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「力の支配」に傾く強国の時代...多秩序世界で求められる戦略外交

墓田桂(成蹊大学教授)

国際秩序

混乱に見舞われ、 「世界秩序の断絶」が語られるいま、 日本は何をなすべきか。米中両国を見据え、 「自由で開かれた国際秩序」を世界に拡げることが、 高市政権下における日本外交の進む道となるだろう。墓田桂・成蹊大学教授が高市外交の針路を読み解く。

※本稿は、『Voice』2026年4月号より、内容を編集したものです。

 

「ドンロー主義」の衝撃

2026年初頭、わずか数週間のうちに歴史の歩みが大きく進んだ。

ドナルド・トランプ大統領の指示のもと、アメリカはベネズエラに侵攻し、ニコラス・マドゥーロ大統領を拘束した。電光石火の作戦である。米合同部隊によって拘束されたマドゥーロ氏は、ニューヨークで裁判を受けることになった。

ベネズエラへの軍事介入は、別の独裁政権にも影響を及ぼした。中東のイランでは、アリ・ハメネイ体制を打倒する民衆の動きが勢いを増した。同国の各所で大規模なデモが発生したが、体制側の弾圧も激しい。アメリカは空母打撃群を派遣するなどして、イランを牽制し続けている。

この2カ国をめぐる展開には既視感があるが、重大な問題は、トランプ大統領がグリーンランドの占有に並々ならぬ意欲を示したことだ。

北極圏にあるグリーンランドが地政学的な要衝だとしても、デンマークの一部をなす自治領に対する渇望は尋常ではない。北大西洋条約機構(NATO)の加盟国を揺さぶって、トランプ政権は「合意枠組み」を取り付けた。「アメリカ51番目の州」と蔑んだカナダとの関係ばかりか、北大西洋に深い亀裂が生まれた。

一連の出来事に先立ち、2025年12月、トランプ政権は「国家安全保障戦略」を発表していた。戦略文書は西半球での権益を確保し、アメリカに挑戦する勢力を排除することをめざす内容だ。トランプ流にモンロー主義を解釈した「ドンロー主義」が投影されている。

戦略文書が実施に移された格好だが、政権の威嚇的な手法とあいまって、アメリカの対外姿勢は世界の不安定要因となった。

 

断絶した世界秩序

世界の地殻変動は誰の目にも明らかだろう。カナダのマーク・カーニー首相は、2026年1月のダボス会議で「世界秩序の断絶」と描写した。「原則と現実――カナダの進む道」と題した演説で、カーニー氏は「ルールに基づく国際秩序」への幻想を一蹴した。そこにはトランプ時代への危機感と、変わりゆく世界に向き合う覚悟が見て取れる。

同月末には、イギリスのキア・スターマー首相が英首相としては8年ぶりに訪中し、習近平国家主席と関係強化を確認した。米欧不和をよそに、西側首脳の対中接近が際立つ。

比較の原理で中国は大人しく見えるのかもしれないが、独裁体制と覇権主義が和らいだわけではない。習主席は軍幹部を次々と失脚させ、権力をさらに集中させた。中国はロシアとともに日本周辺で示威行為を行ないつつ、尖閣諸島をはじめ南西方面での挑発を繰り返す。わが国に対する経済的威圧も止まない。

世界秩序を支えることに、アメリカはもはや関心をもたない。新たに発表された「国家防衛戦略」は中国を力で抑え込む方針を示したが、西半球を優先するトランプ政権が中国との宥和に傾き、地域覇権を認め合う可能性も完全に排除しきれない。だとすれば、「トランプ・ライン」はどこで引かれるのか。

戦狼の中国と貪狼のアメリカに挟まれた日本は、難しい局面にある。身勝手に振る舞う大国間で振り回される運命なのか。総選挙では高市早苗政権が国民から強い信任を得た。時代が要請したのだろう。その外交手腕がすぐにも試される。

 

