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「自由で開かれた国際秩序」は実現するか

2024年03月11日 公開

墓田桂(成蹊大学教授)

墓田桂

外交における言葉の意味はじつに大きい。「インド太平洋」とその先に向けた日本の戦略的メッセージングはいかにあるべきか。「歴史の転換期」に日本が提唱する「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」の含意を検証する。

※本稿は『Voice』(2024年3月号)より内容を一部抜粋・編集し、加筆・修正したものです。

 

後ずさりした「インド太平洋」

「インド太平洋」は消えたのか——日本外交が培ってきた概念が遠のいたように見える場面があった。

昨年(2023年)10月23日、国会での所信表明演説のことだ。これまで政府が唱えてきた「自由で開かれたインド太平洋(free and open Indo-Pacific: FOIP)」に岸田文雄首相が触れることはなかった。

その一方で、岸田は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を繰り返した。「インド太平洋」には言及したが、「自由で開かれた」空間ではなく、「成長センター」と表した。重要な戦略空間であるはずのインド太平洋は後ずさりしている。

2022年2月のロシアによるウクライナ侵略を受け、日本は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を強く訴えてきた。国際法の原則への挑戦が続く状況にあって、その主張は正しい。ただ、このスローガンは「法の支配」と並んで「自由で開かれた」を謳うものの、「国際秩序」を前面に出す。言葉のうえで「インド太平洋」は後景化した。

岸田首相の演説内容に疑念を抱いた筆者は、「FOIPは死んだのか」と題した論考を海外のオンライン誌に寄稿した(“RIP FOIP? Examining Japan’s New Foreign Policy Mantra,” The Diplomat, November 3, 2023)。安倍晋三元首相のスピーチライターで、内閣官房参与を務めた谷口智彦も「消えた『インド太平洋』」と題したコラムを『産経新聞』(2023年12月17日付)に寄せている。その反響は大きく、この問題がにわかに脚光を浴びた。

日本の新たな外交メッセージをどのように捉えればよいのか。

 

「インド太平洋」から「国際秩序」へ

「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」は、岸田政権が掲げる外交・安全保障政策の最重要課題である。内閣の主要政策を紹介する首相官邸のウェブページも、ほかの項目を抑えて最上位に位置付ける(2024年2月15日時点)。令和5年版『外交青書』の「巻頭言」もこれに近い。

林芳正外相(当時)は「ポスト冷戦時代に平和と繁栄を支えた法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序は、パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化に伴い、重大な挑戦にさらされています」と述べている。この巻頭言に「インド太平洋」の語はない。

「インド太平洋」はすでに日本の大戦略を表す言葉になった。これを組み込んだFOIPは日本発の構想として広く知られる。それでも岸田は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」を訴えた。安倍政権が使い始めたこのフレーズは、岸田外交の中軸となった。就任後に表明した「新時代リアリズム外交」では掲げていないから、「歴史の転換点」に対応したものだろう。

ロシアのウクライナ侵略、そして日本のG7議長国就任を経て、日本の外交メッセージは更新された。昨年一月の施政方針演説で岸田が誓ったとおり、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」は世界に発信された。G7広島首脳コミュニケもこの言葉を刻んでいる。

中国やロシアに代表される専制主義国家の動向は、世界的に捉えなければならない。とすれば、地理的に制約のあるFOIPでは限界が生じる。ウクライナ戦争はその好例だろう。新たなスローガンは「自由で開かれた」という枕詞(まくらことば)はそのままに、「インド太平洋」という地理の縛りを克服する。そして何よりも国際法の原則を強調する。施政方針演説を引用するなら、「力による一方的な現状変更の試みは、世界のいかなる地域においても許されない」という原則だ。「インド太平洋」から「国際秩序」に視界を広げつつ、普遍的かつ正当なメッセージを伝えるのである。

