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防衛を忘れた空港―有事に対応できるのか?

2015年04月20日 公開
2024年12月16日 更新

樋口恒晴(常磐大学教授)

『Voice』2015年4月号より》

霞が関による「有事想定の排除」が自衛隊を戦えなくする

 

航空防衛力としての飛行場

 日本防衛にエアパワーは不可欠だ。そして、「エアパワーというのは実は飛行機だけのことを示すのではなく、実は『飛行機プラス航空基地』のことなのだ」(スパイクマン『平和の地政学』)。

 世界の常識では、軍用飛行場のみならず民間空港も、戦略拠点である。だから有事には敵による攻撃や奪取の対象にもなる。防衛省は一応、全国の飛行場・空港を、根拠基地・機動基地・緊急飛行場と分類し有事使用を研究している(『産経新聞』2006年3月17日付)。また1994年4月には米国から8空港(新千歳・成田・関西・福岡・長崎・宮崎・鹿児島・那覇)の有事提供を要望された。だが民間空港の軍事利用に関する裏付けは皆無だ。運輸省(現・国土交通省)との調整はまったく行なわれていない。

 それどころか、平素から航空自衛隊の戦闘機部隊が所在している基地ですら致命的な問題が放置されたままだ。しかも1970年代以降、状況は人知れず悪化し続けていった。

 長く自衛隊の戦闘機基地は、訓練あるいは平時の領空侵犯対処(領侵対処)には十分でも、戦時に敵襲を受けることを前提にしては整備されていなかった。

 まず、ハード面から見てみよう。冷戦末期になってようやく地対空ミサイルや機関砲を装備し、滑走路が爆撃で破壊された場合に備えたスチール・マットを調達した。また戦闘機を格納する鉄筋コンクリート製の掩体(シェルター)を整備しはじめた。掩体は、千歳基地だけは所在機の半分を収容できるだけ調達したが、他の基地ではせいぜい領侵対処のために即応待機する機体の分しか整備できなかった。また滑走路の超硬化舗装は行なわれず、燃料槽・弾薬庫・指揮所の地下化もあまり進まなかった。基地周辺の土地を買収したり区画整理を推進することは、ほとんど行なわれていない。そしてこれら基地強化措置は、冷戦終了で「もはや脅威はない」と喧伝される時代になって中断され、今日に至っている。

 

危機が高まった場合に必要なこと

 しかしハード面の措置は、予算さえあれば改善できる。より深刻なのは、ソフト面だ。

 戦闘機基地に対する敵の先制攻撃は、航空機やミサイルによる空襲かもしれず、国内に事前に潜伏させている特殊部隊やテロ集団を使っての浸透攻撃かもしれない。併用される場合も多いだろう。

 危機が高まった場合の飛行場の警備・防備に関しては以下の諸策が必要となる。

 要員への禁足命令、予備自衛官の招集、地対空ミサイルや高射機関砲の展開、防備増強のための陸上自衛隊の導入、周辺道路の交通統制、基地内外への障害物や防御構造物の設置、警告を無視して飛行場に接近する民間機の撃墜許可命令の下令、等々。

 その一部は訓練名目でできるだろうし、また防衛大臣による防衛出動待機命令(自衛隊法第77条)段階で実施できるものもあろう。自衛隊法第78条では、防衛出動待機命令の時点でも総理大臣が判断すれば基地外でも防御施設が構築できることになっている。しかし民間人や民有地に影響を及ぼすことは、首相による防衛出動命令(自衛隊法第76条)下令以前には非現実的だろう。

 防衛出動待機命令を発令する判断基準は明らかではない。もちろん公表できる性質の問題ではない。だが、何も決められないままというのが実情だろう。しかも、武力紛争が勃発してしまう前の防衛出動待機命令下令や、それに基づく基地外での施設構築を政治判断できる可能性はきわめて低い。

 ちなみに昭和32(1957)年度から、騒音対策として、飛行場周辺の住民転出促進策が執られていた。だが新規流入防止策を伴わなかったため、1960年代末には横田・厚木両基地周辺で新規流入人口が転出人口を上回るようになってしまった。そして昭和44(1969)年度からは新規流入住民に対しても騒音補償をするようになった。こうして基地周辺の防備強化は困難になっていったのである。

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