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米中覇権争いの原点はアヘン戦争...トランプに欠けていた「中国人の近代史観」

2024年09月13日 公開
2024年12月16日 更新

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

トランプ政権の対中強硬政策

キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏は、米中覇権競争の歴史的背景は、アヘン戦争にまで遡ると指摘する。トランプ氏の再選可能性を踏まえ、氏の中国観が今後の米中関係にもたらす影響について、書籍『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』より紹介する。

※本稿は、宮家邦彦著『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです。

 

対中強硬では一貫していたトランプ外交

「インド太平洋」戦略と言えば、故安倍晋三元首相が提唱し、バイデン政権下で日米同盟関係が飛躍的に強化された印象が強い。しかし、米国で初めて「インド太平洋戦略」という概念を採用したのは、じつはトランプ政権の国防総省だ。

2018年5月には太平洋軍がインド太平洋軍に改称され、2019年6月には「インド太平洋戦略レポート」が公表された。アジアに関心が薄いと批判されたトランプ政権だが、2017年12月に公表された「国家安全保障戦略」では、「世界における米国の地位に影響を与える重大な課題および潮流」として、地域の独裁者、聖戦テロリスト、国際犯罪組織などより前に、「中国やロシアなどの修正主義勢力」との競争を挙げている。

興味深いことに、一体性を欠くと批判されたトランプ政権でも、対中強硬政策については政権内に一定のコンセンサスがあった。同政権の外交安保関係者は中国の台頭を「米国に挑戦し、これを代替しようとする試み」と捉えていたが、経済貿易関係者も、別の観点から中国の保護主義政策や最先端技術・知的財産権を盗取する態度を問題視していた。

 

トランプ政権下で同盟体制は弱体化し、不安定化した?

それでも、トランプ政権のインド太平洋外交については次のような批判がある。

•一般に同盟諸国との連携、多国間協調の推進、中国との競争関係の制御を軽視した。

•TPPから離脱し、逆に東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の拡大を招いた。その結果、東アジア地域において米国の政治的・経済的影響力は低下した。

•日韓などの同盟国には米軍駐留経費の負担増を求め、同盟の信頼性を損なった。

•米ASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議に3年連続、EAS(東アジア首脳会議)に4年連続で欠席し、ASEANからの信頼を失った。

•中国に関税戦争を仕掛け、逆に地域における中国の経済的プレゼンスの拡大を招いた。

•中国との貿易協議が行き詰まると軍事的・経済的圧力を加え、「新冷戦」が始まった。

幸いトランプ政権には、国防総省やNSCに、インド太平洋地域の戦略問題をよく理解する、優秀かつ現実的なスタッフが少数ながらいた。彼らも全力を尽くしたとは思うが、そのわりには顕著な成果が伴わなかった。なかでも、外交的に最も混乱を招いたのはトランプ・金正恩首脳会談をめぐるドタバタではなかったか。

 

中国にとって米国は「歴史的トラウマの一部」

北朝鮮との首脳会談はエピソードで済んだが、トランプ政権の対中政策は、昨今の中国の台頭を政治・軍事大国として米国の世界覇権に挑戦する「戦略的脅威」と捉えていたにもかかわらず、思うような成果を上げなかった。その理由はいったい何だろうか。おそらくはトランプ氏に中国人の近代史観が決定的に欠けていたからだと思う。

中国にとって米国とは、清朝末期より西洋列強からの強烈な文化的挑戦に敗れ去った歴史的トラウマの一部だ。アヘン戦争以降、西洋列強の衝撃に対する中国側の近代化努力は成功しなかった。いまや経済力と軍事力を飛躍的に高めた中国は「西洋文明からの衝撃」の最後の残滓である米国からの圧力を克服し始めたのではないか。筆者の見立てはこうだ。

•1840年のアヘン戦争に対する中国の最初の対応は、「太平天国の乱」だった。1851年、客家の洪秀全がキリスト教と土着の民間信仰を融合し、清朝に反対して始めたのがこの過激な民衆運動だが、結局は外国からの支援を得た清朝により鎮圧された。

•第二の対応は、1860〜90年代の曾国藩・李鴻章らによる「洋務運動」だ。同運動は、政治体制・制度は変えず、西洋の学問・技術を利用して、清朝の生き残りを図ったものだが、民衆の支持のない中途半端な宮廷改革だったため、最終的に失敗する。

•第三の対応は、1898年の光緒帝と康有為による「変法自強運動」だ。政治体制自体は変えずに日本をモデルとした立憲君主制の導入など大胆な制度改革を目指していたが、改革内容も急進的すぎたこともあり、西太后の反発に直面して最終的に挫折した。

•第四の対応は、1900年の義和団事件である。同事件は白蓮教の一分派による「扶清滅洋」の政治運動だったが、清朝は義和団を鎮圧するどころか、逆に義和団とともに北京の外国公館を攻撃し始めた。これには日本を含む諸外国が軍隊を派遣して介入したため、最終的には鎮圧されてしまう。

•第五、第六の対応は、孫文による「辛亥革命」と毛沢東による「共産革命」である。孫文らは清朝打倒と共和制国家樹立を唱えて立ち上がり、1912年にアジア初の共和制国家である中華民国を樹立したが、南京臨時政府による統治は中途半端に終わり、本格政権の樹立は1949年の共産革命まで実現しなかった。

•第七の対応は1978年末からの鄧小平による改革開放だった。しかし、急激な経済の資本主義化が新たな格差の拡大と環境破壊などの深刻な副作用を生んだこの政策が、西洋文明からの挑戦に対する中国の最終回答になるとは思えない。

こう見ていくと、最近の米中間の覇権競争をめぐる習近平国家主席の強硬な姿勢は、アヘン戦争以来数えて8回目の対応となる。中国にとって今回は「西洋文明からの挑戦」に対する最後の、かつ最も組織的で強力な対応としたいのだろう。

建国後の中華人民共和国は徐々に国力を回復し、1997年に香港を英国から、99年にはマカオをポルトガルから、それぞれ取り戻した。

かつての欧州列強を撤退させたいま、中国の伝統的勢力圏内で軍事プレゼンスを維持しているのは米国だけだ。おそらく中国人は米国を、歴史的な「西洋文明からの衝撃」を克服するうえでの最後の障害と見ているはずだ。

以上が、筆者の考える「中国の対米認識」であるが、トランプ氏はこうした中国知識人エリートの歴史観をどこまで理解しているだろうか。もし、再選後のトランプ氏がこうした「中国ファースト」のナショナリズムを知らず、以前と同様の「関税戦術」を繰り返すなら、米中間の対立はますます先鋭化するのではないかと危惧する。

 

著者紹介

宮家邦彦(みやけ・くにひこ)

キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問

1953年、神奈川県生まれ。東京大学法学部を卒業後、外務省に入省。在中国大使館公使、在イラク大使館公使などを経て、2005年に退官。キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問、立命館大学客員教授、外交政策研究所代表。著書に『語られざる中国の結末』『劣化する民主主義』『通説・俗説に騙されるな! 世界情勢地図を読む』(いずれもPHP研究所)など多数。

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