第一次安倍政権では外相(当時)の麻生太郎が「自由と繁栄の弧(こ)」を提唱し、ユーラシア大陸の外周を囲む外交構想を掲げた。安倍自身、FOIPの基となった「二つの海の交わり」をインドで唱えている。第二次安倍政権は、海洋秩序を含めたルールに基づく国際秩序を一貫して擁護した。その代表例がFOIPだが、もとより戦後日本の外交は国際協調主義を育んできた。岸田政権が唱導する「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」は、これまでの取り組みの完成形にほかならない。

とはいえ、大国間競争の争点たる「国際秩序」を標榜するのは大胆ですらある。高らかな宣言ゆえに、後には引けない。

 

受け継がれた理念

「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」がスローガン化されたのはここ数年のことだが、このフレーズは以前から存在していた。「自由で開かれた国際秩序」だけなら、出現したのはさらに古い。

1980年7月、大平正芳内閣の委嘱を受けた研究会が報告書で「自由で開かれた国際秩序」に言及している。いまに連なる国際秩序観がこのころに顕在化したことは中野涼子や山口航の研究が示すところだ。新聞紙上では、田中直毅が『日本経済新聞』(1990年1月4日付)で触れたり、船橋洋一が『朝日新聞』(2010年11月3日付)のコラムで「法の支配」とつなげて使ったりしている。

2010年12月に菅直人内閣で決定された「防衛計画の大綱」にも「自由で開かれた国際秩序」の記述が見られる。このほか、2015年3月、参議院の公聴会において、一橋大学の秋山信将が「民主主義と自由貿易を原理とする自由で開かれた国際秩序」に日本が貢献してきた旨を述べている。

こうして語り継がれてきた観念を安倍政権が継承した。2017年初頭、FOIPの後を追うかのように「自由で開かれた国際秩序」が発信され始める。『外交青書』などでも使われていた言葉だが、首相官邸と外務省が一斉に用いようとした跡がうかがえる。

同年1月、岸田外相(当時)はフランス訪問にあたり『ル・フィガロ』紙(同年1月5日付)に寄稿した。岸田は「自由で開かれた国際秩序(ordre international libre et ouvert)」に触れつつ、自由貿易と法の支配を強調している。同月、安倍首相(当時)はフィリピン、オーストラリア、インドネシア、ベトナムを歴訪した。これに際し、菅義偉官房長官(当時)は「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を担うアジア太平洋の主要国と、連携を図ることの重要性を訴えていきたい」と説明している(同年1月11日付『日本経済新聞』)。

2017年に入って「(法の支配に基づく)自由で開かれた国際秩序」が浮上しているのは興味深い。推測の域を出ないが、アメリカ・ファーストを唱えるドナルド・トランプ政権を意識した可能性も否定できない。同年3月、安倍がドイツでアンゲラ・メルケル首相と会談した際、少なくともそうした認識があったと推察される。記者会見で安倍は「メルケル氏と自由で開かれた国際秩序こそが平和と繁栄の礎であるという点で一致した」とし、「日欧が米国とともに協力して自由貿易の旗を高く掲げ続けなければならない」と語っている(同年3月20日付『日本経済新聞』)。

FOIPの陰に隠れたとしても、「自由で開かれた国際秩序」が安倍外交の遺産であることに変わりはない。地球儀を俯瞰した外交姿勢とも符合する。菅政権もこの理念を積極的に唱えたが、時流に即してさらに鮮明にしたのが岸田政権だった。

 

「自由で開かれた」という日本の旗印

日本外交が好んで用いるのが「自由で開かれた」の枕詞である。政策の一貫性を担保するだけではなく、みずからの理念を伝える重要な要素となっている。生前の安倍も筆者に語っていたが、安直に変えてはならない大切なものだ。

では具体的に何を意味するのか。政府による「自由で開かれた」の定義は存在しないものの、公式、非公式に使われる言葉を用いるなら、FOIPに関しては「威圧と略奪の拒否」とも解釈できる。FOIPが中国への対抗概念として語られるのにも似て、この枕詞が「牽制」として働くからである。

