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天才哲学者が提言、危機の時代に学ぶべき意外な教養とは

マルクス・ガブリエル(哲学者), インタビュアー:大野和基(国際ジャーナリスト)

写真:的野弘路

「新実在論」の提唱者であるマルクス・ガブリエルは、「今後、東洋思想がますます存在感を増すことが確実に期待されます」と説く。我々は東洋思想から何を学ぶべきなのか。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『時間・自己・幻想』から、一部を抜粋・編集したものです。

 

東洋思想は現代の状況を解決するうえで重要な役割を果たしうる

──(大野)各地での紛争、民主主義の危機、経済圏の分断など、世界中で大きな混乱が起こっています。 このような時代において、西洋哲学だけではなく、東洋思想の知恵を学ぶことも重要なのではないでしょうか。

【ガブリエル】私は、東洋思想は現代の「入れ子構造の危機(nested crisis)」についての議論におおいに関わっていると思います。「複合危機(polycrisis)」よりもこちらの言葉のほうが的を射ているのではないでしょうか。複合危機は単に複数の危機です。

私が考える入れ子構造の危機は、一つの危機が別の危機の中に組み込まれ、相関関係を持った状態です。単なる複数の危機ではありません。

量子力学から国際関係まで、21世紀の私たちが究極の相互接続性という条件の中で生きているのは明らかです。現実が、明確に定義でき他と区別できる基本的な実体で構成されているという考えは、今では控えめに言っても時代遅れです。

ですから、私は現実はネットワークのネットワーク、すなわち「入れ子構造」であると考えるのです。

安定した客体や点は関係の動きの結果にすぎず、客体は無限の関係が一時的に停止した点でしかありません。私はそれが存在論、現実そのものの形だと考えています。現実そのものが、現在の人類の危機的な条件の中に表れています。

危機的な現代の状況について考える多くの人は、すべてのものが相関しているという思想に寄与するものとして東洋思想を引き合いに出しがちです。相関関係の観点で考えているわけです。しかしこの問題はもっと深く掘り下げられます。相関関係だけではないのです。

そして、東洋思想の「すべてのものが相関している」という思想も、その一言で言い表せるほど単純なものではありません。もともとの、事象と事象の相関関係についての思索を重ねてきた東洋思想について、もっと精細に考究することは意義のあることです。

東洋思想は現代の状況を解決するうえで重要な役割を果たしうると私は考えています。現在はアジアの世紀です。

今がアジアの世紀であるとすれば、まず、なぜ今がアジアの世紀なのかを理解することが大切です。この問題は、アジアの思想、東洋思想、そしてそれが未来にとって何を意味しうるかに関わってくるのです。

 

西洋哲学は不変を追求し、東洋思想はそれを幻想と見なす

──(大野)非常に大ぐくりな質問なのですが、西洋哲学と東洋思想について、その全体的な特徴に相違点がもしあるとしたら、どのような点が挙げられるでしょうか。

【ガブリエル】西洋哲学と東洋思想の大きな違いは、西洋哲学が不変のものを探求している点だと思います。

この姿勢が現代の原子物理学につながりました。現代物理学は不変のもの、宇宙の構成単位、フェルミオンとボソンを特定する最新の試みにすぎません。それが現代の物理学です(ただ、フェルミオンとボソンはそれほど不変なものではない可能性もあります)。

古代ギリシャ以降の考え方は、存在の原理を見出すことです。原理とは、すべてが変わる中で、同じままであるものを意味します。

他方、日本人が問うのは、「変わらないものが存在するという幻想はなぜ生じるのか」です。東洋思想の立場からすると、西洋の形而上学は、初期からずっと幻想なのです。

2800年ほど前にインドで思想が2つに分かれました。片方は東洋に行き、「変わらないものがあるというのは幻想である、その幻想を克服しなければならない」という考え方になりました。もう片方は西洋に行き、アフリカ発祥の思想と融合しました。

実は、とても重要なことですが、西洋思想はアフリカ思想なのです。西洋とアフリカは実は同じです。ヨーロッパとアフリカに興味深い関係があるのはそこに理由があります。

ヨーロッパはアフリカが存在しないようなふりをしています。しかし実は、植民地支配の歴史もありましたが、アフリカは私たちヨーロッパ人の最も近しい隣人なのです。天候がよければスペインからアフリカ大陸が見えますからね。北朝鮮と日本よりも近い。ヨーロッパとアフリカは本当に近いのです。

プラトンは、あらゆる叡智はエジプトに由来するとはっきり言っています。エジプトはアフリカにあります。西洋思想の歴史をたどれば、2000年前のある時点にアフリカにたどりつくのです。変わらざるものというこの思想の源泉はここにあるのです。

