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増え続ける業務で「また残業か...」 管理職の罰ゲーム化に、企業が無関心を貫くワケ

2024年08月05日 公開

小林祐児(パーソル総合研究所上席主任研究員)

罰ゲーム化する管理職

日本の管理職は「強者のなかの弱者」である――。日本のマネージャーの苦境と解決への糸口とは? 『Voice』2024年8月号では、ロングセラー『罰ゲーム化する管理職』(インターナショナル新書)の著者、小林祐児氏に話を聞いた。

※本稿は、『Voice』(2024年8月号)より、より抜粋・編集した内容をお届けします。
 聞き手:編集部 阿部惇平

 

日本の管理職は「強者のなかの弱者」 

――本書は、管理職という本来は会社にとって大事なポジションが「罰ゲーム」のようになっている構造や原因を明らかにしながら、そうした事態を解決するための具体的な糸口を提案しています。執筆の動機は何でしたか。

【小林】日本のマネージャー向けの本の多くは、「もっと工夫せよ」「これを学べ」と、さらに負担を押し付けるものばかりです。そうした状況への問題意識が一つのきっかけになりました。

私に言わせれば、日本の管理職は「強者のなかの弱者」です。組織の序列では「上位」のポジションですが、出世しているがゆえに孤立している人が多い。

加えて、管理職が抱える負荷は、近年増え続ける一方です。「マネージャー」として、部下の育成や管理業務を任される一方、昨今は人手不足の影響で「プレイヤー」としての成果も同時に求められます。しかも、働き方改革やコンプライアンス対応にも日々追われている。まさに「職場のしわ寄せ」を一手に引き受けている状況です。

しかしながら、企業や社会のなかで「管理職を救おう」という動きは一向に起こりません。なぜならば、管理職の問題は、大抵はビジネスモデルや会社運営上の問題だと見なされてしまうからです。要するに、多くの人が、管理職の問題に対して無関心なのです。

だからこそ、世に溢れるマネージャー向けの本の多くは、1on1面談のコツやフィードバックのポイント、部下育成のツボなど、管理職に「あれもこれも」とさらに負荷をかける内容になっているわけです。民間企業のビジネスの現場の近くで研究する身としては、こうした状況は看過できませんでした。

――本書は、管理職の「罰ゲーム化」の攻略方法が具体的に論じられているだけでなく、それが生じる「構造的な要因」についても詳しく解析されています。どんな意図があったのでしょうか。

【小林】大半の企業が、意欲を高めたりスキルを鍛えたりすることで、管理職に「罰ゲーム化」を乗り越えさせようとしています。しかしこれは、組織に責任がある問題を、個人の責任にすり替えているだけです。管理職に負荷をさらにかける「筋トレ的な発想」では、「罰ゲーム」を攻略するどころか、さらに迷宮入りさせてしまいます。私たちは「罰ゲーム化がなぜ起きているのか」という「問題の構造」を理解する必要があるのです。

――「罰ゲーム化」を生む「構造的な要因」とは何でしょうか。

【小林】本書でも触れましたが、象徴的な例の一つが、日本の組織に特有に見られる「入れ子」状のコミュニケーションです。平たく言えば、役職者が2つ下の階層まで口を出しすぎる、という問題です。

たとえば、部長が課長を飛び越えて、主任やメンバーに対してあれこれ口を出すという姿は、日本の組織ではありふれた光景です。上位役職者が「チーム全体の代表者」のような意識を強くもっていて、それによって指示系統にズレが生まれてしまうのです。

加えて、上位役職者の多くが、現場の感覚がすでにわからなくなっており、生半可な知識で現場に口を出しているケースが散見されます。その結果、組織の意識決定が非常に煩雑になり、上司と部下の板挟みに遭う「中間管理職」にそのしわ寄せが及んでいるのです。

このような歪なコミュニケーション構造は、一刻も早く刷新すべきです。トップダウンで思い切った経営改革を行ない、少なくとも、管理職同士の指示系統はハッキリさせておくべきでしょう。

 