「自由で開かれた国際秩序」に関しては、枕詞の素性がやや異なる。「自由で開かれた国際秩序」は、liberal international orderの呼び換えでもあった。「自由主義的な」ではなく、響きの良い日本語が当てられた。ただ、言語間で隔たりがあったことは否めない。結果として、政府の唱える「自由で開かれた国際秩序(free and open international order)」は翻訳に整合性をもたらした。

「自由で開かれた」は日本外交の志向を映し出す。それは共通の価値と原則を説くものだ。もっとも目下の重点は国家間における法の支配に置かれており、その意味では「原則」を前面に出す。liberal international orderに通じる規範や制度を重んじるものの、人権や民主主義に関する主張は抑制的なもので、さまざまな点で差別化された志向と言えよう。

中国やロシアによる力による現状変更の試みが続くなか、国家主権や領土一体性、紛争の平和的解決といった国際法の基本原則はこれまで以上に重みをもつ。これらの堅持は日本にとって死活問題だが、グローバル・サウスにとっても同じだろう。

原則を唱えつつも柔軟に運用できる枕詞は、メッセージングにおいて利便性が高い。対話の相手に合わせて「自由で開かれた」を個別化することが可能だからだ。ある日本の外交官は、ありうべき説明として、「自由」は国の独立を保持し自律性を高めるもので、「開放性」はパートナーの多角化を意味するものとの考えを示していた。相手国の共感を得る説き方だ。

FOIPが定着させた「自由で開かれた」の旗印をブランディングに活用しない手はない。「フリー・アンド・オープン」は語感も良い。とはいえ、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序(free and open international order based on the rule of law)」は簡潔さを欠く。「法の支配による国際秩序」が真意だとしても、ネーミングの最適解は「法の支配」を省いた「自由で開かれた国際秩序」だろう。略語はFOIOとなる。当然ながら、「法の支配」は平和と繁栄の基本原理としてFOIOを導く。

 

FOIPとFOIO——インド太平洋とその先に

現在、日本はFOIPとFOIOを発信しているが、この二つはどのように関係するのか。

外務省の説明は明快だ。FOIOをインド太平洋地域で「具現化」したのがFOIPである(下地図参照)。理論上、FOIOという大きな理念の地域版が存在すると考えれば、合点がいく。FOIOは時系列で見ればFOIPの進化形かもしれないが、本質的にはFOIPの上位概念である。

地図「FOIOとFOIPの相関図」

「国際秩序」には空間的な広がりもあり、利点は大きい。日本が世界の国々に働きかけるとすれば、地理の制約を受けないメッセージのほうが通りやすい。実際、インド太平洋以外の地域にもグローバル・サウスの国々は存在する。たとえば、ユーラシア内陸の中央アジア諸国にはFOIOのほうがより強く当事者意識を訴求するだろう。

むろん日本の唱える語句が受け入れられたとしても、グローバル・サウスから中国やロシアの影響力を排除できるわけではない。有利な国際環境はそう簡単には形成できない。だが、日本は世界と向き合う必要がある。

「インド太平洋」から「国際秩序」に視界を広げた政府の判断は間違ってはいない。世界全体を考えるなら、インド太平洋とその先(the Indo-Pacific and beyond)を見据えるのは当然だろう。「インド太平洋」からは多くの地域や空間が漏れてしまうが、FOIOは補完的な視点を提供する。インド太平洋の域内にあってもFOIOは補完的な役割を果たす。FOIPや「インド太平洋」概念の戦略的な含みを警戒する国は少なくない。こうした国々に働きかける際、FOIOはFOIPの代替となる。太平洋島嶼国へのメッセージングはその好例だ。

上位概念にFOIOを据えれば、「自由で開かれた」の旗印はさまざまな地域や空間、テーマにも適用できる。「自由で開かれた海洋秩序」や「自由で開かれた経済秩序」などの先例に加え、新しい用例も生まれている。2022年12月の中央アジア・日本の外相会合の共同声明はFOIOとともに「自由で開かれた中央アジア」を盛り込んだ。FOIOの新たな地域版と言えよう。

