2026年03月13日 公開

2025年11月7日の高市早苗首相の「台湾有事」 を巡る国会答弁以来、日本に対して経済カードを切るなど中国が強硬な姿勢をとり続けている。岸田政権や石破政権の時代と比べて、高市政権が誕生すると仮面を捨てるかのように態度を豹変させた中国。それは、現在の日本が彼らにとって恐れるべき対象であることを意味する。(構成:編集部)
※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
【野嶋】じつのところ、昨年11月の高市首相の国旗答弁以来の日中関係の緊張について、中国の一般民衆は2012年の「尖閣諸島国有化」の騒動のときと比べると、かなり冷静です。政府が「反日」を掲げても、以前ほどには中国国内で盛り上がらなくなっている。中国が著しい経済発展を遂げたこともあり、日本は徐々にアジテートの対象としての価値が薄くなっているのでしょう。
【岡本】それでも中国共産党のイデオロギーからすれば、中国の富裕層が日本とのあいだを行き来して関係が深まっていくのは好ましくなく、今後も台湾問題にかかわらず日本に厳しい目を向けてくるでしょう。
【野嶋】基本的には「陰謀論」の世界なんですよね。香港を例に挙げれば、中国共産党は現地の運動家や活動家が欧米から資金援助を受けて「カラー革命」を行なったと定義したことで、強硬な手段に打って出ました。今回も、中国では台湾の独立派と高市政権が示し合わせているとの報道がある。もちろんそんな事実はなくて、現在は日台の政権が立場的に似ているから、結果としてそう見えるだけの話です。尖閣国有化のときでさえ、当時の民主党の野田政権と石原慎太郎都知事が結託した陰謀だと彼らは吹聴していたくらいです。
【岡本】中国はもはや自他ともに認める大国なのですから、静かに堂々としていればいいはずです。そうすれば東アジアは丸く収まるのですが、どうしてもそうはいかない運動律が中国にはある。人間とは学ばない生き物で、しかも世代は変わりますから、過去の悪しき経験から教訓を得ることは容易ではない。結局のところ、中国政府の行動は尖閣国有化のときと何ら変わりありません。もちろん、過去の経験から学んでいないのは中国だけではなく、日本にも当てはまることなのですが。
【野嶋】たしかに、尖閣国有化のとき習近平が強硬な態度をとらなければ、第二次安倍政権があれだけ長続きすることはなかったかもしれないし、安保法案がスムーズに成立することもなかったでしょう。
今回の中国の動きを受けて東アジアで何が起きるかを考えると、日本と台湾、フィリピン、オーストラリアの海洋国家連合の結成につながるかもしれません。台湾は正式には加盟できないとしても、実質的には入るでしょう。もしも現実化すれば、中国が実際に恐れていたシナリオです。なぜ中国共産党はその方向に事態をみずからプッシュしてしまったのかは日本や欧米の理屈からはわかりづらいですが、彼らは歴史を知っているものの、そこから学べてはいないから損をしているわけです。
【岡本】言い換えると、これくらいならばまだ「損」だと思わないだけの余裕があるのでしょう。本当に国内外の状況が悪化して、中国共産党の正統性が揺らぎかねない事態に追い込まれれば、鄧小平時代のように「改革・開放」路線に向かうかもしれません。ですが、少なくともいまのところその可能性はゼロに近いでしょう。
【野嶋】今回の件について、台湾の反応もお話しすると、日本では左右のメディアや論壇がいずれも自分たちが「見たい・聞きたい」情報だけを都合よくピックアップしています。すなわち、与党の民進党はともに中国に対抗してくれる期待を日本に向けているし、国民党は高市首相の発言は台湾海峡の安定を脅かす怪しからん内容だと批判していて、日本の保守は前者を、リベラルは後者の発言を引用して自説を補強しています。しかしこれでは、実際の台湾の温度感が見えてきません。
台湾人の関心がどこにあるかと言えば、中国と台湾が開戦するかしないかであり、彼らはどの立場であろうといかに中国との全面対決を避けるかについて日々苦心しています。開戦したあとにアメリカがそれに関与するか否かはその次の議論であり、その後日本が集団的自衛権を行使するかどうかについては、台湾人からすればほとんど意識しようがない世界です。さらに言えば、そもそも一般市民は日本国内の細かい安全保障論への関心はさほど高くありません。
