを感じることがあっても報じたいという誘惑に勝てない。

テレビ局に勤める私の友人も、「専門家」に話をさせたらインターネットで炎上したのを見て、「話題になってよかった」と喜んでいた。

「専門家」たちは一般に話術に長けてもいる。患者目線、患者思いといえば聞こえがいいが、患者が安易に共感してくれそうな話を、患者の信頼を得るようなしゃべり方で伝えることができる。

回復の見込みのない患者に、「主治医にもらっている薬のせいでしょう」という。治療費で経済的に困窮している患者には、「必要のない薬を飲まされていますね」という。科学的根拠のいかんにかかわらず「別のお医者さんがいっている」となれば、患者が共感してしまうのも無理もない。

これを取り上げるメディアのほうも、「XX大学教授によれば」「XX医師はこういった」といった引用の形をとるかぎり、誤報やフェイクニュースではないからと、訂正報道はしない。

たとえ、いっていることの中身は、患者の弱みにつけこんだデマだと気付いたとしても。まともな人たちは、レベルの低い「専門家」やメディアは放っておけばいいと思うかもしれないが、このことが「専門家」がデマを流すチャンスを増やし、アカデミアを代表する意見であるかのように社会に定着させる原因となっている。

「専門家」を引用して新聞・テレビの流すデマゴギー――。皮肉なことに、このような「オーソライズされたデマ」も、「フェイクニュース」という言葉で語られることが多い。

そして私はこちらの「報道機関にニュースとしてオーソライズされた誤ったメッセージ」という意味でのフェイクニュース、という用語の使い方のほうが、正確であると感じる。

また、新聞・テレビの拡散するフェイクニュースは、PVと広告費を稼ぐためのWELQ問題とは、明らかに別のレベルで論じるべき問題だとも感じる。「死人に口なし」で議論されることの少ない、新聞・テレビを通じた医療フェイクニュースの問題を、どのように考えていけばよいのか。

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著者紹介

村中璃子(むらなか・りこ)

医師・ジャーナリスト

一橋大学社会学部出身、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHOの新興・再興感染症チームの勤務を経て、現在は京都大学医学研究科非常勤講師を務める傍ら、医学と社会学のダブルメジャーで執筆や講演活動を行っている。2017年、科学誌「ネイチャー」等の主催するジョン・マドックス賞を日本人として初めて受賞。18年2月に、初の著書『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』を上梓した。

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