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【いま、民主党政権を振り返る】第3回 ねじれ国会がもたらした教育政策の停滞

2012年09月28日 公開
2023年09月15日 更新

亀田徹(政策シンクタンクPHP総研教育マネジメント研究センター長)

 

 シリーズ「いま、民主党政権を振り返る-この3年で成したこと、直面する課題とは何か-」 の第3回「ねじれ国会がもたらした教育政策の停滞-決断を避けたままでよいのか-」です(シリーズは全6回予定)。

 民主党代表選では、野田総理が再選され、自民党新総裁も決まりました。遅くとも来年の夏までには解散総選挙となり、国民には新たな政権選択が求められるでしょう。

 09年の政権交代から3年、この機会に民主党政権の実績をさまざまな視点から検証し、今後のわが国の課題について考えていきたいと思います。今回は民主党政権3年の教育政策について振り返ります。

 

 「コンクリートではなく、人間を大事にする政治にしたい」とのメッセージが2009年の民主党マニフェスト(以下「民主マニフェスト」)には掲げられていた。実際、2012年度の文科省予算は政権交代前の2009年度に比べて6.7%増加している。国の予算構成に変化が生じたことは政権交代の成果といってよいだろう。

 しかし、民主党政権の教育政策は、あるときを境にその方針が次第にあいまいになっていった。後述のように、教育政策の方針が明確に示されなくなり、政権は「事なかれ主義」に陥っているようにみえる。その転換点はどこにあったのか。まずは文科省予算の約1/4を占める義務教育費国庫負担金の推移から教育政策の転換点を探ってみたい。

 

教職員定数改善の方針は2年目で修正

 義務教育費国庫負担金は教職員給与費に対する国の負担であり、予算額は教職員定数と連動している。民主マニフェストでは教職員定数に関しつぎのように述べられていた。

 「教員が子どもと向き合う時間を確保するため、教員を増員し、教育に集中できる環境をつくる」

 民主党が政権を獲得した時点で2010年度予算の概算要求はすでに提出ずみであり、そこから1ヵ月ほどの間に概算要求が修正された。教職員定数については概算要求の総枠は変えないまま内訳の組み換えが行われた。年末の予算編成では7年ぶりに定数の純増が盛り込まれ、教職員定数を重視するとの民主党政権の方針が示されている。

 民主党政権の方針がさらに明確になったのは、2011年度予算である。30年ぶりに40人学級を見直し、小学校1年生段階で35人学級とするための教職員定数が措置された。学級編制を引き下げる義務標準法の改正も行われ、民主マニフェストに沿った政策を実現するとのメッセージが伝わる予算となった。

 ただし、文科省が策定を求めた、定数を数年にわたり改善する計画(教職員定数改善計画)は2011年度予算編成時には作成されず、改正法の附則において学級編制標準を順次改定することについて政府は検討すると定められた。改善計画の策定が今後の検討にゆだねられたことからすれば、2011年度予算の時点ですでに民主党政権の方針は不確定な部分を内包していたといえるだろう。

 この間、2011年3月に東日本大震災が発生し、被災地の学校への教職員の加配措置に関する要望が国に寄せられた。各県からの要望を踏まえて文科省が緊急に追加の教職員定数を措置したことは高く評価したい。

 2012年度概算要求では、文科省は小学校1年生に引き続き、小学校2年生の35人学級を制度化するための定数改善を要求する。この概算要求のゆくえが注目されたが、2012年度予算には35人学級を制度化するための措置は盛り込まれなかった。代わりに措置されたのは、教職員の加配によって36人以上の学級を実質的に縮小するとの定数改善であった。学級編制の縮小に着手してから2年目で方針の修正が行われたことになる。

 結果的には一律に学級編制を引き下げるよりも、弾力的な加配措置を充実させるほうが地域の実情にそくした措置が可能になるとはいえ、前年度の方針を変更する明確な根拠は見出せない。小学校1年生のみ35人学級を制度化し、2年生は制度化しないというのは合理的とはいいがたい。

 教職員定数の改善に消極的であった小泉政権以降の自民党政権の方針とは異なり、教職員定数を改善するとの方針を民主党政権が打ち出そうとした点は評価できる。しかしながら、2012年度予算において学級編制の引き下げを断念したことで、教職員定数重視という民主党政権の教育政策の方針は不明瞭になっていった。

 その転換点は、参院で与野党の勢力が逆転し、ねじれ国会となった2010年の夏だったのではないか。さらに翌年8月、特例公債法案を通過させるために民主マニフェストの主要政策見直しに関する3党合意の確認書が交わされたことで、姿勢の転換は確定的となる。そこで、つぎに、ねじれ国会前とねじれ国会後で民主党政権の姿勢がどう変わったかを、「高校無償化」、「教員免許制度の見直し」、「教育委員会制度の見直し」という主要政策の動きで検証する。

高校無償化はねじれ国会前に実現

 高校無償化は、民主マニフェストの重点事項であった。政権交代の1ヵ月後に修正した概算要求に高校無償化のための予算が盛り込まれ、2010年3月には高校無償化法が成立した。制度化に向けて急ピッチで作業が進められたことがわかる。