FOIOはインド太平洋の中の見方にも再考も促す。インド太平洋が地政学的な重心だとはいえ、地理は複眼的に捉えるべきだろう。たとえば、軍事戦略の観点で台湾有事を想定すれば、旧来のアジア太平洋の境域も疎かにできない。日米豪が企図する地域的な体制は示唆に富む。日米豪印からなる「インド太平洋クアッド」に加えて、「アジア太平洋クアッド」と呼びうる日米豪比の枠組みを発足させた。

考慮すべきはアジア太平洋に限らない。西太平洋や東アジア、日本海、さらにはベンガル湾など、「インド太平洋」に埋もれた空間を掘り起こす段階にある。

 

消してはならない「インド太平洋」

日本外交から「インド太平洋」の言葉は消えてはいない。今年(2024年)1月の施政方針演説で再び言及されたように、FOIPはいまでも使われている。ただ、インド太平洋への視点が所々で後退している事実は否めない。

FOIOを唱えると、インド太平洋への「シャープな視点」が消えてしまう。『産経新聞』のコラムで警鐘を鳴らした谷口の見解は的を射ている。「面白がったのは北京だろう」との見立ても無下にはできない。対中牽制が弱まるおそれが否定できないからだ。

思想的リーダーの日本だからこそ、FOIOを打ち出せた。けれども、大風呂敷ゆえの課題も生み出した。世界に広げた視界は、地域への焦点を霞ませる。FOIOのジレンマにほかならない。日本の主張が立ち並び、FOIPとFOIO双方の効果が薄まることも懸念される。FOIPを支えてきた国内外の関係者は「梯子を外された」と感じないだろうか。

FOIOは磨き上げられた理念だが、その長短を見ていく必要がある。FOIOとFOIPの正の相乗効果を得るには、負となる要因の解消が前提となる。観念的な説明以上に政策面での整理が求められよう。「法の支配」が錦の御旗ならば、法領域を含めた認知戦への対応も重要だ。根本的な問題として、時の政権の戦略観や対中姿勢も問われるだろう。FOIOが対中牽制につながるか否かはこれ次第である。

インド太平洋を地理において相対化することは、日本外交の辞書からこの語を葬ることを意味しない。自由と開放性を謳う「インド太平洋」は対中牽制の代名詞となった。日米豪印の合言葉にして、インドを引き留める紐帯である。アメリカは統合軍の名称としても受容した。域外の国や内陸国に対しては憧憬すらかき立てる。

求心力のある「インド太平洋」というシンボルは、巧みに用いなければならない。

「言霊(ことだま)の幸(さきわ)ふ国」なら戦略的メッセージングも本来は得手のはずだろう。外交における言葉の重みを見つめ直したい。

 

【関連文献】 Kei Hakata, Teruaki Aizawa, and Brendon J. Cannon, “Japan’s Strategic Messaging for a ‘Free and Open International Order (FOIO)’: Can It Preserve its Indo-Pacific Achievements?” Focus Asia, Stockholm: Institute for Security & Development Policy (ISDP), February 2024.

 

著者紹介

墓田 桂(はかた・けい)

成蹊大学教授

1970年生まれ。外務省勤務を経て、2005年より成蹊大学文学部国際文化学科にて教鞭を執る。専門は国際政治学と安全保障研究。公法学博士(国際公法専攻、フランス国立ナンシー第二大学)。カナダ・ラヴァル大学インド太平洋研究講座メンバー、ウズベキスタン世界経済外交大学アソシエイトフェロー。著書にIndo-Pacific Strategies: Navigating Geopolitics at the Dawn of a New Age(共著、ラウトレッジ社刊)、『インド太平洋戦略—大国間競争の地政学』(共著、中央公論新社刊)など。

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