Voice » 政治・外交 » 「行政の長」と「体制の変革者」という二つの面...指導者としてのトランプをどう評価するか

「行政の長」と「体制の変革者」という二つの面...指導者としてのトランプをどう評価するか

中西輝政(京都大学名誉教授),冨田浩司(前駐米大使)

MAGA派シンクタンク

トランプ大統領の政策の中身については、あるべき国際的な理念をふまえて西洋諸国からも批判されているが、他方でその指導者としての多面性とその政策の意外な方向性にも目を向ける必要がある。

京都大学名誉教授の中西輝政氏と、前駐米大使の冨田浩司氏による対談から、指導者としてのドナルド・トランプについて考える。

※本稿は、『Voice』2025年12月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

曲がり角を迎えている世界

【中西】現下の国際情勢を見渡せば、日本の舵取りを担う政治指導者にとっては非常に厳しい「世界大乱の時代」であることがわかります。冷戦後に期待された安定した世界秩序はいまや遠くに退き、眼前にはカオスでまったく不透明な世界が広がっている。そのことは最近、国際社会で起きたごく卑近な事例を見てもわかります。ただしよく目を凝らすと、そのさらに向こうには新たな可能性も見てとれるでしょう。

去る2025年9月9日、ロシアの無人機がポーランド領空を侵犯しました。アメリカのトランプ政権は曖昧な態度をとりましたが、これに対してNATOは背骨のしっかりとした対応をしました。中東に目を向けると、同日にネタニヤフ首相のイスラエルがカタールにミサイルを撃ち込んだことも、中東が「超大乱」に陥るか、はたまたアク抜きになり和平を後押しするか、一種微妙な展開でした。

さらに翌10日には、アメリカで第二次トランプ政権誕生の立役者の一人と言われた保守派の活動家チャーリー・カークが暗殺されています。MAGA派がこの事件について「民主党のせいだ」と声をあげている様子を見ると、アメリカの分断はいよいよ暴力的な要素を加速させていくかもしれないけれども、他方、トランプ陣営内部に亀裂が生じる可能性もあり、とくにJ・D・ヴァンス副大統領の動きには注視する必要があると思います。

これらの直近の動きを見ても、世界がいま一つの曲がり角を迎えているのは事実でしょう。そこで私が強調したいのが、われわれは観察者として、この曲がり角の、さらに「その先」を見なければいけない、ということです。さらに言えば、時代の大きな転換期の渦中では往々にして悪い面ばかりが語られますが、ただの悲観論に陥ればそれは思考停止にほかならず、実務的にも政策論的にも健全ではありません。

【冨田】カオスに包まれる現下の世界で、いまもっとも世界的に注目されているのが、トランプ外交であることは論を俟ちません。ただし、トランプ大統領が出す「解答」は正しくないかもしれないけれども、提示する「質問」は必ずしも間違っているわけではありません。

昨今、よく「戦後秩序が危機に瀕している」と指摘されます。しかし、そもそも戦後秩序とは何であるかと考えると、かつての冷戦構造下で、アメリカがいかにソ連に勝つかを思索するなかで生まれた秩序でした。その結果、アメリカが西側の盟主として、安全保障にしても経済にしても大きな負担を引き受けたのです。

問題なのは1990年代に冷戦が終結しても、従来の仕組みがそれなりに機能していたがゆえに、新秩序について真剣な議論が行なわれてこなかったことでしょう。この「不都合な真実」を白日のもとに晒し、負担のリバランスを求めているのがトランプ大統領なのです。

とはいえ、とくに中国の脅威に鑑みれば、安定した世界秩序のためにはアメリカの指導力と貢献が不可欠です。そうであるならば、どうすれば引き続きアメリカに世界の繁栄と安定のため関与してもらえるのか、西側はよく考える必要がある。その点、負担のリバランスという観点では、アメリカがもっとも不満を抱いていた欧州の自主的な防衛努力は改善されはじめていますから、トランプ外交は前向きな成果を収めていると言えるかもしれない。

