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「生涯現役社会」実現への条件 シニア社員にも求められる、戦力として働く意識

2025年07月31日 公開

今野浩一郎(学習院大学名誉教授,学習院さくらアカデミー長)

シニア社員

働き手不足が深刻化する日本において、企業はシニア社員をいかに「活用」するか。生涯現役社会が到来する時代に、労働者にはどのような能力と意識が求められるのか。人的資源管理研究の第一人者である今野浩一郎氏に話を聞いた。聞き手:編集部(水島隆介)

※本稿は、『Voice』2024年7月号より抜粋・編集した内容をお届けします。

 

変わりゆく労働市場

――今野先生は人的資源管理研究などの第一人者として、かねてより「生涯現役社会」の実現に向けてさまざまな提言をなされてきました。近年、働き手不足などの背景もあり、日本でもいよいよ生涯現役社会に関する議論が加速していますが、現在の労働市場の状況や企業の動きをどう見ていますか。

【今野】労働市場について言えば、間違いなく大きな変化が起きています。わが国で高齢化が進み、労働力人口が減少の一途を辿っていることは、私があらためて説明するまでもないでしょう。経済を成長させるには働く人を増やすか労働生産性を上げるしかありませんが、これからの時代は前者がとくに問題であり、今後は、従来の日本社会では働いていなかった人びとの力を借りなければいけません。

――それが高齢者や女性というわけですね。

【今野】そうです。もちろん、日本政府もそのことはよくわかっていて、その意味において、第二次安倍政権が打ち出した「一億総活躍社会」というスローガンは、めざす方向性としては間違っていませんでした。そして現在、高齢者や女性の労働力率は、以前と比較して随分と向上しています。そこでこれから求められるのが、社会に進出した高齢者や女性の働く時間を長くして、労働力の供給量を増やす戦略であり、政府もいま検討を重ねているところです。

人口減少時代、企業にとっては社員の「活用力」を向上させることが重大な課題になります。要するに、社員には能力を高め、その能力を十分に発揮し、しっかりと働いてもらう必要がある。たとえば意欲も能力もあるにもかかわらず、パートタイムでしか働かず、定型業務しか手掛けていない社員がいるならば、会社にとっては大きな損失です。

そうした社員の労働時間を増やして、基幹業務を担ってもらわなければいけません。もちろんこれは高齢者にも当てはまる話で、企業が「政府の施策だからシニア社員を雇うか」というマインドであれば、シニア社員の活用力は向上しません。

――つまりは、女性や高齢者、あるいは外国人労働者なども含め、企業は社員の働く意欲や能力を見極めたうえで、相応しい仕事を割り振るように心がけなければいけない、ということですね。

【今野】企業が一人ひとりを「活用」することは、誰もが活躍できる社会の実現につながります。最近では「ダイバーシティ」という言葉が使われていますが、私は働く人が多様化している現状をふまえた「社員活用力向上策」の一つであると認識しています。そのとき、もっとも重要なグループの一つに挙げられるのが高齢者なのです。

 

シニア社員の活用は「社内中途採用」

――現在の日本の企業は、なぜシニア社員を「活用」できていないのでしょうか。

【今野】昔と比べれば随分と状況は改善しましたが、それでも少なくない企業が、依然として「政府に言われたから」という理由で、生産性を気にすることなくシニア社員を雇っているからでしょう。ですがマクロ的に言えば、すでに約5人に1人が60歳以上という時代であり、彼ら彼女らの戦力化と活躍を図らなければ、その会社は衰退するか潰れます。

私も高齢者と言われる年齢なのでわかりますが、義務感で会社に置かれていると感じれば、やる気など起きるはずがありません。そうなれば、生産性がない社員を雇うことになるわけですから、企業にとってはむしろマイナスに働きます。企業は労働力の構成を変えざるを得ない時代であることを、大前提として認識しなければなりません。

