
政治状況の流動化と従来型の政治運営の困難は、何も日本だけで起きているわけではない。欧州における連合政治の多様な事例をふまえつつ、新たな政治運営の可能性について考える。
※本稿は、『Voice』2026年2月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
第2次石破内閣、高市内閣と少数派政権が続き、公明党が政権から離脱するなど、日本の政党政治は流動化の時期を迎えている。そのような現状を俯瞰するために、本稿はヨーロッパ政党政治の巨視的な変化を紹介し、比較というかたちで視野を広げるための情報を提供したい。ヨーロッパを対象とするのは筆者の専門分野の制約によるものだが、議院内閣制という制度を共有する点で、今後の日本の政治運営のあり方を考える一助にはなるだろう。
昨今の日本の政治状況は、何か異常なものというわけではない。ヨーロッパでも、政治状況の流動化と従来型の政治運営の困難は生じている。今後も類似の状況が継続する可能性を念頭に置きつつ、われわれは事態を理解していく必要がある。
本稿の論点は次の四つである。第一に、有権者の選好は多様化し、多党化が進行している。第二に、ある時期に有力視された二ブロック化の傾向は、深く定着したものにはならなかった。第三に、多政党による連合政権はほぼ必須となっているが、その円滑な運営にはさまざまな制度的工夫がある。そして最後に、少数派政権をはじめとして新たな政治運営の型が模索されるなか、現状を丁寧に認識したうえで過去の常套的議論の型を離れた検討が必要である。順次検討していこう。
政党政治を論ずるうえで、一つの範とされてきたのはイギリスである。一回投票単純多数小選挙区制に支えられた二大政党制のなかで、単独政権をどちらが運営するかが選挙結果によって一義的に決まる、というあり方は、多くの政論にインスピレーションを与えてきた。
そのイギリスですら、有権者の支持において二大政党制は融解している。現在のスターマー労働党政権は411議席(650議席中)という安定多数を2024年選挙で獲得したが、得票率は33%強にすぎなかった。保守党が約24%、英国改革党が約14%、自由民主党が約12%と票が割れていた結果の過半数にすぎないのである。
2025年11月末時点の世論調査では、英国改革党が30%程度、保守、労働両党が20%前後、自民、緑が10%台前半の支持率と、多党化状況は継続している。
次回選挙は遅ければ2029年8月となるため、この支持が投票行動にどう反映され、議席にどう変換されるかには不確定要因も多いが、現状では英国改革党の過半数獲得や同党を第一党とするハング・パーラメント(過半数政党のない状態)といった予測が示されている。少なくとも、労保二大政党の構図は過去のものと言えるだろう。とくに、地方の政治とロンドンにおける政治の乖離が指摘されていることは、二大政党の復権の難しさを予想させる(若松邦弘『わかりあえないイギリス』岩波新書、2025年)。
比例代表制が一般的な大陸ヨーロッパ諸国で、多党化傾向はより顕著である。有効政党数という指標があるが、政党政治が比較的安定していると目されるドイツでは、1987年の3.56が、2009年には5.58に、そして2025年の選挙では6.64に増加している。同様にスウェーデンでも3.92(1988年)が4.79(2010年)に、そして現在では5.34(2022年)と推移している。西欧15カ国の平均では1900年時点で4.25だったものが、2025年には6.04である。
選挙ごとの勢力変動も激しくなった。政党単位の結果の変動を全体として示す変易性指標を見ると、ヨーロッパ全体でその値が着実に増加していることが示されている。それだけではなく、有権者単位でも投票行動はより「移り気」なものとなっている。早くから浮動票が注目されていた日本と異なり、西ヨーロッパの選挙は1980年代ごろまで支持者動員競争の色彩が強く、ある調査では1960年代ごろのイギリスで投票先を変更した有権者の割合は10%台前半であった。しかし2010年代にはそれが30%台となっている。
このように有権者の選好は多様化し、流動化している。政治的争点の多様化や、世代ごとに「左右」の意味が異なることに鑑みれば、この傾向が逆転するとは考えにくい。
有権者の選好の多様化や流動化が生じたとしても、多党化につながらない可能性もある。たとえば経済状況への賛否に選挙の争点が集約されるのであれば(経済投票、業績投票)、与野党二つのブロックの対峙が生じることも考えられる。欧州政党政治研究の第一人者であったメアが2000年代に提示したのは、多党制の基礎にある社会的亀裂(階級、宗派など)の影響力が弱まる結果、政治は政権獲得競争の色彩を強め、二ブロック化していくのではないかという仮説だった。