 

問題の根源は「冷戦の終わり方」

【中西】結局のところ、「冷戦の終わり方」に大きな問題があり、それが現在に至るまで尾を引いているということでしょう。冷戦終結後のアメリカは、製造業を支える社会構造が著しく劣化するなど、国内問題が非常に深刻な状況に陥っていました。それでも湾岸戦争を契機に、ブッシュ(父)政権やネオコンの識者などは一極主義を唱えて、この「アメリカの衰退」を放置し、世界の民主化のためには武力を用いた介入も辞すべきではないとして、引き続き「世界の警察官」を演じてみずから進んで大きな負担を背負い込んだのです。

そうしてアメリカは、足元の大きな国策の方向がいい加減なまま、世界の問題に関わり続けることになりました。そして当然のこととして、「なぜアメリカだけが大きな犠牲を払って世界に関わる必要があるのか」という素朴な疑問がアメリカ人のあいだで広がり、それがいま、トランプ大統領の大きなパワーを支えている。

【冨田】先ほどトランプ大統領の「正しい質問」についてお話ししましたが、「誤った解答」についても指摘したいと思います。アメリカではグローバル化に取り残された人びとの不満が鬱積していて、それが政府への不満につながりました。言い換えれば、世界に対する「開放性」のコストが意識されるようになった。

その結果生まれたのが、関税政策や移民排斥など、開放性を制限する政策ですが、しかしそうした閉鎖的政策にもコストは伴う。アメリカでもいずれ物価は上がるし、移民がいなくなれば労働力が不足するでしょう。開放性と閉鎖性にはそれぞれコストがあり、今後の政治はその均衡点を求めて動いていくことになるように思えます。

閉鎖性のコストはアメリカ国内の問題に留まらず、国際的に戦略的な意味をもちます。アメリカが冷戦に勝てた大きな理由の一つが開放性でした。世界から資本、技術、人材を自由に受け入れ、活用することで、閉鎖的なソ連に勝利できたのです。

ところがアメリカはいま、その比較優位性を放棄しようとしている。中国との競争を考えたとき、その判断は誤ってはいないか。まして中国はソ連のように完全に閉ざされた国ではなく、開放性のメリットを享受しています。そうした戦略的な視点をふまえ、いま出している「解答」が本当に正しいのか、トランプ大統領にはぜひ自問自答していただきたい。

 

懐が深かった第二次大戦後のアメリカ

【中西】冨田先生がいま強調されたように、アメリカの開放性とは冷戦に勝利するための大戦略でもあったのです。同国の歴史を紐解くと、もともとアメリカは近代世界でも指折りの閉鎖的な国でした。保護貿易は共和党の伝統的な政策とさえ言えるし、1924年の排日移民法では日本も酷い目に遭っています。むしろ、第二次世界大戦後、アメリカがあれだけ開放の方向に舵を切ったこと自体が、マクロヒストリーの観点から見ると稀有な出来事でした。

事実、第二次世界大戦後のアメリカ外交を見ると、じつに賢明で懐が深かったことがわかります。彼らは個人に基礎を置いた自由という価値観を深く重視し、当時のアメリカ外交の神髄とも言えるマーシャル・プランを実行に移しました。

アメリカの歴史家・評論家ウォルター・アイザックソンは、The Wise Men(ザ・ワイズ・メン:賢人たち)という本(共著)で、国務長官のジョージ・マーシャルや彼のブレーンであるウィリアム・クレイトンにも触れて、当時のアメリカの安保・経済・外交は稀に見る開明的な人びとに主導されたと評価しています。たしかに、あれほど優れた指導者集団は、歴史的には共和政ローマの元老院の賢人たち以来かもしれない。

【冨田】明治維新期の日本は、もしかしたらそれに匹敵するかもしれません。

【中西】おっしゃるとおり、あの時代の日本にも、開明的な指導者がたいへんな密度で群を成して登場しましたね。いずれにせよ、第二次世界大戦後のアメリカと、いま世界を搔き乱しているトランプ大統領のアメリカを比べると、カルチャーや倫理観の点でも両者のコントラストがあまりにも目立ちます。

