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【いま、民主党政権を振り返る】 第5回 財政運営の混乱を招いた政権交代

2012年10月12日 公開
2024年12月16日 更新

宮下量久(政策シンクタンクPHP総研政治経済研究センター主任研究員)

宮下量久

 シリーズ「いま、民主党政権を振り返る-この3年で成したこと、直面する課題とは何か-」の第5回「財政運営の混乱を招いた政権交代-バラマキ合戦は続くのか-」です(シリーズは全6回予定)。
 

 民主党代表選では、野田総理が再選され、自民党新総裁も決まりました。遅くとも来年の夏までには解散総選挙となり、国民には新たな政権選択が求められるでしょう。
 

 09年の政権交代から3年、この機会に民主党政権の実績をさまざまな視点から検証し、今後のわが国の課題について考えていきたいと思います。今回は民主党政権3年の財政運営について振り返ります。

 政権交代後、財政状況は厳しさを増している。本年度の基礎的財政収支は約22兆円の赤字になる見込みであり、民主党政権になって赤字幅は15兆円近くも拡大した。歳出を見てみると、社会保障費は少子高齢化の進展もあり増加の一途をたどっている。また、農家への戸別所得補償や高校無償化といったマニフェストに掲げられた政策も続けられている。一方、歳入については、税収が経済低迷の影響もあって落ち込んでおり、赤字国債の発行額とほぼ同規模になっている。政府は成長戦略を毎年作成しているが、今のところ税収増加に結びついている様子はない。結果として、赤字国債発行法案が国会で成立しなければ財政資金が枯渇する、という異常事態にわが国は直面している。政府は戦後初の予算執行抑制を始めており、国民生活にこの影響が広がるのは時間の問題である。なぜ、このような財政運営に陥ってしまったのか。政権交代後の歳出削減と歳入増加への主な取り組みを振り返りつつ、今後の財政健全化に向けた課題を考えていきたい。

「コンクリートから人へ」が「コンクリートにも人にも」へ

 民主党が2009年の総選挙でマニフェストに掲げた目玉政策は、子ども手当てや公立高校の実質無償化といった、社会保障・教育分野の対人サービスが中心であった。それまで自民党政権が進めてきた道路やダム建設といったインフラ整備中心の政策を転換する「コンクリートから人へ」という方針のもとに打ち出された政策である。

 こうした政策の財源は予算を全面的に組み替えることで確保しようとされた。前原国土交通相が表明した八ッ場ダムの建設中止は政権交代後の政策転換を象徴する出来事として注目されたが、実際のところ鳩山内閣は、4年間で行なう予定だった公共事業関係費1.3兆円削減という目標をわずか1年で達成している。平成23年度の公共事業関係費はさらに圧縮され、マニフェストで掲げた目標以上の削減を果たした。小泉内閣発足以降、自民党政権も公共事業費を徐々に縮小させていたが、仮に政権を維持していたとしても、建設業界など支持母体の反対によって、これだけ大胆な公共事業削減をこれほど短期間に行なうことはできなかっただろう。民主はその意味においては自民に勝ったといえる。
 

 ところが、こうした姿勢は長くは保たれなかった。凍結されていた北海道・北陸・九州の新幹線整備事業が今年認可され、8月から3区間の建設が始まった。八ッ場ダムについては、地元住民や周辺自治体からの反対意見を調整することができず、中止の撤回を余儀なくされた。その一方で、高校無償化などの支出は継続されている。つまり、「コンクリートから人へ」変えようとした財政運営は、「コンクリートにも人にも」歳出拡大するという方向に再転換したのである。この傾向は、次の総選挙への圧力が高まるにつれて強くなったように見える。

期待はずれとなった「事業仕分け」による歳出削減

 歳出削減策としてもうひとつ注目されたのが、事業仕分けである。民主党政権は発足まもなく内閣府に行政刷新会議を設置し、それまで自治体などで行なわれていた新手の方法でマニフェスト政策の財源捻出を試みたのである。事業仕分け第1弾が行なわれた際の鳩山内閣の支持率上昇は、国民の期待が高まったことを物語っている。一般公開された事業仕分けの会場にも大勢の人が詰め掛けたばかりか、インターネットを通じて流された議論の展開を注意深く追う人たちもかなりの数に及んだ。この試みが一般の人々の政策に対する関心や理解を深めるきっかけになったとすれば、政権交代の功績のひとつとして評価されるべきであろう。
 

 しかし、事業仕分けは歳出削減という一義的目的については期待を裏切ることとなった。その理由として、事業仕分けが歳出削減の手法としては必ずしも適切ではなかったことがあげられる。本来、仕分けは各事業の内容改善を目的にした改革手法であって、歳出削減(事業廃止や予算縮減)を前提にしたものではない。にもかかわらず、政府与党はこれに過剰な期待をしてしまったのである。また、仕分け対象になる予算額が比較的小さかったことや、重要案件については十分に議論がなされなかったことも歳出削減が進まなかった一因であったかもしれない。歳出削減を目的とするのであれば、仕分け対象事業の選定を、そのプロセスを開示するとともに、より戦略的に行なう必要があったと思われる。
 

 このように民主党政権は予算を十分に節減できなかったにもかかわらず、その一方で高速道路無料化や子ども手当てなどのマニフェストに掲げた政策を実現し、国民との約束を果たそうとした。その結果、赤字国債乱発の財政運営に陥り、高速道路無料化の実質的撤回、歳出抑制を目的とした子ども手当から児童手当への変更というように、新たに始めた政策の一部を揺り戻しせざるを得なくなったのである。

