2025年12月20日 公開

日本はいま、地球温暖化による「アナザーワールド」の入口に立っている――。
夏には40度を越える気温や災害旧の豪雨が「ニューノーマル」となりつつある「危機の時代」において、異常気象・気候力学の第一人者が、日本が直面する危機の内実と必要な対策を提言する。
★本論稿は、意見集約プラットフォーム「Surfvote」と連動しています。
※本稿は、『Voice』2025年11月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
今年7月上旬に上梓した拙著『異常気象の未来予測』(ポプラ新書)において、世界は地球温暖化による"アナザーワールド"の入り口に来ていると書いた。アナザーワールドとは、たとえば「日本の夏の気温が、40度が当たり前の世界」のこと。
この夏、「40度の夏」という私の未来予測が、日本ではすでに現実となってしまった。私の想像よりも早く異常気象が進み、日本はアナザーワールドに半歩足を踏み入れている。今年の日本列島は猛暑に襲われ、過去最高気温を次々と更新し、夏(6~8月)の平均気温が観測史上最高となった。涼しいはずの北海道でも40度に迫る気温を記録した。
私たちは、特定の地点の、特定の日の気温につい目がいきがちだが、社会や経済全体に強く影響を及ぼすのは、特異点の気温ではない。重要なのは、夏を通じての平均気温といった「長期の平均的気温」なのだ。瞬間の気温は特定の気象現象で決まる。しかし、調査する期間が長期になればなるほど、異常高温の原因の主役は、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの増加に伴う地球温暖化となる。
前掲書で、「二酸化炭素などの温室効果ガスの削減がなされないなら、40度を越える酷暑が日本のどこでも起こり得る時代となってしまう。放置すれば、異常気象がニューノーマルに」という趣旨の記述をしたが、今年はニューノーマル時代の幕開けとなったのかもしれない。40度越えが当たり前の日本を望む人は皆無だろう。だからこそ、二酸化炭素削減は待ったなしの課題なのだ。
ところが、いまだに二酸化炭素削減に後ろ向きな人が多い。異常高温の原因が温室効果ガスであるという事実を信じたくない人びとは、科学的に完全なフェイクである「温暖化懐疑論」、あるいは「猛暑は認めるが、原因は温室効果ガスの増加ではない」というフェイクに飛びつく。このような風潮こそが、真の「危機」なのだ。
気候危機は人類の最大の危機だが、それよりも危険なのは、「無関心層」や二酸化炭素削減に「後ろ向き」な人びとが多数いることだ。賢明な『Voice』読者はこうしたフェイク情報に惑わされないと思うが、念のため、典型的なフェイク事例を紹介したい。
・ 猛暑の原因は太陽光パネルの増加である。
・ 二酸化炭素濃度はわずか400ppm程度であり、このような低濃度では温室効果は生じない。
少し考えれば、これらがフェイクであることは誰でもわかる。たとえば、一酸化炭素はその濃度がわずか400ppm程度でも人命に関わるほどの危険濃度であることを考えれば、このような主張がフェイクであることは明らかだ。
話題を猛暑の原因に戻す。温室効果ガス増加に伴う地球温暖化は、全世界が「公平」に温度が上がる現象だと思う人も多いだろう。しかし、それは違う。ここ数年続く猛暑は、日本が世界で最も深刻と言っても過言ではない。今年も日本は、ダントツで異常な状況にある。日本に住む私たちこそが、異常気象に対して敏感であるべきなのだ。だからこそ、脱炭素において、日本は世界でリーダーシップをとらねばならない。
では、なぜ温暖化は日本を「狙い撃つ」のか? 今年の夏の暑さの原因を理解すれば、未来の日本の気候も見えてくる。一昨年も昨年も、日本は観測史上最も暑い夏となった。そして、今年の夏は、それら2年をはるかに上回る異常高温となった。昨年や一昨年には存在しなかった「何か」の影響を考慮しなければ、今年の猛暑の理由を説明したことにはならない。
