移民の増加に伴い、ヨーロッパを中心に広がる排外主義。その背景には何があるのか? 東進ハイスクール講師の荒巻豊志氏による書籍『紛争から読む世界史』より解説する。
※本稿は、荒巻豊志著『紛争から読む世界史』(大和書房)から一部を抜粋・編集したものです。
21世紀のポピュリズムは多くの民主主義国で力を持ってきていますが、ヨーロッパのポピュリズムの背景にあるものは、移民の増加といわれています。
ヨーロッパでは17世紀以降、国によっては多くの移民を受け入れてきました。特にオランダやイギリスのようにアジア、アフリカへ力を伸ばした国はそうでした。
第二次世界大戦後はドイツのように労働力不足から多くのトルコ人が移住するなど、移民自体は徐々に増えてきたといっていいでしょう。その過程で移民が自分たちの仕事を奪っていったとか、移民が低賃金で働くから自分たちの給料も減った、といった経済的要因で排外主義が広がったというふうに説明されます。
アメリカ合衆国でも中西部、特にイリノイ、インディアナ、ミシガン、オハイオ、ウィスコンシンといった州はラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれ、産業構造の変化に伴って雇用が失われた労働者が、ポピュリストであるトランプを支持したといわれます。
確かにポピュリズムは「下」からの運動ですから、この説明はしっくりきます。ところが、こうした低所得層が外国人労働者を憎む排外主義につながるという説明は、政治学的に見るとかなり怪しいようです。
『欧州の排外主義とナショナリズム―調査から見る世論の本質』(中井遼/新泉社)は、経済的な要因が排外主義を生み出すという一見して俗耳に入りやすい理論に対して、多くの統計を分析しながら、排外主義の広がりは経済的な要因よりも文化的態度といった非経済的な要因のほうが大きいことを示しています。
排外主義的な傾向を持つ人は所得の高低、失業中かそうでないか、年齢の違い、男女の差といったものにあまり左右されていないのです。
これは日本における研究でもそうで、『ネット右翼とは何か』(樋口直人ほか/青弓社)や『日本は「右傾化」したのか』(小熊英二、樋口直人編/慶應義塾大学出版会)などでも、正規雇用者や経営者といった人たちに排外主義的傾向が強いことが明らかにされています。
ぼくもよく排外主義的主張を掲げるネトウヨを街頭でウォッチしていますが、参加者には年金生活者にしか見えない人が多く、女性もそれなりに参加しています。どう見ても彼らが外国人労働者と競合しているとは思えません。要はポピュリズム(下の人たちによる運動)と排外主義は直接結びついていないようです。
非経済的側面から排外主義になるケースをポーランドを例に見てみましょう。
2015年にイスラーム系難民がギリシアとイタリアに押し寄せたのですが(*1)、対応策としてEU理事会がEU加盟各国で難民を分担して受け入れることを決定します。
ちょうどこの決定がなされる頃、ポーランドでは総選挙が行なわれ、「法と正義」という政党は争点にこの難民問題を持ち出して、難民が病気を持ち込む、移民はポーランドの文化を尊重しない、移民が女性を襲うといった恐怖心を煽るようなキャンペーンを張ります。経済的な理由は掲げていないのです。
この過程からわかるように、反EUというものが反移民に付随して強調されます。ヨーロッパの排外主義(反移民)の運動が反EUとなることは、イギリスのブレグジットを見ても明らかです(*2)。
当時のヨーロッパで、500ページを超える大著にもかかわらずベストセラーになった『西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム』(ダグラス・マレー/東洋経済新報社)という右派系ジャーナリストが書いた反移民ルポルタージュがあります。
移民が犯した犯罪を報じようにも人種差別主義者とレッテルを貼られるために報道できない、多様性や多文化主義という思想のために移民を受け入れざるを得ず、それが社会の混乱を生んでいる、といったかたちで西ヨーロッパが生み出した価値観に自らが苦しめられていることを告発したものです。
2015年にはパリで2つの大きな事件が起きます。一つはシャルリー=エブド事件、もう一つは同時多発テロ事件です(*3)。同年にはスウェーデンでシリアの難民がフェスティバル会場で女性への集団暴行を行なった事件もありました。こうした移民や難民に対して、価値観を異にするという身体感覚が排外主義を高めていきます。
ヨーロッパでは主権国家の上位にEUがあって、移民を押し付けているのはEUなので反EU=反移民になるのですが、EUのようなものがないアメリカや日本は反移民と何が結びつくのでしょうか。
それが日本やアメリカで使われるようになった反グローバリズムという言葉です。グローバリズムが移民を増大させたり、LGBTQ問題を引き起こしたり、ワクチン接種を強制して人体実験をやったりと、すべての悪の元凶であると批判するのです。
では、このグローバリズムとは何なのかといえば、正体のない幽霊なので、ユダヤ人だ、国際金融資本だディープステートだと、いいたい放題の陰謀論と接続されていくのです。
『欧州の排外主義とナショナリズム』には、政治的無関心層ほど反移民の主張は少なく、むしろ政治への関心が高い層に反移民の主張が見られるということも書かれていました。日本では反移民の感情が欧米ほど強くないように見えますが、これは国政選挙の投票率が5割しかない関心の低さと関係しているのかな、と思ったりもしています。
EUに主権を一部譲渡しているヨーロッパ各国では、EUをなぜつくったのかという原点から、ヨーロッパに住む人々の共通の記憶としてヨーロッパの歴史と自国の歴史を接続させようとする試みが続けられていました。しかし反EUの声が高まると、自国中心的な歴史修正主義が出てきます。
アメリカや日本でも、陰謀論と結ぶ歴史修正主義が排外主義と手を携えながら忍びよるようにこの20年で広まりを見せています。
(*1)「アラブの春」の混乱の中でシリアやリビアで内戦が始まり、その惨禍から逃れるために多数の難民がヨーロッパに逃れてくる。とりわけ2015年には多数の難民が国外へ逃れ、大きな問題となった。14年にEU加盟国に難民が行なった庇護申請は63万件だったが、15年は130万件と倍増した。
(*2)フェイクニュースという言葉が広まるきっかけとなったのがブレグジットであった。2016年にイギリスのEU脱退の是非を問う国民投票の際、EUに毎週支払っている3億5000万ポンドを自国の福祉に使おうというメッセージがSNS上で広がるが、これは嘘の数字であった。
(*3)シャルリー=エブド事件とは、ムハンマドの風刺画を掲載した新聞社をイスラーム過激派が襲撃し、警察官を含む12人を殺害した事件。同時多発テロ事件とは、パリ市内の6ヵ所でISISの戦闘員が銃撃と爆弾テロを行ない130人が死亡した事件。
更新:12月27日 00:05