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【いま、民主党政権を振り返る】 第6回 先鋭化する領土問題

2012年10月19日 公開
2023年09月15日 更新

前田宏子(政策シンクタンクPHP総研主任研究員)

前田宏子

 シリーズ「 いま、民主党政権を振り返る -この3年で成したこと、直面する課題とは何か-」 の第6回、「先鋭化する領土問題 ―危機管理能力の向上が必須―」です(シリーズは全6回)。
 民主党代表選では、野田総理が再選され、自民党新総裁も決まりました。遅くとも来年の夏までには解散総選挙となり、国民には新たな政権選択が求められるでしょう。
 

 09年の政権交代から3年、この機会に民主党政権の実績をさまざまな視点から検証し、今後のわが国の課題について考えていきたいと思います。今回は民主党政権3年の領土問題についてふりかえります。
 

領土問題が先鋭化した背景
 

 日本が周辺国との間で抱えている領土に関する問題が、この1~2年で先鋭化し、政府間の外交だけでなく、民間の経済活動や文化交流にもマイナスの影響を及ぼすようになっている。日本が領土に関し対立を抱えている地域とは、ロシアとの間の北方領土、韓国との間の竹島、そして日本政府は領土問題と認めていないが中国と台湾との間の尖閣諸島である。北方領土は第二次大戦後、竹島は50年代以降、尖閣諸島は70年代以降、それぞれ日本との間で摩擦の原因となってきたが、それらの問題が常に二国間関係の焦点となってきたわけではない。時期によって対立の度合いは激しくなったり弱まったりしてきたが、最近、ロシア、韓国、中国のいずれもが領土問題で日本に対し、強硬な姿勢を取るようになってきている。

 この、中国メディアいうところの「日本包囲網」は、“包囲網”と呼べるほど各国が意図して連携した結果ではないが、日本の政局が安定しておらず、強い外交が推進できない点について足元を見られた部分はあるだろう。とはいえ、現在陥っている状況の原因すべてを民主党政権の外交手腕に求めるのは酷である。領土問題の先鋭化は、アジア地域における長期的なパワー・バランスの変化を背景に起こっている現象だからである。

 そもそも、領土問題の解決には長い時間がかかる。事実、これらの問題は自民党政権時代から存在しているが、その間もほとんど事態の進展は見られなかった。さらに、相手国の国内事情で、領土問題が持ち出され煽られることもある。韓国や中国が指導者交代の時期に入ったことも、領土問題について強硬な姿勢を取らせる原因の一つとなっている。

 ただし、領土問題に関し現在日本が直面している状況について、民主党政権に何の責任もないかといえば、もちろんそのようなことはない。例えば、確たる準備も根拠もなく発せられた「北方領土問題を半年から1年くらいの間で解決する」という鳩山発言などは、日ロ双方の政策担当者に誤ったイメージを与えることになった。より根本的には、民主党政権が外交・安保政策に弱いというイメージを持たれたこと、党や政府内における調整が欠如していたこと、対外的な発信の有り方が国内向けであったことなどは、反省すべき点である。
 

民主党の領土問題に対する姿勢

 2009年の民主党マニフェストには、北方領土問題の解決に向けての前向きな姿勢と、「わが国が領土主権を有する北方領土・竹島問題の早期かつ平和的解決に向け粘り強く対話を積み重ねます」という記述があったが、2010年参院選マニフェストでは領土問題に関する記述はなくなり、その代わりに、2009年版では言及のなかった防衛政策に関する記述が若干増えることになった。前述の通り、領土問題は一朝一夕で解決できるものではなく、問題解決に向けた進展がなかったからといって、直ちに民主党政権の失点とされる性質の問題ではない。

 しかし、領土問題のために二国間のさまざまな政治対話や文化交流が中止され、経済にも影響が出ている現状は、民主党が掲げた「中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係を構築」するという目標とも、「(さまざまな)分野において、アジア・太平洋地域の域内協力体制を確立」するという目標とも合致しないだろう。「さまざまな分野での協力を深めていくことで、信頼関係を築き上げ、話し合いによる問題解決を目指す」だけでは、日本の国益を守っていくのに不十分であることを露呈したのである。

