2026年09月08日 公開

138億年前、すべての銀河は、指先にのるほど小さな一点に集まっていました。そこから広がり続ける宇宙の片隅で、私たちは今を生きています。世界各地の神話や民俗信仰に描かれる宇宙観は、そんな遠い記憶とどこかでつながっているのかもしれません。本稿は天文学者の高梨直紘さんによる「現代天文学から見た、人間のこれまでとこれから」の話を受けた「22世紀の人間像研究会」メンバーからのコメントです。(構成:中嶋 愛)
僕は高校ぐらいまで天文学者になりたくて、『月刊天文』も定期購読していました。ビクセンの望遠鏡買ってもらってそれで星空を見ていたりもしたので、今回のお話は大変楽しかったです。
冒頭のところで、高梨さんが人間は何で存在するのかという物語を提供することに天文学が関われるのではないか、とおっしゃいました。僕自身は最近古典の世界に引きこもって『古事記』とか『日本書紀』を読んでいるのですが、冒頭部分がまさに「天の話」で出来上がっているのですよね。
最近の研究でいうと、日本の神話の『古事記』の天照大神はその名前のとおり天から来るのですが、最初は伊勢神宮の在地の神にすぎませんでした。それが日本の中心の神になるのは『古事記』が書かれた8世紀です。その前の3世紀から5世紀、北方の騎馬民族で匈奴という国があったのですが、彼らが天という概念をもっていて、それが日本に入ってきます。
それまで、日本の神々の世界はアニミスティックな世界で、天照大神も一地方の神にすぎず、中心的な存在だったのは大物主という神様でした。そこに北方民族の天という概念が入ってきて、さらにその後にさきほど高梨先生がおっしゃっておられた中国の天という概念が入ってくる。日本の神話はそういう三層構造になっています。
北方の騎馬民族の天の概念は「日」、すなわち太陽です。中国の天の概念は太陽と月の上位に君臨するものです。もう一つ大きな違いは、北方民族も日本人も朝鮮半島の人たちも、もともとは文字を持ってない文化でした。中国の「天」という概念は、文字を持った文明が構築した、哲学的な概念を駆使して理論化した「天」なのです。これが、さっきお話しした『古事記』が書かれた頃に入ってきて、天照大神が日本の神話における中心的存在に躍り出るのです。
なぜ日本は次から次へと外からいろいろな概念を取り入れたのかというと、自分の国を説明しなければいけなかったから。当時は「日本」とは言わず「倭」でしたが、自分たちの国がどういう国として成り立っているのかという説明をする時に、3世紀から5世紀は当時の最先端だった北方騎馬民族の「天」の概念を取り入れ、そしてその後に中国の「天」を取り入れ、それと同時に、地方の神のひとつにしかすぎなかった天照がどんどん立場を昇格していったのです。
こうして見ると、人間を説明したり、日本人を説明したりするときに、天という概念がさまざまな役割を果たしたというのは、日本の古典を研究している僕からしても面白かったです。ただ、それを超えて、宇宙のスケールで考えると、そんなこともどうでもいいなということがよく分かりました(笑)。
先崎さんと同じで、私も天文学者になりたいのにあきらめた口です。小学生のときは交通標識みたいに星座の名前を全部言える子どもでした。中学校でも天文部で、ビクセンの天体望遠鏡を買ってもらって、木星や土星とかを見ていました。
今日のような天文学のスケールの大きな話は、人間は何かを考えるうえでの広がりにつながると改めて感じました。先ほど先崎さんがお話ししてくださった「天」という概念ですが、明治時代に入って、日本の医学から「天」という概念が消えていきました。貝原益軒の「養生訓」にはまだ「天」という言葉が何度も登場しますが、西洋医学が入ってくる中で使われなくなっていく。「天命」という言葉もそうです。そこから「世界は操作可能である」というように認識が変わっていきました。
かつては全国にあった、素朴な月への信仰などもなくなっていきました。民俗学の柳田國男が「二十三夜塔」などへの言及を通じて、日本に古くからある月信仰が人々の精神生活や共同体運営のなかで果たしてきた役割を論じていますが、伝統的な月待ちの行事はほとんど失われてしまいましたね。二十三夜塔の石碑は残っていますが。
いま、イーロン・マスクやジェフ・ベゾスなどが火星探査ミッションに名乗りをあげていて、「人間がテクノロジーの力で全てをコントロールできる」という世界観が、時間の奥行きや空間の広がりに対する感性を麻痺させている気がします。
天文学的な時間のスケールを前提にすれば、SNSへの反応や株価の値動きなどの時間のスケールがいかに短く儚いことか。1日でいくつ「いいね!」がついたとか、1日でいくら儲かったとかに一喜一憂する、そういうものに人間が吸い込まれていっている気がします。
天文学的な時間のスケールを知ると、138億年前の光を私たちは見ていて、それは私たちの存在とつながっているのだと思うと、戦争なんてする気にもならないのではないか、と。