同時期に、大統領制化や個人化といった、トップリーダーの影響力増大傾向が論じられていたこともあり、この仮説は注目された。実際、スウェーデンでは1998年以降、左右ブロックが明確化していく(渡辺博明『スウェーデンの政党政治と民主主義』晃洋書房、2025年)。
イタリアは、制度変更による誘導が行なわれた点で興味深い。大規模な汚職・腐敗の摘発などもあり、同国では1990年代前半に選挙制度を小選挙区中心のものに変更した。その結果、1994年から2008年までの五回の選挙において、右・左・右・左・右、と二大政党ブロックのいずれかが勝利しており、政権交代のある民主主義をめざした政治改革が成功したかに見えた。
しかし、その選挙制度の再改革を行なったことなどもあり、現在の同国は二ブロック間競合のダイナミクスで動いているとは言えない。ほかの多くの国でも、左右の中核的大政党の衰退は顕著である。たとえば、北欧の社会民主主義政党と言えば、かつては得票率40%台の巨大政党であったが、現在は30%をのぞむのがやっとである。右でもドイツのメルツ首相率いるキリスト教民主党の2025年選挙の得票率は30%を割っており、ド・ゴール派の流れを汲むフランスの共和党の議席数は全体の一割に満たない。
その結果、いくつかの国では第一党と第二党を合計しても、過半数に満たない事例が生じることとなっている。オランダでは2006年選挙で初めて発生して以降、この事象が繰り返されていることから、比較政治学者ヒックスはこれを「オランダ化」と呼んでいる。
大政党の急速な衰退と政党間対抗の構図の複雑化は、1990年代から2000年代の改革論議の射程をこえるものであった。オーストリアでは、小選挙区型への選挙制度改革を行なうことで、当時の二大政党である人民党(国民党)と社民党の二大政党化によりアカウンタビリティを高める議論があったが、急進右翼政党である自由党が大きく勢力を伸ばし、緑の党やリベラル政党が進出したこともあって、議論は終息した。
つまり、制度改革による二ブロック化の誘導に一定の効果があることは否定されないものの、その限界も見えつつあるのである。
選挙で多数派が生み出されないならば、選挙後の政党間交渉が重要となる。連合政治の局面である。日本で早くからこれに注目した篠原一は、1970年代以降、ヨーロッパの経験を伝えることで二大政党一辺倒の議論に一石を投じようと試みていた(篠原一編『連合政治(Ⅰ、Ⅱ)』岩波書店、1984年)。
ただし、現在のヨーロッパの連合政治は、篠原らの時期に比べ、制度化されたものになった。政党エリートと支持者のあいだの無形の絆が希薄化した結果、政党指導者の舞台裏での交渉への信頼は期待できなくなり、政党側も透明化と正統性確保に力を注ぐようになったのである。この点をドイツの例で確認してみよう。
たとえば、選挙に向けた綱領は、長大なものになりつつある。選挙綱領を作成する習慣はドイツにおいても1960年代以降のものであり、主として野党側の政権担当能力アピールの手段だった。1990年段階でもそれはまだ20頁程度だったが、2010年代以降はA5で100頁を超すことも珍しくない。これは選挙綱領が党内のさまざまな集団の合意形成過程の帰結だからであり、各集団の主張が少しずつ盛り込まれるからである。
時間をかけた党内合意形成が可能なのは、ドイツにおいて選挙が基本的に任期満了で行なわれ、時期が予測可能だからである。次期選挙に向けて、首相候補を選出し、選挙綱領を作成する長いプロセスがあってはじめて、党内合意確保は可能となる。それに最終的な承認を与えるのが党大会であり、そこまでに時間をかけて候補も政策も淘汰されていく。
綱領に盛り込まれた項目を基礎に、「連合協定締結のための主張すりあわせ」を行なうのが連合交渉である。連合協定も、1980年代ごろまでは十分に確立された慣行ではなかったが、1990年代以降、政党間の「契約」としての整備と詳細化は進み、2010年代にはA4で150頁前後が常態となった。さらに連合協定は一部指導者の合意にのみ基づくものではなくなった。党によって手続は異なるが、臨時党大会や党員投票を行なって、党として協定を承認することなしに政権参加はないのである。そのため、多党化と相まって、連合交渉は全体として長期化する傾向にある。
政権成立後も、党や議員団を政策決定過程に組み込んでいくことは一般的である。ドイツでは非公式の協議体である連合委員会の利用が1960年代以降一般化していった。現在の連合委員会は、キリスト教民主党側がメルツ首相、議員団長、バイエルンのキリスト教社会同盟党首など6名(公式にはキリスト教民主同盟とバイエルンのキリスト教社会同盟は別組織であるため、対等に3名ずつ出すかたち)、社会民主党側が副首相兼共同党首、連邦議員団長など3名であり、そこに首相府長官と財務省次官が定期陪席者となっている。