 鳩山政権がもたらした沖縄米軍基地問題の混迷化をはじめ、外交・安全保障政策について批判を受けることの多かった民主党政権だが、韓国との関係では積極的に対話を行い、両国民の互いに対する感情も好感度が上がる兆候を見せていた。しかし、2011年8月にいわゆる元従軍慰安婦などの個人の請求権問題について、韓国憲法裁判所が、韓国政府が日本と外交交渉を行わないのは「被害者の基本的人権を侵害し、憲法違反にあたる」との決定を出すと、情勢が変わり、再び韓国で歴史問題がクローズアップされるようになる。日韓間のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)も、締結直前まで行きながら、土壇場になって韓国からキャンセルされるという事態になってしまった。竹島問題をめぐる李明博大統領の日本に対する発言には行き過ぎた部分があり、韓国の主張を日本政府が認めるわけにはいかないが、選挙を控えた韓国側の微妙な国内事情と、昨年から李大統領が日本側に送ってきたメッセージを、日本政府はもっと慎重に考慮すべきであった。

 中国との間では、民主党も自民党時代に打ち出された戦略的互恵関係の重視という方針を引き継ぎながら、2010年には尖閣沖で漁船衝突事件が発生し、その時の日本政府の対応は、中国側に対日不信をもたらし、日本国内に禍根を残す結果となった。中国に対して、民主党政権は強硬ではあるが、内部統制は取れておらず、外圧に弱いというイメージを与えてしまった。2012年9月の尖閣諸島国有化後に中国が示した強硬な反応は、日本政府の対応に問題があったというより、中国の国力増強とナショナリズムの高揚という長期的観点から捉えるべき問題であるが、中国側には、圧力をかければ日本は折れるかもしれないという期待があったのではとも考えられる。

 ロシアは、領土問題を歴史問題にからめて協力する姿勢を見せ始めた中韓両国とは距離を置き、どちらにも与しない姿勢を示している。ロシアは、北方領土については、自国が実効支配を進め優勢に立っていると認識しており、中、韓、日それぞれと異なる利害を有することから、どちらかに肩入れするのはリスクを抱えることになると判断しているようである。ロシアが北方領土問題の解決にそれほど意欲を持っているようには見えないが、アジア経済への進出やシベリアを含むロシアへの投資に日本の協力を欲していることから、それらを条件として、領土問題を協議することについては同意する可能性がある。

 周辺国との関係は、言うまでもなく日本の安全保障や経済にとって重要である。様々なテーマについて、色々なレベルでの交流と対話、協力の枠組みを増やしていくことが、両国民の相互理解と友好関係の構築にとって重要であるのは言を俟たない。しかし、アジア地域においては、協力を促進するだけで安定した外交関係を維持するのはまだ不可能であり、見解の相違や利益の衝突をコントロールする能力を持つことが決定的に重要であることが、民主党政権のこの3年で改めて確認されたといえる。

領土問題について、今後検討すべき点

◇効果的な対外宣伝を◇

 領土問題は、今後も時に政治の前面に出てきては、国家間の対立を煽る原因となるだろう。中国や韓国が、領土問題について自国の主張を広めるために国際的なキャンペーンを行っているのに対し、日本の姿勢はこれまで受動的であった。また、政治家などが領土問題に対して行う発言は、外国人に日本の主張を理解してもらうためというより、日本人や日本国内の一部勢力を念頭に置いているとしか考えられない、内向きの内容が多い。

 「正しい行いをしていれば、いずれ周りは分かってくれる」、「他者の非難はしない」というのは個人としては美徳かもしれないが、政府の対応としては問題がある。他国に対するネガティヴ・キャンペーンは、日本のイメージを悪化させ、日本の主張の誠実さに疑念を抱かせる結果になりかねず、すべきではないが、相手国の主張の矛盾ははっきりと相手国にも国際社会にも指摘すべきである。

