
霞が関を取り巻く労働環境の変化は、「議員の質問」に起因する...。「国会議員の質問」と「霞が関における残業」の関係性を夜の人流データを基に早稲田大学准教授の片山宗親氏が解説する。
※本稿は、『Voice』2024年5月号より抜粋・編集した内容をお届けします。
「世の中に無意味な質問などはない」と思っていた。
日本の教育や研究の場では、学生から質問が出ないことも多く、心理的抵抗を下げるためにも「くだらない質問などない」などと言うことも多い。ただ、「国会議員の質問」と「霞が関における残業」の関係性を研究し始めてから、それが間違いかもしれないと感じるようになった。
本稿では、両者の関係性を多角的に検証する。
筆者の専門はマクロ経済学である。その分析手法を応用し、霞が関の残業に焦点をあてた研究を近年行なっている。そのような経緯から、年のはじめに、「霞が関『夜の人流』データに見る官僚の長時間労働」と題した記事を『週刊東洋経済』(2024年1月6日発売号)に寄稿する機会を得た(執筆当時)。
これは、米ゲティスバーグ・カレッジの荒井夏來助教授、早稲田大学の濵野正樹教授と村上勇気氏、近畿大学の山田克宣教授と筆者で共同執筆している学術論文の内容を、できるだけわかりやすいかたちで説明したものだ。本記事は、朝日新聞の「論壇時評」や日経新聞の「経済論壇から」で取り上げられるなどの反響があった。
サービス残業などが典型であるが、残業は一般的にはデータとして正確に記録されにくく、外部から把握しにくい。この問題を克服するために、われわれは人流データ(携帯電話の電源さえ入っていれば、特定のエリアに存在している人数を把握できる)を活用して、国家公務員の霞が関における残業問題の一端に光を当てた。この点が評価されたのだろう。
われわれは、官庁が集中する「霞が関エリア」の人流データを活用して、国会議員が内閣に提出する「質問主意書」が国家公務員の残業にどのような影響を与えるかを、分析・研究した。国会議員は国会開会中に、議長を経由して内閣に対して文書で質問することができ、この文書を「質問主意書」と言う。
国会議員の質問と言えば、本会議や委員会の場で口頭で行なうものを思い浮かべる人もいるが、これは「質疑」と呼ばれ、質問主意書とは異なる。法律の定めにより、内閣は質問主意書を受け取ってから1週間以内に、質問の内容に回答しなければならない。
「1週間」と聞くと時間的な余裕があると思われるかもしれないが、実際はきわめてタイトなスケジュールである。
質問主意書に対する答え(答弁)を準備するのは霞が関の官僚である。質問への答えを単純に作成すればすむ話ではなく、関連省庁との折衝や省内の決裁プロセスを経なければならない。また、法律との整合性や過去の答弁との一貫性をチェックするために、最終的に内閣法制局の審査を受けなければならない。
また、その答弁は内閣の公式見解となることから、火曜日と金曜日に開催される閣議で判断を仰ぐ必要がある。そのためには、閣議が開かれる2日前の正午までにはすべての作業が完了していなければならない。
そのような制度的な理由から、質問主意書への対応が官僚の残業につながるとはよく言われることだ。また、答弁作成が予期せぬもので、きわめて大変であることは、われわれの耳にも漏れ伝わってくる。
たとえば、厚生労働省の元官僚である千正康裕氏は、著書『ブラック霞が関』(新潮新書)で、「若手が最も業務負担を感じているのが、質問主意書だ」と述べている。
実際、本書のなかでは、答弁書の作成を17時に開始し、省庁内での審査・修正作業を経て、27時過ぎに最終審査のために内閣法制局へ答弁書を提出し、帰宅する、といったワークフローが紹介されている。
また、人流データを活用したわれわれの分析結果は、霞が関の官僚の残業が、質問主意書が提出された1週間後の「締切」に向けて増加することを示している。
さらには、締切を過ぎて質問主意書が提出されてからも官僚の残業は統計的に有意に、かつ継続的に増加する。これはきわめて重要な分析結果である。
質問主意書の答弁作成当事者のみならず、周囲の関係者を巻き込んで雪だるま式に残業増加の連鎖が生まれていることを示唆しているからだ。このことは、質問主意書への対応が負の波及効果を生み出しているということを意味しており、「質問主意書対応」のコストとして認識されるべきだ。
しかしながら、霞が関の残業の根本的な原因を考えてみると、質問主意書への対応は、じつは残業の主たる要因ではない。時折メディアでも話題になるとおり、予算委員会をはじめとする、国会のさまざまな委員会において行なわれる「質疑」への対応が、霞が関における残業の主な要因となっている。
