
日本は本当に法治国家として機能しているのか。三権分立は成り立っているのか。元国際金融マンで、55歳から弁護士に転身した異色の法律家・橘真理夫氏が、嘉悦大学学長・真田幸光氏の問いに答えながら、立法の現場、政治献金、検察の実像、そして「外国人犯罪」をめぐる誤解まで、実務家ならではの視点で語りました。
(写真提供:橘法律事務所、構成:佐藤有真[PHP研究所])
※本記事は真田幸光オンラインサロン「経済新聞が伝えない世界情勢の深相~真田が現代の戦国絵図を読む~」で開催されたイベントより一部抜粋・編集したものです。
真田:日本は法治社会で、日本人は遵法精神が強い。それはすごくいいことです。しかし、法をつくっている人たち、法そのものが本当に適正なのか。政治家の待遇などを見ていると、お手盛りでつくっているのではと思うこともある。立法府、永田町の衆参両院の議員たちに、本当にその資格があるのかと疑問に思うのですが。
橘:必ずしも全部が悪いわけではないんです。ただ、専門家が立法に深く関与すると、日本人の感覚から離れた方向にいくことはあります。たとえば市民生活の基本法である民法は、本来「誰でもこうだよね」と思うものを緩やかに集めて法律にしたもので、文化や慣習の違いから、各国それぞれ違っていいものなんです。ところが、取引実務上の技術的な要請や国際的な整合性を重視する方向でつくられていくと、日本人の感覚からやや離れていく。
橘:個人的にひどいと思っているのは区分所有法、マンションの法律です。自分が区分所有者であるマンションでの詐欺まがいの建て替え計画に立ち向かって、裁判所の仮処分で総会開催を差し止め、民事訴訟の本案でも持ち分割合の変更(逆転)を勝ち取ったことがありますが、本当に苦労しました。そして、今でも区分所有者の救済手段が不十分なまま、建替え要件を緩和するなど、デベロッパーの都合がいいように通していったのが目に見えて分かる。国会の手続きは通っているけれど、専門的な中身はみんな分からないまま通ってしまう面があるんです。
真田:それでも、そこでつくられた法律は守らなければいけない。
橘:だから不合理なものがあれば、私たちが裁判所で闘うんです。「この条文の立法趣旨はこうだったから、ここには適用されるべきではない」と主張して、少しずつ補正していく。それが集積すると、また法律に反映される。マーケットと同じで、右へ左へ揺れながら、いずれ収まるべきところに収束していく。その過程が大切なんだと思います。最終的には、国民の側がちゃんとした議員を選ばなければいけない、ということです。
真田:議員たちのお手盛りの待遇についてはどうですか。
橘:個人的にはあまり良くないと思いますが、はっきり言うと、国会議員の給料が高いとは思っていないんです。外資系にいたから言うのですが、「給与をいっぱい払うから、もっと働け」でいいと思う。本当に動いている議員は、国から支給される金額ではスタッフを雇う資金が全く足りません。何もしないでもらっている人は論外ですが、動いている人にはもっとスタッフを付けて、動きやすくしてあげた方がいい。
真田:では献金そのものは、いいのか悪いのか。
橘:悪いとは思っていません。私自身、選挙区や政治的立場にかかわらず、応援したい議員に献金します。彼らがちゃんと動くには資金的に弱いからです。ただ、個人献金と企業献金では単位が違います。大企業の献金は政策を動かしかねない規模になるので、そこの区割りはある程度考えた方がいい。仕組みは変えていく必要がありますが、一気には変わりません。みんなが見ておかしいところを、少しずつ変えていく過程にあるんだと思います。
橘:本当にいけないと思ったら、選挙で落とせばいい。それをやるのも国民の責任です。棄権ももちろん権利ですが、積極的に何か考えるなら、ちゃんと投票に行った方がいいと思いますね。
真田:2つ目の質問です。日本にガバナンスは効いているのか、三権分立は成り立っているのか。当局は民間企業にガバナンスを求めますが、一番ガバナンスが効いていないのは永田町、霞が関ではないかと思うのですが。
橘:仕組みとしては三権分立になっていますが、基本的に行政権が強い。これはもう一般的な認識です。裁判官は選挙という民主的な手続きを経ていないので、自分たちは抑制的に動くべきだという考え方があるんです。霞が関には「選挙で選ばれた人には逆らうべきではない」という発想があります。司法の頂点である最高裁判事の人事も最終的には内閣が決めますからね。