顕在化した国際秩序群

中国、ロシア、そしてアメリカの行動は、それぞれに異なるかたちで世界を混乱させている。「秩序なき世界」に見えても仕方ない。

ただ、完全な無秩序に陥ったわけではない。挑戦を受けているとはいえ、国際法秩序も残っている。日本をはじめ数々の主権国家が存立しているのは、秩序が残存していることの証左である。雑然とした様相の根底にあるのは、むしろ多秩序(multi-order)と言える実相だろう。

アメリカ優位の世界秩序が徐々に相対化されていった一方で、さまざまな国際秩序群(international orders)が顕在化した。多秩序の現象は、その新しさを強調した先行議論に反して、従来から存在していた。世界の構造変化が秩序の群像を浮かび上がらせたのである。

今世紀初頭から世界の多極化、あるいは分極化は少しずつ進行していた。アメリカがアフガニスタンとイラクで泥沼に陥る一方で、ロシアと中国はさまざまに現状変更を図ってきた。一帯一路政策や、海洋と陸地での膨張は、中国の企ての一環である。大国以外の国々もそれぞれに伸長した。世界秩序は然るべく変容する。

「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国がもたらした影響はとくに大きい。ゲームを変えたのである。画一的ではなく、一枚岩でもない存在だが、これらの国々のなかで一定の制度化が進んできた。

2025年に10カ国の体制となった拡大BRICSはその一つだが、ここでも新たな秩序が生まれている。BRICSのほかにも、ユーラシアでの上海協力機構や国際連合での「G77プラス中国」など、いくつもの制度が存在する。それに伴う秩序群が「南」の世界で形成されていることは無視できない。

わが国も多秩序の趨勢と無縁ではない。日米豪印(QUAD)の協力や、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)は重層的な秩序を創り出した。

種々の秩序が生まれ、それに付随するガバナンス群も現れている。水平的な国家間関係に照らし合わせれば、「統治」というよりは「協治」の空間である。国際秩序群と同様、ガバナンス群は、単数形では語り得ない世界の一端にほかならない。

世界を統べる国は、どこにもない。アメリカも中国も世界秩序を制するには及ばない。

しかしその一方で、主導国や参加国の異なる国際秩序群がまだら模様に散在している。国際連合や地域の枠組みも、主権国家体制という基幹秩序と連動しながら、さらなる秩序を生んできた。これらを含めた国際秩序群は世界に遍在し、時に大小さまざまな非国家主体を巻き込みながら、重なり合って展開している。その強度、規模、性質は、同じではない。

中世的な多秩序の世界が露わになっている。対応は複雑になるが、日本にとって好機と言えるのは、その世界では中国でさえも相対化される点だろう。

 

「自由で開かれた国際秩序」

激変する世界にあって、日本はいかなる国際秩序観を示し、世界に自身の立場を伝えているのだろうか。年頭の所感で高市首相は、「世界を見渡せば、我々が慣れ親しんできた自由で開かれた国際秩序は揺らぎ、覇権主義的な動きが強まるとともに、政治・経済の不確実性が高まっています」と述べている。

2025年11月、G20ヨハネスブルグ・サミットへの出席に際し、高市氏が南アフリカの地元紙に寄せた文章は示唆に富む。「我々の慣れ親しんだ国際秩序」に対する挑戦に触れたうえで、「我が国は『自由で開かれたインド太平洋』というビジョンに則り、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化を目指してい」るとしつつ、アフリカとともに「責任あるグローバル・ガバナンスの構築を目指したい」と記した。

2016年8月に安倍晋三首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」は、日本外交の柱となってきた。これに加え、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」という理念が、高市首相によってあらためて示されたのである。

『Voice』2024年3月号でも論じたように、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」は外交メッセージとして岸田文雄政権によって定式化され、2023年5月に開かれたG7広島サミットの際の標語となった。

しかし、元をたどれば、2017年に安倍政権下で「自由で開かれた国際秩序」が使われ始め、菅義偉政権に引き継がれた経緯がある。石破茂首相も「責任あるグローバル・ガバナンスの再構築」とともに、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」に言及していた。

 

法の支配、そしてグローバル・ガバナンス

日本が唱える「法の支配」は「国家間の法の支配(the rule of law among nations)」を指している。「国際的な法の支配(the international rule of law)」とも言い換えられる。「自由で開かれた国際秩序」は「国家間での法の支配」を重視する理念で、力による現状変更を拒絶するものだ。日本は一貫した姿勢で国家間関係における国際法の原則を強調してきた。