国会議員が委員会などで質疑をする際、有意義な議論を行なうために、質問する内容を事前に通知するのが慣例になっている。これが、「質問通告」である。質問通告は質疑の2日前の正午までに行なう必要がある。
内閣人事局の調査によれば、近年状況は改善しつつあるものの、依然として、期日があまり守られていないのが現状だ(ただ、委員会の開催が前日に決まるなど、政治家の意思とは別に質問通告が遅れてしまうケースも存在する)。
質問通告を受けた省庁は、想定問答を作成する。通告された質問内容は、国会議員によって大きくばらつきがあると言われている。ピンポイントな質問内容がくる場合もあれば、内容が漠然としており、具体的にどのような質問なのか、想定問答が作成できるレベルまで落としこまなければいけないケースもあると聞く。
前日ぎりぎりの通告や、きわめて抽象的であいまいな通告内容(1行通告)などは、官僚の残業に直結する。たとえば、昨年(2023年)の臨時国会中(令和4年第210回)に一番遅かった答弁作成着手可能時刻は、委員会開催当日の午前1時だった。
「質問主意書」に関しては、その情報(誰が、いつ、どんな内容を提出したのか、どのような答弁がなされたのか)はすべて公開されており、一通の質問主意書が官僚たちの残業をどの時間帯で、どれくらい増やしたかという因果関係を定量分析できる。
しかしながら、質問通告に関連する情報は、委員会開催日と議事録から事後的に観察される質疑と答弁内容からしか把握できない。この背後でどれほどの想定問答が事前につくられたのか、質問通告のタイミングがどれほどタイトであったかが明らかにされていないため、分析対象としては取り上げることができなかった。
他方で、因果関係に踏み込めなければ意味がないかと言えばそうではない。データ上で何が起きているのか、という「記述的分析」にも十分意味があるだろう。
そこで筆者は、2014年から2021年までの人流データ(株式会社ドコモ・インサイト・マーケティングのモバイル空間統計)をもとに、霞が関エリアに滞在している人口が、予算委員会が開催される前にどのように変化するかを統計的に記述した。『週刊東洋経済』の記事のもとになった研究と類似の手法である。


上の図1と図2の縦軸はそれぞれ、予算委員会前日、前々日の霞が関エリアにおける滞留人口の変化を示している。左側のパネルは衆議院予算委員会前日の、右側のパネルは参議院予算委員会前日の変化である。
時間帯にもよるが、2%から4%程度ほどそれぞれの時間帯で滞留人口が増えていることがわかる。とりわけ特徴的なのは、24時以降の時間帯でも統計的に有意に増えていることである。
特筆すべきは、衆議院予算委員会前日の残業よりも、参議院予算委員会前日のほうがより顕著に残業に影響を与えている点である。衆議院予算員会は参議院のそれよりも日程的に先行するため、前者のほうが残業に与える影響は大きいのではないかと予想していたが、ほかの要因があるのかもしれない。
通常、予算委員会での質疑時間は各政党の獲得議席に比例して配分される。そのため、与党の議席シェアが比較的少ない参議院では、野党議員の質問回数が多くなり、それに応じて、前日の「残業の増加程度」が衆議院予算委員会と比べると大きい可能性がある。
また、参議院予算委員会の質疑では、「片道方式」と呼ばれる方法で質疑時間をカウントしており、その制度的な差も参議院予算委員会前日の残業が増えている要因になっているのかもしれない。
衆議院では質問に対する回答時間も含めて質疑時間をカウントする「往復方式」が採用されているが、参議院では回答時間はカウントされない。このために必然的に質問数が多くなり、予算委員会開催前日の残業増につながっているのかもしれない。
さらに、前日の残業は、国会の「質疑」と統計的に有意な増加が観察されるものの、前々日にはそのような変化は観察されない(図2)。衆議院では早い時間帯で霞が関エリアの人口が減っており、参議院ではすべての時間帯で増えているように見えるが、これらは統計的に増減がゼロではないと言い切れない点に注意が必要である。
質問通告が前々日までに完了していたとしても、想定問答の作成が直前までずれ込むことは大いに考えられる。そのため、前日の残業増をすべて遅い質問通告のせいにできない点は、留意が必要である。