真田:我々から見ると、検察がだらしなさすぎるのでは、という印象もありますが。
橘:むしろ逆で、検察は一時、強すぎたくらいなんです。取り調べや長期の勾留を受けると、人はボロボロになります。昔はそれで嘘の自白をして、冤罪で死刑になった人までいた。だから検察も「自分たちの権力は抑制的に使うべきだ」という考え方に変わってきた。検察官は、公判を最後まで維持できる自信がない限り、基本的に起訴をしません。だから、明らかにやっていると思っても起訴されない事案はかなり多いんです。それは冤罪の温床を作らないための抑制でもあるんです。
真田:永田町に対しては、もう少し厳しくやってもいいのでは。
橘:感情としては分かります。ただ、国会議員だから起訴・不起訴の判断で手を緩めるということは、実はないと思います。また、よく「なぜ逮捕しないんだ」「議員だからか」「上級国民からなのか」という意見がありますが、刑事訴訟法という法律で、逮捕・勾留には、犯罪の嫌疑だけではなく、その必要性と相当性が要ります。有名な人はどこへ行っても分かってしまうから逃亡のおそれがない。微罪でわざわざ逮捕する必要がない、というだけの話なんです。
真田:外国人犯罪への対応が甘いという話も聞きます。クルド人が何かやってもすぐ釈放されている、というような話も耳にしますが、改善の方向はないのでしょうか。
橘:実は、私たち刑事弁護の現場の感覚から見ると逆なんです。外国人にはむしろやや厳しい。検挙して起訴する率は、全体では30数%ですが、外国人は4割を軽く超えています。逮捕・勾留の判断でも、罪証隠滅や逃亡のおそれが考慮されるので、日本人なら在宅で済むケースでも、外国人であることから勾留されている例はかなり多い。外国人ばかり扱っている刑事系の弁護士と話しても、「甘い」と思っている人はいないですね。
橘:それから、犯罪の件数自体がすごく下がっているんです。ピークの2002年頃に比べると、いまはほぼ4分の1くらいです。でも、煽りたい人は、選挙民の外に敵を作りたがるものです。「外国人問題」を出すと票が増えるというのは、地方選挙の応援に行って自分自身が実感しました。でも、悪いことをやっている日本人も結構多いんですよ。外国人は確かに目立ちますが、これで治安が悪くなっているかというと、あまりそういう気はしていません。
【参考:編集部注】法務省の犯罪白書によれば、2023年の刑法犯全体の起訴率は36.9%で、来日外国人の起訴率はこれを4.2ポイント上回る41.1%だった。近年、来日外国人の刑法犯起訴率は全体を上回る傾向が続いている。また、警察庁の統計では、刑法犯認知件数は2002年の約285万件をピークに長期的には大幅に減少している一方、2021年を底に増加に転じ、2024年は約73.8万件となった。なお、外国人による刑法犯検挙件数も2023年から2年連続で増加しているが、在留外国人数も増加を続けており、2024年末には376万8,977人となっている。
真田:外国人による不動産の購入も自由に行われています。公的な規制はかからないのでしょうか。
橘:規制の目的にもよりますが、規制を作ること自体は可能だと思います。でも、法律をつくったからといって直ちに効果が出るかは微妙です。仮に、日本人でなければダメという法律をつくっても、日本国籍を取るか、日本法人を設立すれば、いくらでも抜けられてしまう。例えば、投機的取引抑制のために即効性を求めるなら、デベロッパーの契約実務での転売規制や行政指導など、ソフトな手段の方が効果的な場合が多いんです。実態を見ながら締めていく方が、経済的には効果があると思います。
橘:法律自体、そんなに簡単には変えられません。他の法律との整合性が要るので、大きな変更はものすごく大変です。不合理なものはいっぱいありますが、ちょっとずつ直していくしかない。国籍法も入管の運用も、実際に少しずつ厳しくなってきています。本来の法の趣旨から外れた使い方は矯正していく必要がありますし、いまはその過程にあると思いますね。
真田:我々もそれぞれのポジションで、やるべきことをやりながら、ということですね。本日はありがとうございました。
更新:08月20日 00:05