一神教もそうです。著名なエジプト学者のヤン・アスマンがそれを示しました。アスマンが一神教の起源を研究したところ、一神教はエジプトに発し、その後ユダヤ教などに移ったことがわかったのです。「永遠の不変の太陽という思想」です。学問の世界ですっかり明らかになっています。

ただ驚くべきことに、この仮説は日本もギリシャ人と同様に太陽を中心に考えているという誤解にもつながっています。しかしギリシャ人は太陽を不変のものと考え、日本人は太陽とは動きであると考えています(笑)。

どちらも太陽について考えていますが、ギリシャ人は太陽を中心にあって不動のものと考えているのです。

 

西洋哲学と東洋思想は、互いに補完し合う

──(大野)西洋哲学と東洋思想は、お互いに補完するものになっているでしょうか。

【ガブリエル】西洋哲学と東洋思想、どちらもパラドックスに陥っている側面があります。

東洋思想は、すべてのものは変化しているが、変化は変わらないというパラドックスに陥っています。つまり変化が一種恒久的なものであるという考えです。たえず変化しているが、変化していることは変わらない。これはアリストテレスがすでに言ったことです。

アリストテレスが彼の物理学の中で同じようなことを言っています。「運動は動かない」と。

それが東洋思想のパラドックスであり、東洋思想の表現が逆説的であるのはそのためです。もともと、日本思想などの歴史についても似たようなことが言えますが、特に中国思想を見ると、教説と実践において逆説的な表現がなされています。

他方、西洋哲学は変化に対して悪しき関係に至っています。なぜなら、西洋では変化は幻想にすぎないとして評価をおとしめられているので、すべてを安定させよう、永続するものを作ろうとするのです。

建築のあり方にも、両者の違いが表れています。例えば清水寺は究極の安定した構造物ですが、これが安定しているのは固定されず、揺れやすくて容易に動くからにほかなりません。動くからこそ、幾度もの地震を耐え抜いているのです。

ギリシャ人は永遠を目指して建築物を造りましたが、ギリシャの建築は何世紀も経つうちに壊れて、今では廃墟になっています。

彼らは永遠を目指して建てたのに、造ったのは廃墟だった。日本人は今現在のために建てて、それが永遠に残っている。これはパラドックスです。

私の存在論は、ある意味両者の統合を目指しています。私の思想は14歳のときから東西双方の伝統に影響を受けてきました。両方が常に私の頭の中にあるのです。

私はグローバリゼーション時代の子どもです。私が哲学思想家になった90 年代はグローバリゼーションが最高潮に達した時代です。つまり、西洋と東洋がおそらく初めて本当に出会ったわけです。

日本のソフトパワーも少なからず寄与しました。グローバリゼーションには他の要素もありますが、80年代後半から90年代が日本のソフトパワーと経済力の時代でもあることを忘れてはなりません。私はその時代に成長したのです。

グローバリゼーションは、日本にとって非常に重要な時代だったと私は思っています。

今、世界はグローバリゼーションの終焉に向かおうとしています。グローバリゼーションのかわりに生じたのは、接続性です。私たちはつながっていますが、もうグローバル化はしていません。新たな段階に入ったのです。

しかし東西の世界観が本当に出会い、互いを理解し始めることが可能になったのはグローバリゼーションのおかげです。

これまで、グローバリゼーションの精神的な影響は過小評価されていました。私たちはずっと市場と貿易の面しか見てこなかった。しかしグローバリゼーションは、私たちが自覚している以上に精神面への影響が大きかったのです。

グローバリゼーションは、今現れつつある新しい関係論的世界観の創造を導きました。

人間の意識の変化を、私たちはあらゆる場所であらゆるものがグリーン・ポリティクス(ドイツの政党「緑の党」に由来する政治姿勢で、地球環境保護、環境保全を最優先政策として掲げる)の旗の下にあるという形で目にしますが、それは意識変化の低い段階にすぎません。グリーン・ポリティクスは関係論の一つの表れでしかないのです。危機的状況にあるものについての、誤った解釈なのです。

まだ意識は最高段階に達していませんが、そこに向かいつつあります。 

21世紀はアジアの世紀だと言われており、私もそう考えています。中国だけではありません。さまざまなプレイヤーがアジアの世紀を作っています。

中国、韓国、日本、シンガポールなどなど、多くのプレイヤーたちが密につながり合い、超高速で動いています。この加速感がアジアです。そう考えると、東洋思想がますます存在感を増すことが確実に期待されます。

そして、次の世紀はアフリカの世紀になると予言しておきます。誰もその兆しを見てはいませんが、アジアと西洋の次の融合がアフリカに出現すると私は思っています。

アフリカの人々がこの二つを新しい意識の形に合体させるでしょう。彼らには歴史的な下地がありますから。しかし私たちはまだそこに至っていません。まだ遠い先の未来ですから、今その心配をする必要はありません。

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