空に同じように見えている星も、地球からの距離は全然違っているんですよね。シリウスはうんと近くて、デネブは遠いところにあるけれど、私たちはそれを一つの星座として見ている。同じように見えていてもそこには奥行きがある。そう考えると、SNS上のタイムラインで流れてくるいろいろな発言にもそれぞれに背景というか、奥行きがあるんだなという感覚が生まれて、それを平面的に見て正しいとか間違っていると判断することがなにかとても浅はかなことのような気になりました。
宇宙は人間にとって一番大きな物語の枠組みになりうる、というお話がありましたが、「自分は何とつながっているのか」ということを考えながら星空を見ると、「とんでもないもの」とつながっているという実感がわいてきます。
最近、ある若手の人文学者が書いた本に「やりたいことしかやりたくない」という一節を見つけて、どことなく違和感を覚えたんです。いま考えてみるとそれは、その視座が「私」に固定されていることへのもどかしさだったのかもしれません。
人文は人間とは何かを探究していく分野です。私たちの存在は、もとをたどっていけば138億年前のビッグバンにまでさかのぼることができるという視点は、私たちが畏れ多い何かとつながっている実感を与えてくれます。この広大な宇宙の片隅で、私たちが「いま、ここ」に生を享けていることの根源的な意味を問い直すことを通じて、「人間とは何か」をより広い視座から考えられるようになるのではないでしょうか。
私は現役時代に一時アメリカのサンディエゴに住んでいたのですが、そのときに出会った量子物理学の研究者がカトリックの方で、毎週日曜日に教会に通っておられました。当時直接本人には聞けなかったのですが、私は物理学を追求しながらどうやって宗教観と両立させているのか不思議に思っていました。
でも、先ほどのマルチバースのような話を聞くと、宇宙が誰かがデザインした世界なのではないかと思わざるを得ない気持ちにもなってきます。デザインしたのが神だとしたら、その神の言語を読み解くというのは、宗教を信じるモチベーションになるかもしれないなと思いました。
一神教と多神教の違いも気になります。一神教だと統一の理屈で宇宙が説明できると考えそうですが、多神教的に捉えると一つの法則にはこだわらないのではないのかな、と。宗教によって、宇宙観の違いが出るのではないか。
また、いま私たちは数字でこの宇宙を理解しようとしていますが、それ以外に何か用いるものはあるのか、ということを思いました。もし宇宙人と会話するとしたら、やはり数字になるのか、それとももう少し次元が違うものになるのか。映画などでもとりあげられているテーマですが。
宗教心を持ちながら科学者をやっている人は結構いると思います。バチカンにはバチカン天文台という天文学の研究施設もあります。ガリレオ・ガリレイも宗教裁判にかけられましたが、キリスト教の神を信じていました。神の御心に近づくためには二つの本を読め、それは聖書と宇宙だ、と言っていたくらいですから。数学を使えるようになって、宇宙を読み解くというのはキリスト教徒としての営みの一環として科学をやるという意味だったと思います。
ガリレオの頃はまだわかっていませんでしたが、全ての銀河は138億年前のある瞬間には、私たちの指先におさまるような大きさでした。にわかには信じがたいかもしれませんが。宇宙の銀河の群れに疎密構造が見える、つまり均一でなくばらばらに広がっているのは、指先ほどの宇宙だった時代に仕込まれた揺らぎの元が拡大し、最終的に現在私たちが見ている銀河の分布になっています。
自分と関係がまったくないようなものすごく遠くにある銀河も、時間をたどるとすぐ近くにあったのです。さらにいえばその指先の大きさだった宇宙の外側にも空間は無限にあって、我々がかかわっているのはそのごく一部に過ぎない。
こうなるともう、神様、お釈迦様の世界ですよね。宗教の言語でしか語りえない世界があるかもしれません。でも、可能な限り宗教の言語は使わないで語れるものを語ろうとするのが科学です。統一原理でシンプルに世界を語ろうと科学的な態度は真・善・美を追求するという意味で一神教的な考えに似ていなくもないです。
仮に科学が宇宙の始まりというところまで説明できても、始まる前には何があったのか、といったところになるととたんに説明できなくなります。科学は必ずしも人間に都合がいいことを追求するものでもありません。「宇宙はいつか終わる」というあまりうれしくはない事実を語る言語なので、ある意味で暴力性もあったりします。
先ほど先崎さんが『古事記』のお話をされましたが、古事記によると天地開闢の際に造化三神といって三柱の神様が出てきますが、どこから来たのかという話は書かれていません。それは現代的な感覚でいえばいい加減ですが、その緩さが一つの知恵でもあると思いますね。
*本原稿は、多様な領域の専門家とともに「人間とは何か」を問い直し、次の時代を切り拓く人間像を模索していく「22世紀の人間像研究会」の内容を記事化したものです。
更新:09月08日 00:05