根拠があいまいな消費増税

 民主党政権は総選挙直後の求心力を失いつつある中で、国民から新たな反発を買いかねない社会保障改革にも取り組んだ。社会保障費は高齢化などによって、毎年1兆円以上も自然増加しており、その財源確保は政府にとって喫緊の課題になっている。2010年10月、菅内閣は政府・与党社会保障改革検討本部を設置し、年金や子育て制度などの改革に本格的に取り組み始めた。そして今年2月には、野田内閣が安定財源確保のために消費増税を盛り込んだ社会保障・税一体改革大綱をまとめることとなった。そこには、消費税率を2014年に3%、2015年に5%引き上げることを前提にした制度設計が示されており、社会保障の機能強化にかかる費用全体(約3.8兆円)から現行制度の見直しによる歳出抑制分(約1.2兆円)を差し引いた2.7兆円程度、ちょうど消費税1%分を追加費用として見込んでいる。
 

 本来、このような歳出増加を行なう前に検討すべきは、制度のたてつけの改善である。大綱には、「国民の自立を支え、安心して生活ができる社会基盤を整備する」ために、機能強化が必要とある。しかし、安心な生活を保障しようとすること自体に、国民の自立を妨害する可能性があるのは既知の事実である。例えば、現行の生活保護制度では、1ヵ月の支給額が最低賃金で働いた月額給与を超える場合もあり、受給者の労働インセンティブを削ぎ、自立を難しくさせている側面がある。このような状況で給付を強化すれば逆効果となる。むしろモラルハザードをなくすように制度を見直すことが、社会保障の本来目的を達成し、しかも予算増加も抑制しうる。
 

 現行制度の見直しによる歳出抑制(約1.2兆円)にも不明な点がいくつかある。例えば、年金制度では、支給額を物価水準に合わせて増減するマクロ経済スライドがデフレ下で適用されず、これまで約7兆円の過払いが生じている。これについては政策仕分けでも議論され、改革案にも見直し項目として記載されたが、これを実施した場合の歳出削減額は計上されていない。また、子育て支援でも、保育サービスの効率化による経費節減額については記述がなされていない。すなわち、現行制度の見直しによる歳出抑制額は過少に見積もられているのであり、その分と歳出抑制約1.2兆円を足した額が追加費用分の2.7兆円に達すれば、消費増税1%分は不要となる。
 

 さらに大きな問題が、自民・公明との修正協議において消費増税関連法案に追加された次の一文である。「税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、我が国経済の需要と供給の状況、消費税率の引上げによる経済への影響等を踏まえ、成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分する」。消費増税5%のうち4%分(約11兆円)は、(1)年金財源の安定化、(2)高齢化等に伴って増加する歳出、(3)社会保障制度の機能維持、(4)消費税引上げに伴う社会保障支出の増加、という4項目に充当される予定だが、この一文によって、増税で確保した財源を社会保障以外の歳出に転用できる余地を残してしまったのである。法案成立のために野党と妥協した結果が、今後の財政健全化にむけて大きな禍根となりうる。

バラマキ合戦のツケは国民に回ることを忘れるな

 民主党政権の財政運営は健全化への展望を描けない混乱状態にある。しかし、3年前の総選挙で民主党に300超の議席を託したのはわれわれ国民であり、財政運営の混乱を招いた責任を与党初体験でヨチヨチ歩きの民主党だけに求めるのは必ずしも妥当とは言えないだろう。
 

 PHP総研が2009年に発刊した『マニフェスト白書』では、民主党マニフェストの評価は自民党のものより低くなっていた。財政政策の評価コメントには、「税金のムダ遣い根絶という理念は明確だが、長期的な税財政のあり方や財政の持続性に言及がない。財源の確保策と新たな政策の優先順位が不明。財源となる埋蔵金の詳細も不明で、財源不足が懸念される」とある。マニフェストをよく読めば、バラマキ政策の実施と財源の不足から生じる財政悪化を予見できたにもかかわらず、国民は政権交代を願ったのである。
 

 次の総選挙でも各党はマニフェストを掲げてくるはずである。われわれ国民はこの数年間の経験を踏まえて、どこに注目していくべきであろうか。前回の総選挙は、リーマンショック後の経済対策を名目として、自民・民主とも「無償化・無料化」政策を提示する「バラマキ合戦」の様相を呈していた。次は、東日本大震災後の防災対策を目的とした新たな「バラマキ合戦」が展開されるかもしれない。すでに自民党は、災害に強いインフラ整備のために総額約200兆円の公共投資を目指す国土強靭化基本法案を先の通常国会で提出しており、総選挙に向けて公共事業拡大を公約として提示してくる可能性が高い。民主を始めとする各党もこれに対抗したバラマキマニフェストを作成する恐れがある。
 

 われわれが忘れてはならないのは、こうした公共事業や「無償化・無料化」政策の費用をまかなうのは自分たちが納めた税金であり、赤字が出れば、そのツケを払うのもわれわれ国民であるということである。こうしたことを念頭にした冷静な投票行動が求められるのではなかろうか。(2012年10月12日掲載。*無断転載禁止)

研究員プロフィール:宮下量久☆外部リンク

 

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