とはいえ、中国が日本にかけている経済的圧力については、台湾の人びとからすれば「いつか見た光景」であり、その点については、日本にシンパシーを抱いています。国民党の馬英九総統時代、中国から台湾への観光客は最大年間418万人で、台湾の人口が2300万人であることを考えれば物凄い数でしたが、2016年に民進党の蔡英文政権が誕生して以降は激減し、2024年は24万人程度にとどまっています。台湾が受けた経済的なインパクトは今回の日本の比ではありませんでしたが、それでも彼らは中国リスクを避けられないものとしてインプットしていますから、厳しい変化にも対処し続けてきました。ですから現在の日本が置かれている境遇はよくわかりますし、一部では日本食を食べたり日本に旅行に行ったりして支えようという機運があります。
【岡本】日本で台湾の声を議論に引いても、台湾がどれだけ日本を応援しているか/していないかに終始しがちで、現状をどう分析して、いかに戦略的に中国と対峙するかという話はほとんど見受けられません。そのうえで、右の識者やメディアは威勢のいいことばかりを発信し、左は日本が悪いと叫ぶだけで、いずれも生産的ではありません。
【野嶋】日本人が台湾を語るうえで大きな問題は、本来であれば台湾有事とは2300万の台湾人の命がかかっている話なのに、彼らのことが「主語」として登場しないことではないでしょうか。この点は日中国交正常化以降、とくにリベラルのメディアや論壇が放置し続けてきた大きな欠点です。他方で保守にも問題があって、私は今回の高市首相の国会答弁はやはり、国益上あえて言う必要がないことを口にしてしまったと評価していて、本来であれば保守でもその点はしっかり批判して然るべきです。たしかに発言内容そのものは、台湾問題に関する政府の従来方針から逸脱していませんが、それと外交的な言動としてどう評価するかは別の話でしょう。
台湾を巡る問題で、中国にとって最大の弱点は台湾の民意です。習近平はよく「両岸(中国と台湾)は一つの家族」「運命をともにする血を分けた兄弟であり血は水よりも濃い」などと口にしますが、台湾の人びとが一向にシンパシーを感じていないのが現実です。そうであるならば、われわれ日本としては、「台湾の人たちが望まないかたちでの台湾問題の解決は認めない」と言い続けていればいいのです。平和的解決を望むことは従来も掲げてきた方針ですが、今回を機にもう一歩踏み込む選択肢もあるのではないでしょうか。
【岡本】現在の状況下で高市首相が政府の立場としてそう言ってしまえば、まさに火に油を注ぐようなものですから、あくまでも輿論として呼びかけるべきでしょうね。日本人はその自覚と覚悟をもつべきだと思います。
私に言わせれば、中国は明代のころからずっと変わらずに帝国的な振る舞いがこびりついていて、とくに現在その正統的な継承者と言える習近平がトップにいる。裏を返せば、習近平の登場で「本来の中国」に戻ったとも言える。鄧小平、江沢民、胡錦濤の時代はむしろ例外でしたが、かつての日本人はそうとは知らずに明日の中国を信じ込んで莫大な投資をして、中国経済を育て上げてきました。私は日中友好が叫ばれた時代に学生時代をすごし、中国史研究の道を歩み始めましたが、当時見ていたのは例外の時代の中国だったわけです。
【野嶋】私も岡本先生と同じ世代ですから、その感覚はとてもよくわかります。実際、その後の中国を見て残念ながら「裏切られた」という思いにしばしば駆られます。今日でもなお盲目的に中国を信じるジャーナリストや学者もいますが、知識人や学者など「自由派」と呼ばれた中国人の友人たちが捕まったり国外に追いやられたりする様子を見ると、私にはそう思えません。
岸田政権や石破政権の時代には日中関係は比較的落ち着いていましたが、それはあくまでも習近平にとっては与しやすい相手であったからで、高市政権が誕生すると仮面を捨てるかのように態度を豹変させた。その姿から、日本を警戒し、台湾との接近を認めないとする本質はやはり変わらないのだと再認識させられました。
【岡本】日本のことを「許せない」などと騒ぎ立てているということは、彼らにとって日本が恐れるべき対象だということです。岸田政権や石破政権はそう思われていなかったのでしょう。今後は、強硬な態度で迫られたとき、中国に謝らずとも経済的にも精神的にも生きていける日本をつくらなければいけません。中国人観光客が去れば経済が立ちいかなくなるというのであれば、あまりにも情けない話です。
【野嶋】そこで模範とすべきなのが台湾です。今回の高市首相の発言によって、たとえば旅行業界が窮地に立たされていると指摘されます。同情を禁じ得ませんが、中国とは経済、観光、交流を外交的武器として利用する国なのです。台湾では、中国経済への依存が政治に及ぼす影響力のメカニズムを「中国ファクター」と定義して警戒してきました。前述のとおり台湾はかつて約400万人だった中国人観光客が約20万人に激減しても持ちこたえて、半導体やバイオなど旅行業界以外に「稼げる分野」を戦略的に育てることで対中依存度を減らしつつあります。日本の各分野も、政治的リスクが大きい中国に過度に頼る構造からは脱却しなければいけません。
更新:03月13日 00:05