――裏を返せば、シニア社員側にも戦力として働く意識が求められるということですね。

【今野】そのとおりで、60歳を超えたからといって引退気分を抱えたまま働かれてしまうと、一所懸命に活用しようと考える企業にとっては堪ったものではありません。重要なのは、企業の姿勢と従業員の心構えの両方がかみ合うことです。とはいえ、これはなにも難しい話ではなくて、つまりは「真当な雇用関係」を結べばいいだけの話なのです。

――シニア社員を活用するうえで、企業はどのような環境を整えるべきでしょうか。

【今野】大前提として意識すべきは、何の仕事をしてもらうかを明確にしたうえで、結果に対して然るべき評価と報酬を与えることです。これが基本でしょう。そもそも雇用とは、会社に存在する業務ニーズに対して社員が上げた成果をふまえて報酬を払うという契約です。その構図は、社員が60歳を超えたからといって変わるわけではなく、その意味では一般的な中途採用と何ら変わりないというのが私の持論です。

現在、企業は65歳まで社員の雇用を維持するように義務付けられていますが、一般的には60歳に定年を迎えたタイミングで雇用関係は仕切り直しされます。具体的には正社員から嘱託社員などに切り替わるのですが、これは一種の「社内中途採用」です。企業が「わが社にはこういう仕事があって、誰か働きませんか?」と募集をかけ、それに対して「私はこういう貢献ができます」と応募者が手を挙げる。

これが通常の中途採用ですが、社員が定年を迎えたときにも、互いの希望をふまえたうえで同じようなマッチングが行なわれれば、会社にとっても社員にとっても喜ばしい話でしょう。

――一方で、一般的な中途採用との違いもあるはずです。どんな点が挙げられますか。

【今野】企業にとってはシニア社員の雇用は義務で、通常の中途採用とは異なって希望されれば「採用しなくてもいい」というオプションはありません。だからこそ、ミスマッチが生まれると、お互いにとって悲劇です。シニア社員のためにわざわざ仕事をつくることを、私は批判的な意味合いを込めて「福祉的雇用」と表現しています。マッチングは基本的に需要サイドから考えるべきで、企業はこの姿勢を徹底しなければなりません。

――その場合、すべてのシニア社員が自分の希望やスキルに見合った仕事を続けられるわけではない、という状況が生まれるのではないでしょうか。

【今野】需要側である企業が自分たちのニーズに沿ってマッチングすれば、ある面では致し方ないことかもしれません。一般の中途採用だって、応募者から見てすべての条件の希望が叶うケースは決して多くありません。

ただし繰り返すようですが、企業には雇用の延長を望むシニア社員を雇わない選択肢はありません。そうである以上、極力、ミスマッチが起きないような仕掛けや仕組みづくりが求められる。その際、典型的な手法はすでにいくつもの大企業が採り入れている社内公募制で、各部署が「私たちはこんな人材を求めています」と社内に募集情報を流し、それに見合うシニア社員とのマッチングをめざすやり方です。

とはいえ、社内公募制さえ採り入れれば万事が上手くいくわけではなく、どのように各部署とシニア社員をマッチさせるかは、ある意味では人事の腕の見せどころです。その反対に、雇用さえすれば法的な義務は果たせるということから、簡単な定型業務をお願いすればいいと考えるなど、シニア社員の能力を活用できないケースが生まれれば、企業の競争力は向上しません。

 

人事制度をいかに設計するべきか

――「社内中途採用」という観点に立てば、シニア社員側にも「求められる人材」になるための努力が求められるでしょう。

【今野】そう。言うなれば「(自分を)売れる力」をつくらなければいけません。いつまでも会社に「おんぶにだっこ」の姿勢では共倒れするだけです。ただ、とくに大企業で定年まで勤めあげた人は、仕事とは会社から与えられるものだと受け身になりがちです。ですから私は、半分は冗談ですが、たとえ嘘だとしても「私はこういう点から御社に貢献できます」と言い切る就職活動の学生を見習うべきだとよく話すんです(笑)。