「罰ゲーム」をどう攻略するか

――会社が状況改善のために「何もしてくれなかった」場合、管理職はどう行動すべきでしょうか。

【小林】本書で私が伝えたかったメッセージの一つは、「完璧な上司」をめざす必要はない、ということです。誤解を恐れずに言えば、会社のルールや決まりに、必ずしも生真面目に従う必要はない、というのが私の考えです。

たとえば、最近は部下との1on1面談やフィードバック面談を導入する企業が増え、それが「管理職の負担」になっているとよく言われます。ところが、その1on1面談やフィードバック面談も、じつのところは、会社に言われた通りの方法でやる必要はないのです。

事実、研究者の私から見れば、「1on1」ではなく、「2on2」のほうが上司・部下双方にとって都合が良いケースもあれば、2週間に一度ではなく、1ヶ月で一度程度の面談で十分に事足りる場合もあります。

つまりは、「正解」は複数のパターンがあるわけで、会社側が指示する形式が「絶対的な正解」とは限らない。そうであるにもかかわらず、一つの「正解」のパターンしか経営者や人事部が知らないがゆえに、現場にそれを押し付けてしまうケースが散見されます。

本来であれば、パターンをいくつか管理職に示して、臨機応変に面談方法を選んでもらうのが理想的ですが、残念ながらそれができている企業は少ないのが実情です。

――おっしゃるように、「画一的なルール」に苦しむ管理職は多いように思います。

【小林】ですから、優秀なマネジャーほど、「会社のルール」をあまり守らないのです。

たとえば、全国チェーンの小売店の「スーパー店長」などと呼ばれるマネージャーたちが何をやっているかというと、とにかくインフォーマルに部下やアルバイト店員に役割を渡すわけですね。

会社のルールは逸脱しても、「君、優秀だから発注作業も任せちゃおうかな」「仕事ができるから、シフト管理もお願いしようと思う」などと、相手側も嬉しくなるような任せ方をするのです。

会社のルールや目標は、それを社員が守ろうとするから、大きな「拘束力」をもちます。つまりは、多くの管理職が就業規則や数値目標などが「絶対的」にあると信じて、そのなかでもがき苦しんでいるわけですが、実際は順序が逆であると気付いてほしい。

個々人が会社のルールや目標を守り続けた結果、それを徐々に社員全員が「当然」だと思い、「変えられない」と思い込む――。これが現在多くの組織で起きていることなのです。

――順序の逆転という意味では、まさしく、マルクス経済学で言う「物象化の論理」や、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」にも通じる考え方ですね。

【小林】おっしゃる通りです。じつのところ、私が用いている「罰ゲーム」というメタファーは、ウィトゲンシュタインの哲学をかなり意識しています。本書では内容を単純化するために「ルールをつくった人がいる」などという書き方にしましたが、真に伝えたかったのは、ルールを守る側こそがルールをつくり続けている、というまさに「ゲームの本質」です。

――その意味では、自身の仕事を「罰ゲーム」と捉え、相対化することが、「管理職の罰ゲーム化」を防ぐ糸口になると言えそうです。

【小林】重要なご指摘です。ひと昔前であれば社会全体で、管理職をめざして苦労しながら昇進していくというストーリーが自明視されていました。「罰ゲーム」というメタファーさえ、成立しえなかったはずです。

しかしながら、現在は「管理職への出世」という決まったレール以外のキャリアも広がっており、人びとの意識も変わり始めています。

だからこそ、「これは罰ゲームでは」と指摘されると、「そうそう、そうなんだよ」と反応する「スキマ」が生まれ始めたように思います。本書はまさにその「スキマ」に光を差し込む本であり、その「スキマ」から、「管理職の罰ゲーム化」を攻略する力が生まれるものと信じています。

 

著者紹介

小林祐児(こばやし・ゆうじ)

パーソル総合研究所上席主任研究員

上智大学大学院総合人間科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。NHK放送文化研究所、総合マーケティングリサーチファームを経て現職。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。単著に『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎新書)、『リスキリングは経営課題』(光文社新書)、共著に『残業学』(光文社新書)、『働くみんなの必修講義 転職学』(KADOKAWA)など多数。

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2024年9月号

Voice 2024年9月号

発売日:2024年08月06日
価格(税込):880円

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