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医療報道をめぐる「嘘」

2018年06月12日 公開
2019年07月16日 更新

村中璃子(医師・ジャーナリスト)

誤認されやすい因果関係

そもそも、なぜ医療はフェイクニュースに弱いのだろうか。いまから10年ほど前、インフルエンザ治療薬タミフルを飲んだ子どもが次々と飛び降り自殺をするというニュースが社会を賑わせた。

当時、インフルエンザ患者には、必ずといっていいほどタミフルが投与されていた。タミフルしかインフルエンザ治療薬がなかったからだ。かねてから小児科医たちのあいだでは、インフルエンザで高熱を出した子どもが時おり異常行動を起こすことが知られていた。そのため自殺はタミフルによるものではなく熱によるものだろうというのが小児科医たちの見解だった。

しかし、タミフルを不安視する声は収まらなかった。2007年3月、厚生労働省はタミフルの添付文書に10代の患者へのタミフル投与を原則禁止とする一文を入れるよう命じた。

タミフル騒動がピークを迎えていたころ、筆者はWHO(世界保健機関)西太平洋事務局のインフルエンザを扱う新興・再興感染症のチームに勤務していた。そのとき、イギリス人の同僚医師から「でも、タミフルを服用した患者の自殺件数は日本で異様に多いよね」と言われた。

日本ではインフルエンザの治療には薬を用いるのが一般的だ。しかし、欧米ではインフルエンザの治療は療養が原則で「ハーブティーを処方」するだけだという。同僚は日本で世界のタミフルの70%以上を消費していることを知っていて筆者をからかったのだ。

似たような事例はほかにもある。拙著『10万個の子宮――あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』で詳説した、子宮頸がんワクチンの問題もその1つだ。

同ワクチンは2013年4月からわが国でも定期接種となり、現在でも中1から高1の女子を対象に定期接種となっている。しかし、けいれんや車いすの少女たちの映像とともに、脳神経障害が起きるという誤解が広まり、定期接種化から2カ月半後の6月14日、日本政府はこのワクチンを接種する通知を行なうことを取りやめた。以来、接種者がほとんどいない状態が続いている。

思春期を診る小児科医や精神科医のあいだでは、心的きっかけで起きるけいれん「偽発作」をワクチン導入前から診ていた。偽発作は脳に異常がなく、脳波にも異常がないけいれんで、けいれんの状態からは脳の異常で起きるてんかん発作との区別がつかない。そして、若い女性のあいだで多いことも知られている。

定期接種ワクチンのほとんどは小児期に接種する。子宮頸がんワクチンは思春期の女性に接種されることになった初めてのワクチンである。そのため、もともと若い女性のあいだで起きていたが社会にはあまり知られていなかった病気がクローズアップされ、けいれんと思春期の関係が、ワクチンとの因果関係と誤認されたのだった。

タミフルと子宮頸がんワクチンに共通しているのは、①新しい薬剤であること②政府が使用を停止したこと③十代の子どもたちに広く使用されたこと、の3点である。

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子宮頸がんワクチン問題の特異点 >

著者紹介

村中璃子(むらなか・りこ)

医師・ジャーナリスト

一橋大学社会学部出身、社会学修士。北海道大学医学部卒。WHOの新興・再興感染症チームの勤務を経て、現在は京都大学医学研究科非常勤講師を務める傍ら、医学と社会学のダブルメジャーで執筆や講演活動を行っている。2017年、科学誌「ネイチャー」等の主催するジョン・マドックス賞を日本人として初めて受賞。18年2月に、初の著書『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』を上梓した。

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