多くの気象キャスターは猛暑の原因をよく太平洋高気圧といった典型的な現象で説明しようとするが、それだけでは今年の夏が異常に暑かった理由を十分に説明できない。昨年も一昨年も、太平洋高気圧は強かったからだ。
では何が違うのか? 今年と昨年、一昨年の違いは、太平洋高気圧に加え、海水面の温度が異常に高くなっていることにある。日本周辺の今年の海面水温は、過去最高を記録し、しかも去年よりもはるかに高い。海に囲まれた日本列島は、まるで煮えたぎった釜の中心にあるようなものだ。だから、異常な暑さが続いているのだ。国連事務総長が2023年に発した「地球沸騰化」の中心が、日本近海なのである。
海水温の異常な高さにより、海上の気温も上昇している。海から陸へ吹く高温の空気は水蒸気を多く含んでいる。水蒸気も二酸化炭素と同様に温室効果ガスとして機能する。日中に暖まった地面からの熱を水蒸気が吸収し、夜間の放射冷却を抑制する。これが、日本の夏が夜でも暑い理由である。
海水温上昇の影響はじわじわと、そして根深く、ボディーブローのように効く。夏を通した平均の気温がダントツに高い理由がこれだ。だからこそ、日本に住む私たちは、もっと海に関心を向ける必要がある。
では、なぜ今年の日本周辺の海面水温がこれほど高温だったのか。その原因は6月の異常気象にある。順を追って説明しよう。
例年ならジメジメとした梅雨が続く6月だが、今年は様相が異なっていた。6月18日には北上していた梅雨
前線が消え、日本列島各地で35度を越える猛暑日が相次いだ。このような異例の気象状況はなぜ発生したのだろうか。
今年は6月から偏西風が日本のはるか北を蛇行していた。偏西風は南からの暖気と北からの寒気の境目で吹く風で、梅雨前線はこの偏西風の上にできる。偏西風が日本の北側を通り、南からの高気圧が張り出したことが、梅雨前線北上の直接の原因となった。偏西風の蛇行は、猛暑が続く真夏によく見られる。しかし、6月中旬に激しく蛇行することは過去にはなかった。
なぜ、このような状況になってしまったのか。理由は三つある。一つめは、日本の西に位置する中国のチベット高原の気温が春から継続的に高かったことである。右の現象の背景には、地球温暖化がある。気温が高いと雪解けが早まり、地面の温度が上昇していく。チベット高原は標高約5000mの高地であるため、その高度にある気温も上がっていく。そして、この熱くなった空気が偏西風に乗って日本へと到達するのである。
二つめは、日本の南にある太平洋やインド洋などの熱帯地方の海面水温が非常に高いことである。この影響で、熱い空気が熱帯から日本のある中緯度まで移動し、太平洋高気圧を北にグッと押し上げるのである。熱帯地方の海面水温はほぼ全域で高くなっており、これも地球全体の温暖化が一因となっている。

三つめは、北海道の北に南北傾斜高気圧があることである。この高気圧は北海道の北から日本列島のほうに向かって斜めに降りてくるものである(図〈145頁〉、Amano Tachibana Ando (2003)、アメリカ気象学会誌 Journal of Climate)。この北方の高気圧は、北極地方の極度の温暖化の影響を受けて発生する。北極の雪や氷が加速度的に解けているのも地球温暖化が原因である。雪氷は色が白く、太陽光を反射することで寒さを維持していたが、その面積が減少すると地表面は太陽光をより吸収するようになり、北極の温暖化に拍車がかかる。
このように、強力な高気圧があるために、偏西風や梅雨前線は北に押しやられてしまっていた。結果として、6月は記録的な猛暑となった。
前述のように、6月の猛暑は海面水温を上昇させた。気温が高いと地面の温度が上がるだけでなく、日本周辺の海面水温も上昇する。とくに夏至(6月21日)の前後が暑いと、海面水温は上昇しやすい。夏至が昼の時間が最も長い日であり、晴れていれば年間で水温を最も上げる効果が大きいためである。今年の夏は6月の梅雨前線消失の影響が海に蓄積され、8月まで暑い状態が続いた。6月の異常気象が、7月や8月の「異常」を引き起こしたのである。