 尖閣問題については、領土問題ではないという立場から、これまで日本政府は対外的な宣伝を積極的に行ってこなかったが、最近、外務省などが方針を転換したのは良い変化である。しかし、これだけではまだ足りない。他国の政策担当者や専門家に、客観的な事実や証拠を示しながら日本の領有権の正当性を説明する取り組みを行うだけでなく、一般の人々に向けて、もっと分かりやすい説明をしていく一層の努力が必要である。ほとんどの外国人は、尖閣問題に関する詳細な資料に目を通したりはしない。70年代に中国が領有権を主張し始めてから、領有権問題は日中韓で大きな焦点となることはなかったが、1992年に中国が尖閣諸島(中国名:釣魚島)を領海法で自国領土と規定して以降、たびたび事前通告なしに調査船などを送りこんできたことや(“尖閣棚上げ”を破ったのは中国の方である)、実力で現状変更をしようとする中国の行為が緊張をもたらしていることなどを強調すべきである。

 また、日本の政治家や官僚のメッセージも、創意工夫をしてほしい。「請求権問題は法的に解決済み」、「領土問題は存在しない」というのは、間違いではなく正しい見解だが、あまり事情を知らない第三者の目にどう映るかは別の話である。木で鼻をくくったようなこれらの答弁は、悪い意味で官僚的で、このような言葉から「日本の主張を理解してほしい」という熱意は見えない。

◇海上警備能力と防衛力の整備を◇

 領土問題の解決には長い時間がかかり、その間、周辺国の挑発的行為を思いとどまらせるためには、ハード面での能力維持と向上が欠かせない。例えば、いま尖閣諸島付近では、恒常的になっている中国艦船の行動を監視するため、海上保安庁が船舶・人員を傾注しているが、他海域における通常任務もある中で、彼らにかかる負担は相当に大きくなっている。中国艦船の尖閣周辺における挑発的行動が今後も長期にわたり継続することが予想される中、海上保安庁の人員、設備を強化していくことは喫緊の課題である。

 日本の財政全般が削減を余儀なくされている中、防衛予算も長らく削減が続いてきたが、今後も中国に軍事行動を思いとどまらせるだけの抑止として作用する能力は維持していかなければならない。

 また、尖閣防衛にとって、日米同盟は死活的に重要な役割を果たしている。日本が尖閣諸島を実効支配している現状で、万が一日中間に武力衝突が発生した場合、アメリカは(決してそのような状況を望みはしないだろうが)日米安保条約に従い日本を支援することになるだろう。アメリカの介入を疑う声もあるが、アジアの同盟国の中で最も高い防衛能力を持ち、「コーナーストーン」と呼んできた日本ですら守れないということになれば、アメリカのアジア戦略は破綻する。ただし、アメリカの支援を確実なものとするためには、(1)日本が尖閣諸島を実効支配していること、(2)日本自身の防衛努力、(3)衝突に至ったとしても、それが日本の挑発によって引き起こされたわけではないと説明できる状況、が必要である。

◇危機に備えつつ、安定を維持する努力を◇

 領土問題は、特に国力・軍事力の上昇が著しい中国との間で、日本の外交・安全保障政策に相当の期間に渡って緊張を強いていくことになるだろう。日本政府は、衝突の防止と摩擦のエスカレートを防ぐ枠組み作りを最優先で進めるべきだが、同時に、起こりうるあらゆる事態への準備も怠ってはならない。

 2012年9月の中国における反日デモは「政府にとって想定外」だったと多くのメディアが報じていたが、本当にそうだったのだろうか。外務省のチャイナ・スクールの人々は、今回の事態が起こりうる可能性も想定していたのではないか。さらに言えば、政府は国有化後のシナリオについて、もっとも有力と思われた予測への対応しか考えていなかったのだろうか。当たり前だが、いくら専門家が検討しようと、予測はあくまで予測にしか過ぎない。いくつかの起こりうる可能性と、それに対応するだけのシナリオと対策を準備しておくこと、最悪のシナリオにも備えていくストレスに耐えながら、常に摩擦の鎮静化と両国関係の安定化を模索する努力が、これからの政権には求められる。

(2012年10月19日掲載。*無断転載禁止)

 <研究員プロフィール:前田宏子>☆外部リンク

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