とはいえ、西側諸国のメディアが競って行なう「トランプ叩き」が生産的とは思えません。たしかに、トランプ大統領の政策の中身については、あるべき国際的な理念をふまえれば幾重にも批判されるべきですが、他方で
ドナルド・トランプという指導者の多面性とその政策の意外な方向性にも目を向ける必要がある。

また、トランプ大統領の強圧が欧州の防衛意識を高めたのは事実だし、中国の脅威を世界に強く意識づけたのも彼のリーダーシップのポジティブな成果です。トランプ大統領が推進する製造業の国内回帰という世界経済のパラダイムシフトにしても、「失われた30年」を経験した日本にとっては一考の余地があるはずでしょう。

 

指導者としてのドナルド・トランプ

【冨田】指導者としてのトランプ大統領を評価するうえでは、まずトランプ主義とは何かを考えなければいけません。アメリカ国内でトランプ大統領を支える政治的なマグマがあるのは事実ですが、マグマにいろいろな金属成分が含まれているのと同じように、彼の支持層にはポピュリストもいれば宗教保守やテック右派など、さまざまな勢力が集まっています。

これらの勢力は既存の体制を変革するという目的で一致し、そのための政治力を期待してトランプ大統領を担いでいる。そしてトランプ大統領本人は、みずからの権力欲や名誉欲を満たすためにこれらの勢力を利用していて、そこに一種の共生関係があるわけです。

さらに事態を複雑にしているのは、トランプ大統領が共和党を掌握したことです。このことで、体制変更を求めるグループが正当性を獲得し、政権の座に就くという不思議な状況が生まれています。したがって、トランプ大統領のリーダーシップを評価するうえでは、行政の長としてだけではなく、体制の変革者としての役割も考えなければいけません。前者については、いまのところは前向きに評価しても「中の下」くらいでしょう。ただし後者については、彼の政策の中長期的な影響を見定める必要があるので現時点で何かを明言するのは難しい。

【中西】指導者としてのトランプ大統領については、モラルの問題も評価軸の一つとして避けては通れないでしょう。パワー・ポリティクスの論理から言っても、あからさまにモラルを無視した振る舞いを続けていては、どのような大国であろうとも世界秩序を安定させる役割は担えません。その意味においても、狭い目先の利害関係のみで発想するいまのアメリカ外交は、非常に大きなリスクを孕んでいます。

この問題を考えるうえで一つのヒントになるのが、ドイツのメルツ現政権です。欧州では、たとえばドイツではいまAfD(「ドイツのための選択肢」)などの極右勢力が力を増していますが、メルツ政権はアジェンダとしては同党などが主張する移民問題などを部分的に取り入れる一方、連立など政党間の関係は一切もとうとしません。私はこのプラグマティックな姿勢にドイツの伝統保守の可能性を見出しているし、参政党が台頭する日本でも参考になる事例ではないでしょうか。

【冨田】民主主義国家ではいま、指導者に権力の行使がどの程度許されるかという問題が浮上しています。トランプ政権が誕生した背景には、政治の機能不全という状況があった。それに対してトランプ大統領はこれまで以上に大統領権限を強化して対応しようとしている。その結果が、大恐慌時代のフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)以来の数の大統領令の乱発です。

強権的な権限の行使には大きな危うさがありますが、政治が前に進むのであれば国民は許容するかもしれない。FDRにしても、現在でこそアメリカの進歩派のあいだでは神格化されていますが、当時は権力の濫用だという批判もありました。

Voiceの詳細情報

関連記事

編集部のおすすめ

なぜトランプは圧倒的な支持を得るのか? 背景にあった「IT革命」敗者の怒り

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

米中覇権争いの原点はアヘン戦争...トランプに欠けていた「中国人の近代史観」

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

対ウクライナ軍事支援停滞の裏に「トランプの影」 戦況を左右した共和党の反発

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)