質問主意書提出の影響は、霞が関の官僚のみに影響を与えると考えられるが、予算委員会の日程そのものへの影響は、官僚以外の滞留人口にも影響を与えかねないために(たとえば、通常時よりも多い客待ちのタクシー運転手など)、残業への影響を多少過大に評価している可能性がある。
しかしながら、無視できない数の官僚が、予算委員会直前に早朝まで残業していることは事実である。
このような状況が問題視されるようになって、霞が関の働き方改革や、それに向けた現状把握は徐々に始まっているように見える。内閣人事局の国会対応業務に関するデータ集計によると、近年では委員会開催前々日の質問通告の割合が徐々に増えている。
このような背景から、「官僚の労働環境」を変えるべく、現在さまざまな提案がなされている。霞が関で一番に望まれているのは、質問主意書回答などにおける、「時間的制約の緩和」だ。
しかしながら、時間的制約の緩和は、必ずしも残業を減らすための効果的な対策とは限らない。質問主意書対応に関連して、2018年から2019年にかけて運用の変更が行なわれ、時間的な制約が緩和された。これにより、答弁作成の当事者が楽になった可能性は否定できない。
しかしながら、運用変更前後を比較したわれわれの研究では、主意書提出から数日後に観察される残業の顕著な増加は、ピークのタイミングが後ろにずれるだけで、依然として観察される。
期日がタイトであれば、その制約の範囲内で答弁が作成されるが、時間的余裕が生まれれば、より細かい内容が期待される可能性がある。また、回答期限を延ばすことはタイムリーな答弁を減らしかねない。
現時点でも、正当な理由さえあれば、回答期限の延長は可能である。質問通告の事前提出の期日を前もって設定し、それを政治家が遵守することも必要だ。期日以前に提出できるならば、それにこしたことはない。
しかしながら、直近の議論や社会情勢を踏まえた質疑の必要性を考慮すると、時間的猶予を十分につくることが建設的な議論につながるとは考えにくい。
質問の質は、それを行なう「国会議員の質」である。一番重要なのは、国会議員が真に必要な質問を、適切なタイミングで行なうことである。
質問主意書の内容とそれに対する答弁は衆参のホームページ上で公開されている。霞が関の残業に関する研究を開始して以降、質問主意書の内容に詳しく注意を払うようになったが、質問主意書の提出パターンや議員の質問内容に呆れることがじつに多い。
どんなにくだらない内容でも、シンプルな主意書でも、答弁は閣議決定されなければならず、一定の調整プロセスを必要とする。
国会会期中であればいつでも質問主意書を提出することができるにもかかわらず、会期末に大量の質問主意書が一度に提出されるケースが散見される。実際、会期終了間際に1日で30通の主意書が提出されたケースもあった。
文字どおり解釈するならば、一晩で30個の質問を思い付き、文書化し、提出したということだ。常識的に考えれば、その可能性は低い。質問主意書の提出やその数は、政治家の評価として使われることがあるために、駆け込みで提出されるケースが生じているのだ。
質問通告に関しても、あいまいな「1行通告」は、カバーしなければいけない潜在的な質問数が膨大になるために、残業を増やす。実際には問われることのない潜在的な質問に対して、答弁案を作成する作業は不毛である。
実際の質疑の内容は公になるものの、質問通告の内容や提出のタイミングなどは公表されず、われわれが検証することもできないためにタチが悪い。具体的な質問を事前に提示することは、建設的な議論を行なうためには不可欠である。
有権者にも国会議員の質問を積極的に評価することが求められる。質問内容や明らかになった内容だけでなく、問いの立て方や聞き方に、政治家としての質が現れている。
政策論争も重要だが、どのような質問をしているかも政治家の資質を測るうえで重要である。不毛とも思える質問通告や質問主意書の提出の裏には、高度な政治戦略が隠されているのかもしれないが、霞が関の人的資本を不必要に毀損する戦略は、国民にとっても望ましいものではない。
とりわけ、志望者数の減少と転職者の増加に直面している霞が関では、きわめて重要な課題である。
これらの問題を、政治家の責任や省庁内部に特有な問題などと片付けてしまうのは容易である。人的資本は一朝一夕に改善されるものではなく、霞が関を取り巻く環境の悪化は、公的サービスのクオリティーの低下を通じて、われわれに中長期的な影響を与える。
国会議員は無意味な質問をすることを恥だと思うべきだし、われわれはそれを不毛であると言わなければならない。
更新:05月18日 00:05