今年の夏は、猛暑だけでなく、災害級の豪雨が各地で発生した。8月の九州熊本の線状降水帯による豪雨が注目されたが、同時に石川県、北海道、東北などを含む日本各地で、観測史上最大の豪雨に見舞われた。とくに特徴的だったのは、通常、雨量があまり多くない日本海側や北海道でも豪雨が発生したことだ。
じつは猛暑と豪雨には密接な関係がある。これら豪雨の構造は、気象天気図上では、梅雨前線とそっくりだった。先にも触れたが、今年の梅雨明けは異常に早かった。梅雨前線は一旦消滅したあと、8月になって復活した。これが豪雨の直接的原因である。偏西風が一時的に南下し、それが梅雨を復活させたのだ。まさに「ゾンビ梅雨」と言っても過言ではない。
ゾンビ梅雨は、梅雨期の「普通の梅雨」よりも強力である。その理由は、海面水温の異常な高温にある。温暖化と6月から続く史上最高の猛暑により海水温が上昇し、大気中の水蒸気量が増えているのだ。
水温が高いほど、海からの水蒸気は大量に蒸発する。海面水温が高いということは、それだけ水蒸気が大量に海面から上がって強力な積乱雲を生むため、豪雨被害が起こりやすいということだ。温泉の露天風呂から、もうもうと上がる湯気を見れば想像できよう。低気圧や前線が海上にある場合、海面水温が高いほど水蒸気が大量に空気中に吸収されるため、豪雨が強化される。これが全国での激しい豪雨発生の原因となる。つまり、猛暑と豪雨は連鎖する。晴れれば猛暑、降れば豪雨という二極化が生じる。
真夏に梅雨前線が一時的に下がることは、過去にもしばしばあり、珍しいことではない。今年が過去と決定的に違う点は海水温だ。観測史上最高の異常高温の海から大量の水蒸気が大気に供給され、それが豪雨となっている。通常、雨量が少ない北海道や東北北部沖の水温も高いため、北方地域でも豪雨が起こった。
豪雨は甚大な災害をもたらし、道路や鉄道などの社会インフラや建築物を破壊する。これは、「自然災害」と呼ばれるが、人災の側面ももつ。豪雨を強化させたのは、まぎれもなく「地球温暖化」だ。
つまり、脱炭素に本気で取り組まなかった「人間」が災害の増幅に加担したと考えられる。道路や鉄道の復旧費は、温暖化がもたらす社会的コストと見なせるだろう。「自然現象だから仕方がない」という考えは誤りだ。脱炭素を進め、元の気候に戻せば、気象災害やそれに伴う復興費用は確実に減少する。
日本は世界最大の大陸である「ユーラシア大陸」の東岸に位置し、同時に世界最大の大洋である「太平洋」の西岸にも位置している。この地理的位置こそが、温暖化が日本を「狙い撃ち」する理由だ。大陸は海よりも熱容量が小さいため、地球温暖化のスピードは大陸のほうが速く進行する。中緯度の偏西風は大西洋からヨーロッパに「上陸」し、世界一大きなユーラシア大陸を延々と東進する。東進しながら、陸に溜まった熱を受け続け、それが日本へ到達する。このため、大陸の東岸に位置する日本は、とくに暑くなりやすい環境にある。
太平洋に目を移そう。太平洋での海流は時計回りの循環をしている。赤道付近では海流は西向きに流れ、フィ
リピン付近で北向きとなり、それが日本列島にぶつかる。ぶつかったあとは、向きを東に変えて、アメリカ大陸に達し、その後南下し、赤道に戻る。つまり日本付近は、赤道から北向きに流される熱い海流「黒潮」がぶつかる地域なのだ。
また、日本は温暖化する赤道の海の影響を直接受けるため、周辺海域の水温は高い。したがって、海からも陸からも温暖化は日本を直撃する。この影響は、将来さらに高まるだろう。これが脱炭素を実現できない場合の日本の異常気象の未来図だ。日本に住む私たちこそが、この問題の一番の当事者であることをご理解いただけるだろう。
日本では、熱中症で命を落とす人数は近年ほぼ毎年1000人を超えている。2024年には、2000人に達したとの報告もある(『朝日新聞』2025年5月3日)。この増加ペースは、環境省が「21世紀後半には1万人規模の死亡者が出る」と予測したスピードをはるかに上回っている。