「グローバル・ガバナンスの再構築」は石破政権時に政策課題として明示され、高市政権も引き継いだ。次なる外交課題と位置付けられているのだろう。実際のところ、グローバル・ガバナンスは戦略空間として重要性を帯びている。

2025年9月、習主席は中国の天津で開かれた上海協力機構の首脳会議で「グローバル・ガバナンス・イニシアティブ」を掲げた。野心的な提言である。

翻ってアメリカは旧来の制度に背を向ける。2026年1月には、政治的志向や非効率を理由として、国連関連のものを含む60余りの国際的な制度やプログラムから撤退することが発表された。世界保健機関(WHO)からの脱退も完了した。その一方で、パレスチナ・ガザ地区の復興を目的とした「平和協議会」を独自に立ち上げた。「トランプ国連」と揶揄する向きもあるが、平行する多国間制度という点では従来の中国の手法に近い。

日本がどのようにグローバル・ガバナンスの構築を図るのかは明らかにされていないが、地球規模の課題はもとより、中国の野心とアメリカの変心という双子の課題に向き合うことになるだろう。

 

新たな時代の秩序戦略

わが国はFOIPと「自由で開かれた国際秩序」という二層のナラティブを唱えてきた。FOIPは政策として具体化されてきたが、高市首相は時代に合わせてFOIPを進化させる意向を明らかにしている。

2026年はFOIPが提唱されてから10年目にあたる年である。広域の秩序を描くこの構想は、中国との勢力均衡に寄与するものとなった。一貫したメッセージングに加え、質の高いインフラや連結性の向上など、日本が主導した取り組みが功を奏した。

ただ、世界情勢は新たな局面に移っている。「世界秩序の断絶」が語られるなか、FOIPの進化は、中国・ロシア・北朝鮮の脅威のみならず、グローバルサウスの台頭、トランプ政権の威嚇外交、そして米欧対立という、複雑な要素を考慮しなければならない。

順当に考えれば、自律性を重んじる新興・途上国に働きかけ、価値と利益を共有するNATO諸国と連携する方向で進むだろう。安倍氏が唱えた「二つの海の交わり」を念頭に、北極圏も視野に入れ、インド太平洋に大西洋を加えた「三つの海の交わり」が語られよう。高市首相が重視する政策も基軸となるはずだ。

日本外交の大きな指針も求められる。それは中国との秩序戦ばかりか、「ドンロー主義」の余波を意識しながら、FOIPの経験を元にして、戦略外交を発展させることにほかならない。インド太平洋地域で主導的な立場につくにも、より広い外層での展開が鍵となろう。地球儀を俯瞰する姿勢が肝要だ。

その観点から、「自由で開かれた国際秩序」を起点に「世界イニシアティブ」を提唱するのも一案だろう。

本来であれば、日本も「グローバル」を看板にするべきだろうが、中国との差別化を考えなければならない。習近平政権は戦略的ナラティブとして、「人類運命共同体」に加え、「グローバル・ガバナンス・イニシアティブ」を含めた「四大グローバル・イニシアティブ(全球倡議)」を提唱してきた。「世界」なら違いを見せられよう。

 

多元的な秩序群の形成

壮大な「世界イニシアティブ」が日本外交に相応しくないとしても、「世界秩序の再生」くらいは首相演説で述べても良いだろう。いずれの場合も、「自由で開かれた国際秩序」を世界に拡げることが針路となる。

メッセージングに際しては、国際秩序群を擁する「多秩序世界」という考えがプラスに働く。「多秩序」は中国を相対化する解釈も可能である。細分化された世界秩序を日本の秩序構想が統合できるとは考えづらい。ならば選ばれうる理念として提唱し、多種多様な連合を通じて、緩やかな秩序群を多元的に形成していくのが良い。ただし、「多秩序」の言葉は表に出さないのが得策だ。