 その内容は、公立高校の授業料不徴収と私立高校等に通う生徒への就学支援金の給付である。制度発足から2年が経過した2012年度で約4,000億円の予算が計上されている。高校無償化の実現を受け、政府は、今月(2012年9月)、無償教育の漸進的な導入を定めた国際人権規約の留保を撤回した。

 制度は大きな混乱もなく運用されている。けれども、高校無償化には所得制限がなく、一律に支援することになっているとの効率性の問題がある。公立は授業料不徴収、私立は授業料徴収という公私間格差の問題もある。先述の3党合意では「高校無償化(中略)の平成24年度以降の制度のあり方については、政策効果の検証をもとに、必要な見直しを検討する」とされた。文科省の調査では経済的理由により高校を中退した生徒の割合は減少したとされるが、効果検証の結果はまとまっていない。また、朝鮮学校の取扱いに関する政府の結論もまだ出ていない。

 そういった問題点を抱えてはいるものの、現行制度は民主マニフェストに沿った内容となっている。高校以外にも専修学校高等課程や外国人学校も制度の対象に含まれている。つまり、すべての子どもたちに教育のチャンスをつくるとの民主党政権の方針は、高校無償化というかたちによって明確に表されているといえよう。

教員免許制度の見直しは先送り

 民主党政権は、教育改革を3段階に分けて計画していた。第1フェーズが「学費負担の軽減」、第2フェーズが「教員の質と数」、第3フェーズが「ガバナンス」である。第1フェーズである高校無償化を実現させた後、文科省は第2フェーズの課題に着手した。「教員の数」が前述の教職員定数の改善であり、「教員の質」が教員免許制度の見直しである。2010年6月、文科大臣は中教審に教員の資質能力向上方策を諮問した。

 民主マニフェストでは「教員免許制度を抜本的に見直す」、「教員の養成課程は6年制(修士)」と記述されていた。教員免許更新制の見直しは民主マニフェストでは明記されていないが、中教審への諮問文では「教員免許更新制についても、その効果の検証を踏まえ、今後の在り方を御審議いただきたい」としている。

 当初、中教審は2010年中に議論をまとめる予定であった。「本年中を目途に、できればご議論をおまとめいただき、来年からの諸施策への一定の方向性を示していただければありがたい」と川端文科大臣(当時)は述べている。だが、その後のねじれ国会という政治情勢が、中教審の審議にブレーキをかける。ねじれ国会のもとでは仮に審議会で制度改正を提言しても、与野党が対立するような法案については成立の見通しが立たないからだ。結局、答申がまとまったのは審議開始から2年後の本年8月であった。

 しかも、答申は具体性に欠ける内容となった。教員養成の修士レベル化という方向性は示されているものの、制度設計は先送りされている。具体的な仕組みが描かれていなければ説得力のある提言とはいいがたい。教員免許更新制にいたっては、「詳細な制度設計の際に更に検討を行う」と書かれているのみであり、方向性さえ示されていない。

 制度改正の実現の見通しは立たないとしても、審議会として教員免許更新制の成果と課題を検証し、制度の見直しについて提言しておくことは可能ではないか。政治情勢に対する「過度の配慮」の結果、免許更新制に関しては政策推進の意欲が感じられない答申内容となった。教員免許更新制が導入されてから3年が過ぎている。制度の課題を検証し、見直すべき内容を整理しておくべきだ。

教育委員会制度の見直しは未整理のまま

 教育改革の第3フェーズの政策に教育委員会制度の見直しがあげられる。けれども、第2フェーズにあたる教員の質に関する政策が先送りされたのと同様、教育委員会制度の見直し作業もはかどっていない。文科大臣の記者会見での発言によれば、省内に教育委員会制度に関するタスクフォースを設置しているとのことである。そのタスクフォースは、昨年度中に考え方をとりまとめるとされていた。しかし、現時点では検討の結果も経緯も公表されていない。

 教育委員会制度については、本年夏に社会問題となった大津市のいじめ事件に関連し、大津市長をはじめいくつかの自治体の長から教育委員会制度を見直すべきとの声があがっている。これまでも、地方分権改革推進委員会や知事会、市長会などから見直しが提言されているが、課題は積み残されたままだ。

 教育委員会制度の問題点は、教育行政の責任と権限が教育委員会と首長とに分散されていることだ。民主党は2009年の政策集において「現行の教育委員会制度は抜本的に見直し、自治体の長が責任をもって教育行政を行います」と掲げていた。にもかかわらず、教育委員会制度を維持するのか見直すのか、民主党政権の方針は示されていない。

 

 以上みたように、ねじれ国会以降、民主党政権の方針が国民にとってきわめてわかりにくいものとなっている。教育政策の方針を明らかにすることを避ける「事なかれ主義」といったほうがよいかもしれない。ねじれ国会で法案が通らないという政治情勢への「過度の配慮」が、法案を提出しないばかりでなく、方針の明確化さえ回避する状況を生んでいる。

 政権が教育政策の方針を示すべきであるのは当然だ。政権の枠組みが今後維持されるかどうかは不明であるが、どのような枠組みにおいても教育政策に関する明快なメッセージの発信を望みたい。(2012年9月28日掲載。*無断転載禁止)

 <研究員プロフィール:亀田徹>☆外部リンク

 

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