このまま温暖化が進めば、環境省予測の1万人に達するタイミングは、はるかに早まる可能性がある。熱中症が日本の死亡原因の主因の一つとなる時代が迫っている。猛暑は、人の寿命を縮めるという研究もある。人命を守りたいという想いから医学を志す若者はいまも昔も多いが、同様に人類を守るためには、より多くの若者に気象学や気候科学を学んでほしい。しかし、現状の教育システムでは、これらを学ぶ機会がほとんどなく、指導できる教員も不足している。
温暖化に伴う異常気象は食糧問題に直結する。気候変動により、日本や世界の農作物の収穫量や品質が悪化するのだ。代表例が、米である。とくに2023年の猛暑では、新潟県の主力品種のコシヒカリの一等米比率が、過去最低の5%以下まで落ち込んだ。「凶作」がトリガーとなり、2024年から米価の高騰が始まったのだ。
米価の高騰によって多くの市民は気候の異常を実感することになった。政府の農業政策における「悪政」が米価高騰の原因だとする見方もあるが、政府の農業政策の責任だけでは、このような急激な米価高騰は起きるわけがない。最大の「悪」は、温暖化問題から背を向けてきた私たち自身だ。政府に責任を問うなら、脱炭素政策に本腰を入れてこなかった、真の「悪政」を非難したほうがよいであろう。
米価高騰をはじめとする食料価格の上昇を目の当たりにしたいま、「経済優先か脱炭素か」という二者択一の考え方が誤りだと気づく人が増えている。脱炭素対策を怠れば、世界経済は悪化する。これは多くの研究論文が示している事実だ。
7月に実施された参議院選挙を通じて、日本社会の温暖化問題への無関心さを痛感した。観測史上最高の猛暑のなか、各政党の党首たちは、毎日毎日、屋外で街頭演説を行なった。彼らは気候危機を、身をもって強く実感していたはずだ。炎天下で演説を聴いた多くの市民も同じ「危機」を「共有」した。しかしながら、気候危機問題は選挙の争点にはまったくならなかった。理由は簡単だ。政治家たちは気候危機問題では票につながらないと判断したからだろう。
だから政治家だけを責めるべきではない。気候問題に背を向ける無関心な市民が多数存在することが、今回の参院選に如実に表れていたと私は感じている。昨年のアメリカ大統領選挙は、気候問題が争点の一つとなった。現アメリカ大統領の脱炭素に逆行する政策を非難する声は多いが、それでもアメリカのほうが日本よりもまだましだ。少なくとも選挙の争点の一つになっていたからだ。
参議院選挙時に主要政党の気候問題への取り組みを見ていたが、ある政党は、「温暖化対策の否定」を公約に掲げ、「温室効果ガス増と異常気象は科学的に未解明」と主張していた。この見解には、さすがに開いた口が塞がらなかった。
本稿執筆中、「石破自民党総裁の退陣」のニュースが入ってきた。石破総理は、「防災庁」設置の提案など、気象災害の軽減や防除に積極的な姿勢を示してきた。地球温暖化が一因となる激甚化する気象災害において、熱中症も重災害の一つである。
私は、省庁間でバラバラとなっている災害対策を、気候危機問題と融合させる方向性をもつ防災庁設置に強く期待していた。異常気象が原因の災害は、脱炭素を進めることで確実に減らすことができる。次期内閣総理大臣指名選挙で誰が選ばれるのかは現時点でまったく不明だが、新総理大臣には「防災庁」設置を継続し、そしてその充実を図ってほしい。
異常気象がニューノーマルとなる日本の未来。それは、日本の国力をも弱めかねない危機である。
【立花義裕】
1961年、北海道生まれ。三重大学大学院生物資源学研究科、地球環境学講座・気象・気候ダイナミクス研究室教授。札幌南高等学校卒業。北海道大学大学院理学研究科博士後期課程修了。博士(理学)。
小学生のときに、雪の少ない地域や豪雪地域への引っ越しを経験し、気象に興味をもつ。「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)をはじめ、ニュース番組にも多数出演し、異常気象や気候危機の情報を精力的に発信。北海道大学低温科学研究所、東海大学、ワシントン大学、海洋研究開発機構等を経て、現職。専門は気象学、異常気象、気候力学。2023年三重大学賞(研究分野)、24年東海テレビ文化賞。日本気象学会理事、日本雪氷学会理事。
更新:12月22日 00:05