
米中をはじめとする文明的大国が自己主張を強め、同時にデジタル化やビッグデータを軸にした技術革新が起きているなど、私たちはいま劇的な世界の変化を経験しています。このような状況下では、環境変化の圧力や不確実性に翻弄されるばかりでは十分ではなく、日本のあり様や世界のなかでの位置づけを問い直していく必要があるはずです。
「日本文明研究会(委員:河野有理、藤本龍児、三宅香帆)」では、日本の文明的な性格がいかなるものかを、思想・宗教、文化文芸から家族、組織原理、政治、経済社会にいたるまで多角的な視点で検討し、顕在知として表出していくことをめざします。今回は、日本人の精神文化の領域にとどまらず、国家の権威構造や統治の正統性にまで深く関わってきた仏教と政治の関係性を、4回にわたって見ていきます。(構成:藤橋絵美子)
近世以降の仏教の影響力についても触れておきたいと思います。一般には近世(江戸時代)は朱子学(儒教)の時代とされ、仏教は停滞したと考えられがちですが、これは誤りです。近世こそ、寺檀制度によって仏教が民衆の隅々まで浸透した「仏教の時代」でした。
初期の徳川幕府も仏教の影響下にあり、本地垂迹説の立場をとる僧侶・天海(てんかい)が、家康・秀忠・家光の三代にわたって、政治・宗教のブレーンとして仕えたことは有名でしょう。
儒教はむしろ仏教に対抗し、仏教批判を通じて自己を確立しようとしていました。新井白石らの儒学者は、仏教が提示する来世観・霊魂観を「虚妄」と断じ、現世主義的な倫理を打ち立てようとします。白石は『鬼神論』『折たく柴の記』等で仏教を批判し、儒教中心の倫理体系を提示した。これは裏を返せば、それだけ仏教が民衆の精神に深く根ざし、その影響力を無視できなかった証であると言えるでしょう。
また近年、とくに近世を研究対象にしている研究者に多く見られる「儒教的東アジア」という見方も、見直しが必要です。もともと漢民族による中国の周辺には、チベットや契丹など、儒教化する中国に対抗して仏教を受容した「環中国仏教圏」が存在しました。その中で、中央アジア方面では主にイスラム化が進み、日本では仏教が最後まで残っていく。そういった大きな見通しや視点を持って論じるべきで、近世だけを切り取って「儒教的東アジア」と捉えるのは間違いであると言わざるを得ません。
儒教がいかに台頭しても、日本では仏教が構築した精神基盤は揺るぎませんでした。むしろ平田篤胤(ひらた・あつたね)のような国学者が再び、儒教的合理主義が否定した「霊魂」「来世」を『新鬼神論』で復活させ、幽冥思想を重視する思想を展開した背景には、仏教の基盤が社会に深く浸透していたことがあるでしょう。例えば近世において、寺院は単なる宗教施設ではなく、図書館や学校のような知的生産の拠点(寺子屋)として機能していたことは、よく知られる通りです。
儒教だけでは説明できない日本の精神文化の奥行きは、まさに仏教が長い時間をかけて形成したものと言えます。この精神を受け止めて改変した篤胤の思想が明治維新の原動力になり、近代の「草の根天皇信仰」や国家神道へとつながっていくわけです。
近代以降の日本思想を語る際は、民俗学の視点もよく用いられます。柳田國男や折口信夫を代表とする民俗学は、近代化の過程で失われつつある「日本人の原風景」を採集・記録し、日本文化の深層に潜む「原型的なもの」を可視化しようとしました。その成果は、たしかに大きいものがあります。
しかし彼らは、「仏教以前の日本」といったものを想定しているという意味では、丸山眞男の「古層論」と同じ流れに立っている。実際にわれわれが「日本的」と考える原型の多くは、仏教だけとは言いませんが、多分に仏教的な要素が入ってきていると思われるのです。
例えば葬送儀礼、死後観、来世観といったものは仏教が深く浸透している。実際、寺院は中世から近世にかけて民衆生活に深く根ざし、死生観や祈祷習慣を通じて精神構造を形成してきました。仏教が民俗文化に与えた影響は圧倒的であり、むしろ民俗文化のかなりの部分は仏教的世界観によって支えられたと言っていい。しかし民俗学はそれを「本来の日本の姿」とはみなさなかったのです。
この仏教軽視を鋭く突いたのが、民俗学者の五来重(ごらい・しげる)です。彼は日本の祭礼、祖霊祭祀、民間信仰に仏教が溶け込んでいる事実を丹念に示し、日本の宗教文化は神仏が不可分に組み合わさって形成されていると主張しました。彼の仏教民俗学も再評価してしかるべきでしょう。
近代以降の日本思想史は、欧米の哲学史の枠組みを輸入する形で語られてきました。そこでは哲学と宗教、政治、文学が互いに切り分けられて考えられます。その結果、政治思想史の中心が儒教や国学に偏重し、仏教の思想的遺産は周辺に追いやられてしまいました。戦後の政治思想史における丸山眞男の影響力は、さらにこの構図を固定化したように思います。
しかしいま、日本の思想は、哲学、宗教、歴史、文学といった区分を超えて考える必要があるのではないでしょうか。なぜなら日本の精神文化はまさに、宗教、政治、歴史、文学が幾重にも織り重なって形成されているからです。日本は宗教国家でも世俗国家でもなく、神仏と政治が重層的に絡み合う独特の文化を育んできました。この構造を理解することで初めて、日本の政治文化や精神性の本質が見えてくると思うのです。
仏教は、千年以上にわたり日本社会の深層に影響を与え続けてきました。仏教は日本の思想を支える最大の基層文化であり、日本的精神の形成を語るうえで欠かせない軸でもあります。繰り返しにはなりますが、寺院儀礼、死生観、霊魂観、循環的時間意識といったものは日本社会に深く根付き、政治や倫理の基盤となってきました。この視点を出発点として、私たちは日本思想史を捉え直す必要があるのではないでしょうか。
仏教が照らし出す日本の姿は、複雑ではありますが、豊かさに富んでいます。その重層性を丁寧に読み解くことで、日本の精神性がきっと見えてくるはずです。
更新:07月31日 00:05