
東京銀行、メリルリンチ、モルガン・スタンレーと国際金融の最前線を歩み、55歳で弁護士に転身した橘真理夫氏。現在は障害者の刑事弁護を専門とし、罪を犯した人の社会復帰を支援する「よりそい弁護士制度」の導入に尽力しています。嘉悦大学学長で国際金融に精通する真田幸光氏との対談から、異色の法律家の来歴と活動の核心をお届けします。
(写真提供:橘法律事務所、構成:佐藤有真[PHP研究所])
※本記事は真田幸光オンラインサロン「経済新聞が伝えない世界情勢の深相~真田が現代の戦国絵図を読む~」で開催されたイベントより一部抜粋・編集したものです。
真田:今日は私の大事な親友、橘真理夫さんに来ていただきました。東京銀行時代からの仲間で、早くに銀行を辞められて、メリルリンチなど外資系で大活躍された後、弁護士資格を取られた方です。米国公認会計士など多くの資格をお持ちで、ニューヨークと東京を行き来する飛行機の中で勉強して取ったと伺って、驚いたものです。私はビジネス弁護士になるのかと思っていたら、違うんですね。いまは刑事事件を中心に、自ら弁護を頼めないような人たちの弁護をされている。まず自己紹介を含めてお願いします。
橘:街の金融業の家に生まれて、早稲田の理工に進んだんですが、当時、理系の先輩がいなかった金融の世界に、敢えて飛び込んでみようと思い、東京銀行に入りました。ニューヨークでディーラーをやって、その後メリルリンチに移って、その後に転職したモルガン・スタンレーで上司と喧嘩してクビになりましてね。解雇無効の裁判をやったとき、その裁判が本当にひどかったので、「これなら自分でやろう」と勉強を始めたんです。でも、なかなか司法試験に受からず、弁護士になったのは55歳のときでした。
橘:司法修習のときに依存症の方などと接した経験もあって、刑事弁護を専門にしました。障害のある方の刑事弁護もやりますが、扱うのは殺人、強盗、覚醒剤といった重大事件が中心です。2024年度は第一東京弁護士会の副会長も務めました。
真田:刑事弁護の現場から、日本社会はどう見えていますか。
橘:裁判をやっているとよく分かるんですが、生活保護などのセーフティネットからこぼれた人を、最後は刑務所が救っている形になっています。何をやってもこぼれてしまう人がいる。その受け皿が結果的に刑務所になっていて、だから日本では野垂れ死にする人があまりいない。これが現実なんです。
橘:たとえば冬が近づくと、住む場所のない高齢者がわざと万引きをするんです。一般商店だと許してくれてしまうから、絶対に警察に通報すると決まっている大手のコンビニをわざわざ選ぶ。捕まえてもらって、やっと屋根のある所でご飯が食べられる。刑事施設によっては、正月にお餅を食べられるので「拘置所でお正月を越したい」という人が実際にいるんですよ。
真田:それは驚きです。
橘:例えば国内最大の府中刑務所では、いまや65歳以上の受刑者が目立って多いんです。刑務所は、受刑者の処遇を本気で考えますし、受刑中は規則正しい生活を送れます。刑務所には医師がいて、処方薬を刑務所職員がきっちり管理して飲ませますから、入るとかえって健康になる。働きたくても働けない、そういう人に機会を与えられない社会そのものの問題かもしれません。
真田:その中で、橘さんが取り組まれている再犯防止の活動について聞かせてください。
橘:再犯を重ねる人は、社会的な弱者が多いんです。お金があって失うものが多い人は、なかなか犯罪を繰り返しません。何度もやってしまう人は大体厳しい生活をしていて、更にそういう人を食い物にする悪い連中も現実にいる。出所しても、彼らにむしり取られてしまい、「刑務所に戻った方がましだ」という人までいるんです。
橘:そこで、前から一部の刑事弁護人がボランティアでやっていた寄り添い活動を、弁護士会の「よりそい弁護士」という制度にして、拡げる仕組みを作りました。不起訴・執行猶予で釈放された人や刑務所を出所した人に対して、本人が拒絶したらやめますが、いつでも電話をかけられる状態にしておいて、時々面接をする。弁護士だけでできることは少ないので、社会福祉士やお医者さんと連携して、治療につなげたり、社会的な制度を使えるようにサポートしたりします。
橘:真夜中に不安を抱えた人から電話がかかってくることもあります。例えば、自殺したいと言われても、私は話を遮ったり説得しようとはせず、まず最後まで聴きます。1時間くらい聴いていると、気持ちが落ち着かれることが多いです。また、社会での弱い立場につけこまれて、他人からの理不尽な請求をされるケースもよくありますが、弁護士が出ていくと、大抵は止まります。横に頼れる存在がいるだけで、精神的に安定していく人は確実にいるんです。まだ寄り添っている人数は多くありませんが、効果は出始めています。
真田:この制度は、どういう問題意識から生まれたのですか。
橘:過去の社会を震撼させた無差別的な大事件を分析すると、共通するパターンがあるんです。加害者が社会的に孤立して、困窮して、最後に自暴自棄になって「世の中をひっくり返してやる」という行動に出る。例えば京アニ放火事件の青葉真司死刑囚は、社会的な孤独を深める過程で、コンビニ強盗などの前科という形で危険なサインが現れていた。こういうサインはさすがに受け止めようと。危なそうな人が、まだ微罪という形で現れてくる段階で網をかけて、できるだけサポートしようと考えたんです。
橘:こういった凶行が1件起きれば、被害者とその家族や関係者まで含めれば千人単位の人を不幸にします。逆に言えば、一人の暴発を防げれば千人を不幸から救える。私が千人救えるなら、10人の弁護士がいれば1万人です。だから弁護士会の制度にして、補助の仕組みも作り、いろんな専門職につなげられるようにしたんです。
真田:厳罰化を求める声もありますが。
橘:お気持ちはよく分かります。ただ、どんな罪でも刑期を終えれば社会に戻さざるを得ない。また、出所者などにGPSを付けて監視したとしても、多少の抑止力にはなるかもしれないけど、依存症などが原因の犯罪にはあまり効果がない。後の祭りになってから居場所が分かっても仕方がないんです。だから、犯罪そのものを抑制できるソフトな仕組みを整備することが、いまできる中では一番現実的だと考えています。治療が必要な人には治療につなげる。矯正と社会的サポートの両方が要るんです。
真田:最後に、この活動にかける思いを聞かせてください。
橘:日本の課題は山ほどありますが、「自分のスコープで何ができるんだろう」とまず考えるんです。私にできるのは、再犯率を少しずつ減らすこと。流されるだけでなく、他力本願でもなく、自分ができるところで貢献していく。そう考えると、やれることは結構あるんですよ。
真田:我々もそれぞれのポジションで、やるべきことをやりながら、ということですね。本日はありがとうございました。
更新:08月18日 00:05