今後の戦略外交ではミドルパワー(中堅国)が鍵となると考えられるが、「アッパーミドル」から「ローワーミドル」まで広く捉え、連携相手とするのが妥当だろう。日米豪印の一角をなすインドや、パラグアイなどの台湾承認国の存在も、日本として忘れてはならない。世界に散在する途上国の役割も重要になる。

ただ、「非米」と「反米」が入り混じり、中国に接近するカナダの姿勢とは一線を画す必要がある。不在になるとしても、アメリカの関与を粘り強く求めていくしかない。カーニー演説には遅れをとった日本だが、より高い次元で対話を進めていくべきだ。「国際社会を分断と対立ではなく協調に導く」という修辞もふたたび活きてくるだろう。

地域ごとの働きかけも欠かせない。日本の地域外交は信頼を勝ち得てきた。自由と開放性の旗印を示しつつ、最大限に資産を活かす場面となろう。日本と中央アジア5カ国は「自由で開かれた中央アジア」を謳ったことがある。グローバルサウスとの関連では南大西洋地域も見落とせない。「自由で開かれた南大西洋」の提唱は日本外交の地平を拡げるに違いない。

もっとも、外交資源には限りがあるから、対象地域には濃淡をつけて、効果的な手法を追求するしかない。インドの「グローバルサウスの声サミット」のように、オンラインの活用も選択肢である。

「自由で開かれた国際秩序」とともに、FOIPを高く掲げることも重要だ。切れ味の良いFOIPには中国を牽制する含意がある。トランプ政権との精神的紐帯としてもFOIPが役立つ。多層的なメッセージングは時代に合致しよう。

 

法の支配を支える力

力を背景とした「ドンロー秩序」は、東半球の覇権主義を勢いづかせ、勢力圏ごとの世界分割を促すのだろうか。

トランプ大統領がグリーンランド領有に躍起になったことは、ロシアに領土拡張を正当化する好条件を与えている。セルゲイ・ラブロフ外相は「グリーンランドがアメリカにとって重要であるのと同様に、クリミアはロシアの安全保障にとって重要である」と言ってのけた。

国際法の原則が危うくなっているのは事実である。しかし、それは法が無意味であることを意味しない。国際法秩序は弱い国にこそ裨益する。日本が追求すべきは法の支配であることに変わりない。

安倍政権の時代から、日本は法の支配を訴え続けてきた。領土一体性の原則があってこそ、日本の領土は守られる。だが、法の支配が中露の覇権主義への抵抗の印だとしても、完全に実現するのは難しい。平和主義に覆われる日本では、法を支える力についての真剣な議論は避けられてきた。国際法や関連する制度への夢想的な信奉もあっただろう。

国力こそが自国の平和を支える。日本は敵意をもつ三つの核保有国に囲まれている。なかでも中国は難題であり続けるだろう。19世紀的な状況に遭遇する日本にとって、抑止と防衛のための軍事力の増強は避けて通れない。当然ながら、核抑止の議論も求められる。同盟国の力を誘導すべく、日本と台湾の防衛こそが国益に繋がるとアメリカに訴求することも重要だ。

ウクライナ戦争以降に語られた「時代の転換点」は、トランプ第2期政権が決定的にした。好むと好まざるとにかかわらず、世界は変わりゆく。

高市政権は地殻変動を奇貨と捉え、能動的に行動するしかない。多秩序世界のなかで埋もれることなく、日本はみずからの安全と国益を守るための旗艦的な外交施策を構想する必要がある。混乱に戸惑う余裕はない。

プロフィール

墓田 桂(はかた・けい)

成蹊大学教授

1970年生まれ。外務省勤務を経て、2005年より成蹊大学文学部国際文化学科にて教鞭を執る。専門は国際政治学、安全保障研究。公法学博士(国際公法専攻、仏国立ナンシー第二大学)。自由で開かれたインド太平洋研究所(I-FOIP)代表。著書にIndo-Pacific Strategies: Navigating Geopolitics at the Dawn of a New Age(共著、ラウトレッジ社刊)、『インド太平洋戦略—大国間競争の地政学』(共著、中央公論新社刊)、『インド太平洋をめぐる国際関係—理論研究から地域・事例研究まで』(共著、芙蓉書房出版)など。

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