供給サイドのシニア社員は、自分にはこんな能力と経験があって、具体的にどう会社に貢献できるのかを需要サイドの会社に売り込むべきです。もちろん需給のバランスの問題もあり、すべてのシニア社員が希望どおりの場所や条件で働けるということはない。ですが上手くマッチしたならば、その社員は65歳と言わず70歳まで働いて会社に貢献してくれるかもしれません。

――評価や賃金などの人事制度については、どのように設計するべきでしょうか。

【今野】まず認識するべきは、一般的な社員との違いです。たとえば、新卒で入った社員は基本的に、時間をかけて育てて、それから活躍してもらうという長期的な観点から報酬や評価も考えられます。

一方で、シニア社員は働いてもあと5年や10年ですから、いまもっている能力を活用し、いまある仕事に対して貢献してもらわなければいけません。つまりは短期雇用型の社員で、報酬についても年齢や能力ではなく、あくまでも「何の仕事をしているか」「どんな成果を上げたか」という点以外は考慮する必要はありません。その意味では、じつにシンプルな考え方と言えるでしょう。

企業の施策を考えると、たとえば仕事の難易度をいくつかのレベルに分けて給料を払い、成果に対しては昇給やボーナスに反映する仕組みを考えるのが合理的でしょう。現在の日本では、シニア社員は仕事の難易度や成果に関係なく、たとえば一律で定年前の60%などの報酬を払われているケースは少なくありません。

――それではシニア社員にとっては頑張ろうが頑張るまいが報酬や評価は変わらないわけですから、モチベーションの維持が難しそうです。

【今野】じつに大きな問題で、そのような人事制度を採り入れている企業は、シニア社員に対して最初から期待しておらず、活用する気もないと見られても仕方ありません。いますぐにでも、仕事ベースで報酬を払う仕組みに改めるべきでしょう。

とはいえここにきて、大企業だけではなく中小企業のあいだでも、シニア社員に対する人事制度を見直す企業が増えています。その意味では、日本は間違いなく生涯現役社会に近づいているのです。

 

キャリアを「反転」させる発想

――60歳から65歳に定年を延長する企業もあります。この動きはどう見ていますか。

【今野】65歳定年を導入した企業でも、旧定年年齢である60歳を迎えた社員は賃金を下げられたり配置を変えられたりするケースがあります。これでは60歳定年と何も変わりません。そのようなグレーなケースをつくるくらいならば、けじめをつけて「社内中途採用」を行なう意味でも、60歳定年を維持するべきではないでしょうか。

いずれにせよ、大事なのはある段階で、企業と社員が互いに配置や処遇を見直す機会を設けることです。それが結果として、企業にとってはキャリアのある社員の経験やスキルを活用すること、社員にとっては年齢に関係なく納得感をもって働き続けることにつながります。そこで労働者側に求められるのが、新しい環境で働くうえでの意識の入れ替えです。定年を迎えた社員は、もし仕事の内容は変わらないとしても、職責は変わりますから。

――とくに環境が大きく変わりうる役職者にとっては悩ましい問題になりそうですね。

【今野】もしかしたら、気持ちがついていかないシニア社員もいるかもしれません。ただし、この点については一人ひとりが意識を変えるほかなく、私は定年を迎えて悩む労働者に、「皆さん若いときから頑張ってきて、キャリアをのぼり続けてきました。

でも、それを65歳、70歳まで続けるつもりですか? それは、精神的にも体力的にもたいへんでしょう」と呼び掛けています。無論、会社としても人材の入れ替えは必要で、いつまでも同じ人物が管理職に就いているようでは新陳代謝が生まれません。

――これまでの日本社会ではキャリアは直線的なものと考えられてきました。その意識を変化させることが求められるということですね。

【今野】働く年齢が60歳までであれば、従来の価値観でも問題なかったかもしれません。ですが、より長く働くならば、キャリアを「反転」させる発想が求められるでしょう。そもそも、業務目標の達成や部下管理に追われてプレッシャーもかかる管理職を続けるのは、精神的にも体力的にも厳しいことです。それよりも、一社員として頑張り直すよう意識を変革し、キャリアを反転させることの重要性を自覚しなければなりません。