閣内大臣だけではなく、党首と議員団長を協議に組み込んでいるのが特徴である。内閣で合意形成ができない問題について、この回路を通じて根回しやトップ交渉が行なわれる。非公式の場での実質的決定にはもちろん規範的批判が絶えないが、連合政治において組織としての党や議員団の合意調達手続が必要となることもまた事実であろう。
このようにドイツにおける連合政権運営においては、連合交渉手続の整備と協定の文書化、さらに党内合意獲得手続の明確化が一体となって制度化し、党内合意確保と政党間交渉を両立させる工夫がなされてきた。
ただし、参加政党が増え、距離の離れた政党が参加するようになれば、このような工夫が限界に突き当たる可能性は排除できない。実際、連合交渉は長期化する傾向にある。また2017年選挙後には、有力視されたキリ民、自民、緑の三党交渉が決裂し、下野の意向を明言していた社民党に同党出身の大統領が強い圧力をかけ、ようやく第四次メルケル政権の樹立にこぎつけている。ドイツのための選択肢のようなアウトサイダー政党の台頭は、その主張自体もさることながら、既成政党間の交渉を困難にする点により直接的な影響がある。
このように、ヨーロッパ連合政治の多様な事例のなかにそれぞれの工夫を見出すことはできるが、従来型の政治運営の限界は各所に露呈している。新たなかたちが模索されている点は日本と大差はない。
そのなかで、注目されているものの一つが少数派政権である。ドイツではワイマール期の政権不安定とナチスの台頭という歴史的な経緯もあって、多数派政権重視の傾向が強かったが、近時さかんに議論されるようになり、2025年選挙の投票前には公共放送の第一テレビで「少数派政権はドイツにとってモデルか? 北欧の事例」が放送された。学術的には、少数派政権に関するはじめての国際比較研究が2022年に(威信の高い)オックスフォード大学出版局から刊行されている(Field and Martin,ed.Minority Governments in Comparative Perspective.OUP,2022)。
スウェーデンやデンマークなど北欧で、少数派政権が一般的であることはよく知られてきた。これに加え、チェコ、ニュージーランド、スペインなどでも1990年以降の政権の過半は少数派であり、カナダ、イタリア、フランスなどでは3割程度が少数派である。
このような少数派政権は、直感的には、不安定で政策パフォーマンスも劣ったものとなりそうだが、経験的研究の示すところによれば、多数派政権とのあいだに大きな差はないという。むしろ、少数派政権のなかで野党と協定を結ぶかたちのものが増え、その存続期間は長い一方、そうではない少数派政権は相対的に短いなど、少数派政権のなかのバリエーションにも注目が集まっている。
これとは別に、研究上の新しい主張として、ドイツの比較政治学者ガングホーフによる半議院内閣制論がある。これは政府の存否を司る院は多数派が構築されやすい選挙制度とする一方、立法に必要なもう一つの院は比例型の制度とすることを提案するものである(加藤雅俊「「半議院内閣制」としてのオーストラリア連邦」『年報政治学』、2023年Ⅰ号)。
主張の当否は別として、ガングホーフが、政権の安定と、多様な意見の立法への反映という要請の双方を折り合わせようとしている点に注目すべきだろう。二大政党制か多党制かという古典的図式は退けられている。
定数の小さい比例区を多数配置することで、選挙制度の「スイートスポット」をさぐる研究も、同様の発想に基づいている。あるいは、少数派政権論のなかには規範的優位を指摘するものもある。法案ごとの多数派形成の必要性から、政策ごとの真の多数派を多数派政権よりも代表しやすいというのである。そこには、左対右といった一次元的な対立図式は、多元的な政策対立軸と市民の多様な選好のもとでは、政策の抱き合わせ販売にすぎず、市民の政策位置に合致していないという現状認識がある。
すなわち、現状を丁寧に把握したうえで、社会的前提条件を失いつつある過去の議論の型に懐疑の目を向けることが、政党政治の現在と未来を考えるうえでの第一歩である。
日本の文脈では、二大政党制を聖化し選挙制度を中核とする大きな制度改革で変化をもたらそうとする1993年パラダイムから適切に距離をとることが、まずは必要ではないか。国会の会期や解散権の運用など、二大政党待望論の陰に追いやられた課題は、いくつも存在する(大山礼子『国会改革の「失われた30年」』信山社、2025年)。
更新:03月11日 00:05