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なぜトランプは圧倒的な支持を得るのか? 背景にあった「IT革命」敗者の怒り

宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)

トランプが支持を集める理由

なぜ、トランプはここまでの圧倒的な支持を得ているのか? キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏は、その背景には1990年代以降の米国社会の構造的変化があるという。本稿では書籍『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』より、この複雑なトランプ現象の本質を解き明かす。

※本稿は、宮家邦彦著『気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)から一部を抜粋・編集したものです。

 

現在の「トランプ現象」の本質

最近の米国内政の混乱は目を覆うばかりだが、なかでも際立つのが「トランプ現象」だ。では、なぜ「トランプ現象」はかくも長続きするのか。昔は、KKK(クー・クラックス・クラン)など白人至上主義者のせいだ、などとする説明で済んでいたが、それだけでは現在の「トランプ現象」の本質は到底わからないだろう。

筆者も最近までは「米国の白人・男性・低学歴・ブルーカラー労働者・農民を中心とする現状への不満が原因だ」などとお茶を濁していた。でも、振り返ってみれば、こうした説明すら必ずしも的を射ていなかったと反省している。

「トランプ現象」の弊害に関する分析は多々あれど、この現象が「いかなる原因で起き持続しているか」の説明は意外に難しい。現在の筆者の仮説は、「トランプ現象」とは米国内政の「内向き志向」が原因というより、1990年代以降の米国社会の構造的変化がもたらした「結果」、ということ。

興味深いことに、この点をグローバルに理解するうえで最善の解説は、最近の欧州極右勢力の台頭に関する『ニューヨーク・タイムズ』紙の分析記事だった。ここに同記事の重要部分を引用しよう。書いたのは欧州専門のロジャー・コーエン記者である。

•第二次世界大戦後に優勢だった仏独の中道左派と中道右派の支持基盤は徐々に風化し始めた。

•この傾向は冷戦後のグローバリゼーションや携帯電話の普及により加速され、より不平等で、分極化した、気難しい社会をつくり出した。

•その結果、共通の政治空間は縮小し、真理の定義は動揺し始め、政治の重心がソーシャルメディアに移るにつれ、議会や政党がより軽んじられるようになった。

•経済と政府の関係に関するイデオロギー的論争が解決したため、多くの人びとにとって穏健左派も穏健右派も区別がつかなくなってしまった。

•穏健勢力には移民大量流入問題の解決策がないため、労働者階級の多くは、拡大する不平等と収入停滞に関する不満を表明すべく、反移民を唱える右派勢力に流れていった。

•西側社会の対立の核心は国内問題ではもはやなく、国際主義と民族主義の対立である。

•それは、知識経済の「ネットワーク内に住む」人びとと、荒れ果てた工業地帯や田舎に住む「忘れ去られた」人びととの間の対立でもある。

•そこにある「忘れ去られた」人びとの不満や怒りがトランプ、イタリアのジョルジャ・メローニ、オランダのヘルト・ウィルダース、フランスのマリーヌ・ルペンといった政治家たちの活動の土台となっている。

•社会的伝統習慣を進歩的な方向に変えることは、(保守)政治家に新たな武器を与える。

•たとえば、プーチンは「西側のリベラルな都市エリート」が「家族、教会、国家、伝統的結婚・性別」を破壊する「退廃的文化自殺」を犯している、といった批判を繰り返している。

 

「トランプ現象」は欧米社会共通の問題

上記分析記事中の、穏健左派・中道左派を民主党、穏健右派・中道右派を共和党とそれぞれ読み替えれば、これはそのまま現在の米国社会にも見事に当てはまる分析ではないか。そうだとすれば、「トランプ現象」も近年欧州各国で台頭しつつある極右勢力と基本的に同根であることがわかる。

続いてはコーエン氏の記事に倣って、最近の米国社会の構造的変化を分析してみよう。

•第二次世界大戦後に優勢だった米国の民主党と共和党の支持基盤は徐々に風化し始めた。

•この傾向は冷戦後のグローバリゼーションや携帯電話の普及により加速され、より不平等で、分極化した、気難しい社会をつくり出した。

•米国内でも真理の定義は動揺し始め、議会や政党がより軽んじられるようになった。

•米国人にとって民主党中道系と共和党中道系の区別がつかなくなった。

•中道系は移民問題に対処できず、労働者階級の多くは反移民右派勢力に流れていった。

•問題の核心は、知識経済の住人と工業地帯や田舎に住む「忘れ去られた」人びととの対立だ。

•「トランプ現象」は、リベラルによる伝統的価値の破壊という保守からの批判が有効な限り続く。ということだ。これをさらに筆者の個人的経験に基づいて分析すると次のようになる。

 

トランプ氏が失脚しても、「トランプ現象」は続く

筆者が初めてパソコンを使ったのは1980年代末、当時は高価な機材ながら、シングルタスクしかできないOS(MS-DOS)を使っていた。その後、パソコン向け32 bit CPU の普及、動作周波数の向上、メインメモリの容量増加とパソコンの低価格化が進むなかで1995年にWindows 95が発売され、時代は一変した。その衝撃はいまでも忘れられない。

しかし、その後の一連のIT技術革命は米国社会を不可逆的に変えてしまった。それまでは、衰えたとはいえ、一定の競争力を保っていた米国の労働集約的製造業は大きな影響を受け、さらに衰退していった。こうした90
年代以降のハイテク情報通信革命の直撃を受けたのは、田舎や非都市圏に住む白人・男性・低学歴・ブルーカラー労働者・農民だった。

彼らは先端技術革命のスピードに追いついていけない。半導体の演算処理速度が等比級数的に向上するなか、彼らの生産性は等差級数的にしか増えないからだ。しかも、こうした技術革命を支え驚くほどの高給を取る若者の多くは、新参移民の1世、2世たちを中心とする非白人系プログラマーやエンジニアたちだから、彼我の経済格差は広がるばかりだ。

以上の分析が正しいとすれば、「トランプ現象」とは「90年代以降の技術革新に乗り遅れた、白人・男性・低学歴・ブルーカラー労働者・農民のエスタブリッシュメントに対する逆襲」とも定義できる。彼らの怒りはワシントンに象徴される既得権層や非白人社会に向かうので、仮にトランプ氏が失脚しても、「トランプ現象」は続くと見るべきである。

 

著者紹介

宮家邦彦(みやけ・くにひこ)

キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問

1953年、神奈川県生まれ。東京大学法学部を卒業後、外務省に入省。在中国大使館公使、在イラク大使館公使などを経て、2005年に退官。キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問、立命館大学客員教授、外交政策研究所代表。著書に『語られざる中国の結末』『劣化する民主主義』『通説・俗説に騙されるな! 世界情勢地図を読む』(いずれもPHP研究所)など多数。

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