――日本ではかつて、経済が右肩上がりに成長し続けました。その影響で、個人のキャリアも同じようにあるべきだと考えられたのかもしれません。

【今野】一方で、じつは私は日本だからこそ「生涯現役社会」を実現できると考えているんです。

――なぜそう言えるのでしょうか。

【今野】よく紹介されるとおり、欧米の企業は「ジョブ型雇用」ですから、労働者は同じ仕事をやり続けて年齢を重ね、成果を生み出せないようになれば雇用を続けられません。

一方の日本はもうすこし柔軟で、会社や本人の状況に合わせて仕事を変えるという発想がある。そして、何らかのかたちで会社に貢献できれば、働き続けることができる。それはソフトランディング型長期キャリア形成と言えるかもしれません。生涯現役社会をつくるうえでの重要な考え方です。

極端に言えば、生涯現役社会をめざすうえでは、欧米型の仕組みや働き方を参考にする必要はありません。高齢化社会という意味では日本が先頭を走っていて、それはたしかに喜ばしいことではありませんが、新しいモデルを国際的につくる立場にいるとも言い換えられる。私たちは、少なくともその自覚をもつべきです。

 

定年後に求められる「プラットフォーム能力」

――日本では昨今、リスキリング(学び直し)などの重要性が指摘されていて、日本政府も政策として打ち出しています。今野先生はどう評価されますか。

【今野】私が強調したいのは、シニア社員について言えば、たとえば30年、40年間働き続けていれば、その人は何がしかの貴重な経験とスキルをもっているはず、ということです。ですから、リスキリングなどを進める前に各人の能力を見直し、しっかりと活用される社会をめざすべきです。そのうえで、現場で必要な能力が変わるならば、勉強すればいいだけの話でしょう。

とくに日本の企業で管理職を務めた人は優秀で、だからこそ、気持ちの切り替えが重要になると先ほども申し上げたのです。裏を返せば、職責が変わったにもかかわらず、以前のように若手社員を部下のように使おうとするシニア社員は問題です。つまりは、定年後の新しい役割に合わせた働くうえでの意識と行動をとる「気持ち切り替え力」が必要です。

定年後には現場の若い社員と同僚として一緒に働くことになりますから、新しい環境に沿った人間関係をつくらないといけません。また、部下はいなくなりますから細かい業務も自分でやれるようになる必要がある。これらは言うなれば、「ヒューマンタッチ能力」と「おひとりさま仕事能力」です。

リスキリングで特別なスキルなどを身につける前に、以上で紹介した3つの能力、私はこれを「プラットフォーム能力」と呼んでいますが、それさえあれば定年後も問題はありません。

――若手社員からしても、そうした能力をもつシニア社員であれば気持ちよく仕事ができそうです。

【今野】そう思いますよ。反対に、これらの能力をもたないと、そのシニア社員は職場で気持ちよく受け入れてもらえません。いずれにしても、言うなれば、私たちはいま新しい社会実験に取り組もうとしているわけですが、それは何も難しいプロジェクトではありません。会社と労働者が真っ当な雇用関係を結べばいいのです。

――先ほどの「キャリアの反転」についても、たとえば自営業の人びとは昔からそのように働いてきたわけですから、彼ら彼女らを見習えばいいでしょう。

【今野】私の両親はまさしく自営業で、元気があるうちはお客さんを増やすために働いていましたが、あるときから自分の体力や能力に合わせて仕事量を減らし始め、最終的には近所の知り合いに向けて商売をしていました。これからの組織や労働者には、そんな発想が求められているわけで、「長く働く」とはそういうことです。

もちろん定年前と同じように、右肩上がりでキャリアを重ねていきたいと考える人がいるのは結構なことですが、誰もがそうである必要はないのです。

いずれにせよ重要なのは、意欲と能力がある人が年齢に関係なく働き続けられる仕組みを社会が整えることであり、企業はそんな労働者をしっかりと活用しなければいけない。そうして「生涯現役社会」を実現することは、日本経済の起爆剤になるとともに、人口減少が本格化するこれからの時代には避けて通れません。

 

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