2016年03月31日 公開
2022年12月19日 更新
とはいえ、日本がこのような体制を整えるのには、まだ何年もの時間がかかるであろうし、実際の作戦においては、米国などの同盟国や友好国の応援を借りることがきわめて重要だ。しかし場合によっては、そんな外国の協力を得られないケースが生じることがあることをも想定しておく必要がある。
たとえば今後多くのインフラ開発や資源開発が行なわれるアフリカは、今日も引き続き、旧宗主国の欧州諸国の影響力が強く残る場所であり、彼らは自分たちの「シマ」における日本の活動をよく思わない場合もありうる。
一方の米国もまた、アフリカの豊富な資源を押さえるため、2007年にアメリカ・アフリカ軍(アフリコム)を創設、その戦略目標の一つは「アフリカの豊富な資源を第三国に独占的に支配させない」とされているが、そこで掲げられた第三国(すなわち「仮想敵国」)には、ロシアやインド、中国の次に日本が名指しされている。つまり米国は、アフリカの資源競争においては、日本といえども軍の力を使って排除すると宣言しているのだ。すると、現地で日米が資源権益をめぐって競合した場合、米側から明白な武力攻撃を加えられることはなくても、諜報組織などによる妨害工作が行なわれる可能性はあるということだ。
たとえばアフリカ某国における巨額の開発案件の入札で、ある日本の大手企業が米系企業と激しく競り合い、ついにその案件受注に成功したとしよう。そして、同社の現地駐在幹部が、突然にして武装集団などに誘拐されるといった事態が発生した場合、そんな日本企業に煮え湯を飲まされ、巨額利権を失った米国が、それでも日本人の人質救出のために全力を投じてくれるはずだと信じて疑わない方がいたら、残念ながらそれは国際政治の現実に対して、あまりにナイーブだといわざるをえない。
実際、イスラム過激派「ボコハラム」のいる地域の上空に常時無人機を飛ばし、その動向を把握している米軍は、彼らと戦うナイジェリア政府軍に対し、必要な情報をまったく提供していない。それどころか、戦車や装甲車を保有し、またヘリコプターで戦闘員と物資の空輸まで行なうボコハラムを前にして、完全に劣勢となった政府軍に対する武器弾薬の供給をも徹底的に邪魔してきた。
またイラクの議会安全保障・国防委員長であるハキム・アルザメリ氏などは、同国に跋扈するISILに対して大量の武器弾薬を空輸する英米軍輸送機の存在を何度も指摘しており、なかにはイラク軍によって撃墜された英軍機さえあるとしている。あるいは、ジブチの自衛隊基地の売店にはかつて、中国のスパイかと疑われた日本語の堪能な仏人美女が働いていたそうだが、そんな売り子から自衛隊の内部情報がパリに流れる可能性もあるだろう。
海外の前線では、こういった国家間の虚々実々の激しいやりとりが日常的に行なわれているのだが、一方の日本では、昨年7月には岸田外相が「紛争当事国の軍隊の構成員等で敵の権力内に陥ったもの」ではない自衛官は、仮に外地で拘束されても「ジュネーブ諸条約上にある捕虜の扱いを受けられない」という信じ難い国会答弁をしている。政府高官の平和ボケのおかげで、いざというときに酷い目に遭うのは自衛官たちだ。もしどこかの国の反政府組織の司令官が、自分の「領土」に不時着した自衛官を捕まえ、かつインターネットでこの政府答弁を知った場合、自衛隊や同盟を組む米軍の情報を取るためにも、捕われた隊員は徹底的に拷問されるだろう。なぜなら、当の日本政府が世界に向けて「捕まえた自衛官に対する人道的配慮は不要です」との「お墨付き」を与えているからだ。
こんな平和ボケは政府だけではない。有事の際に救出される側である日本企業の危機意識もまだまだ低いのが現状であり、この点も早急に改善される必要がある。日本人の悪い癖として「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というものがある。2013年のアルジェリア・テロ事件のあとも、最初の数カ月こそ多くの海外進出企業が大騒ぎを演じたが、すぐにその大半が以前の平和ボケに回帰してしまった。
ここ数年、外務省は企業向けの対テロ訓練などを開催し、そんな企業の危機意識の向上に努めているが、70年余も太平の世にあった大半のサラリーマンにとっては、自分が危険地帯への赴任を命じられるその日まで、テロリズムなどは引き続き映画のなかの世界にすぎないのだろう。しかしこのままだと、次のテロ事件でも日本企業は再び多大な犠牲を払うことになるに違いない。
西アフリカで勤務していたころ、私は緊急脱出の際の安全を少しでも確保するため、懸命に現地人の言葉や習慣を覚え、部族の王族のみならず、じつは重武装マフィア集団の幹部でもある地元青年同盟の連中と一緒にタバコを吸いながら冗談を飛ばし合い、時には彼らに外国のお土産を渡すなどして交流し、周辺の治安情報を収集した。当時地元では、「あの施設には、わが部族の言葉を話す変な日本人がいる」というのがちょっとした噂になったようで、多くの現地人が私を見て笑いながら手を振ってくれるようになったが、30万人はいるその部族とのあいだで強い信頼関係を醸成すれば、これは自らが30万の兵に守られているのと同じだと考えていた。
こうした現場での試行錯誤から痛感したのは、海外進出企業は今後自社の危機管理担当者として、無線通信や衛生、サバイバル技術などの高度な危機管理スキルをもつ日本人の元特殊部隊員を積極的に採用すべきだ、ということであった。有能な元隊員に現地の物理的セキュリティ対策のみならず、イラクで自衛隊が証明した巧みな人間関係づくりを通じて地元民に対する宣撫活動や情報収集活動(ヒューミント)を行なわせれば、有事の際には友好的な地元民の協力を得ながら、彼ら自身が現地に不慣れな救出部隊と交信し、その誘導さえをも行なうことができるからだ。こんな危機管理担当者が得た現場情報やネットワークを、自衛隊の特殊部隊とも普段から共有することができれば、海外で戦う日本人駐在員やその家族の安全は飛躍的に向上するであろう。
もちろん、これら危機管理要員には高い語学力が必要だが、それは自衛隊の教育でも徹底すればよい。いちばんいいのは、現役隊員を企業に出向させ、海外でさまざまな経験を積ませるということだが、とにかくわが国が誇る超一流の元特殊部隊員の再就職先が、道端で旗を振るガードマンやコンビニの店員などであってはならず、この種の人材を海外で活用することこそが、一企業の安全と利益確保のみならず、日本の繁栄にも大きく貢献するのだということを社会全体が強く認識すべきだ。餅は餅屋なのである。
軍事のみならず、文化や社会、経済分野にまで精通する強力な諜報機能を有する現代の特殊部隊は、歩兵や砲兵、戦車部隊といったこれまでの通常戦力に代わり、先進諸外国の外交国防政策における「戦略的資産」として今日ますます重要な役割を演じ始めている。こんな「新しい特殊作戦部隊」の重要性に日本政府がようやく気付き、その整備と強化に取り組むことで在外邦人の救出が名実共に可能となれば、わが企業戦士たちは海外でもっと安心して戦えるようになるに違いない。
つまり、リアリズムに基づいた自衛隊特殊部隊の「装備・諜報力の強化」と「地位の向上」、そして官民協力による「危機意識と現場力の強化」は、わが国の国益を懸けた経済成長戦略の『要』なのである。
更新:11月22日 00:05