2024年05月20日 公開
2024年5月20日、頼清徳が台湾総統に就任。台湾をめぐるアメリカと中国の緊張関係はいっそう高まるだろう。さらに波乱が予見されるのが、11月のアメリカ大統領選挙。復活が囁かれるドナルド・トランプの第2次政権=「トランプ2.0」で生じるリスクを専門家が予測する。
※本稿は、峯村健司著『台湾有事と日本の危機』(PHP新書)を一部抜粋・編集したものです。
台湾総統選挙後、台湾有事の命運を握るとみられるイベントがある。2024年11月の米大統領選だ。
米史上最高齢となる81歳の現大統領のジョー・バイデンは再出馬を表明している。最近では、記者会見で言い間違いをしたり、移動中につまずいたりする姿がメディアで頻繁に報じられるようになり、有権者の間でも健康不安説が高まっている。バイデン政権に助言をしている民主党関係者は、再出馬をめぐる状況についてこう打ち明ける。
「ホワイトハウス内のスタッフの最大の関心事は、内政や外交よりも大統領の健康問題となっている。大統領が転びにくいテニスシューズを探したり、飛行機のタラップをどのように安全に下りればいいのか議論したりしている。2期目の政権運営を不安視する声は高まっているものの、大統領本人は再出馬に強い意欲を示している」
落ち目の現職大統領を尻目に、捲土重来を期す前大統領のドナルド・トランプは優勢を保っている。機密文書の持ち出しを含め、4つの刑事事件で起訴されており、すべて有罪となった場合の最高量刑は合計で禁錮700年以上となる。
だが、米国憲法は刑事事件で起訴された人物の大統領選立候補を禁じていない。むしろ、起訴されるたびに、支持率は上昇している。共和党候補者によるテレビ討論会を欠席しているにもかかわらず、党内支持率のトップを走り続けている。
対バイデンでも優位に立っている。米ネットニュース企業のメッセンジャーと調査会社ハリスXが2023年12月に実施した世論調査によると、トランプとバイデンが候補者として争った場合どちらに投票するか尋ねたところ、トランプが47%で、バイデンの40%を上回った。
中でも、選挙のたびに勝利政党が変わる「スイングステート(揺れる州)」において、トランプが優勢のようだ。米『ニューヨーク・タイムズ』紙などが2023年11月に公表した世論調査によると、勝敗を決するうえで重要な6つの州(アリゾナ、ジョージア、ミシガン、ネバダ、ペンシルベニア、ウィスコンシン)のうち、ウィスコンシンを除く5州でトランプがバイデンをリードした。2020年の大統領選では、この6つの州すべてでバイデンがトランプを破っている。
訴追されている事件の行方次第では予断を許さないものの、このままの状況が続けばトランプがバイデンを制する可能性が高まりつつあるといっていいだろう。
ではトランプが再選した場合、「トランプ2.0」の対中政策はどのようになるのだろうか。 トランプは1期目の選挙期間中から、中国批判を繰り広げてきた。とくに中国との貿易赤字を敵視しており、2018年7月以降、米国に輸入する中国製品に追加関税をかけてきた。バイデン政権の対中政策についても、トランプは「弱腰」と批判を展開している。
「トランプ2.0」でも引き続き対中強硬政策を続けるのだろうか。第一次トランプ政権で外交政策に携わった高官はこう予測する。
「大統領自身が対中政策に主義や思想があるわけではなく、必ずしも1期目の強硬政策を続けるとは限らない。そのときの世論の『風』を読んで、支持の獲得に有利になるかどうかを重視している。それによって、極端な対中強硬に振れるか、融和路線に舵を切ることも十分にある。ライバルであるバイデン氏と正反対の政策を選ぶことは間違いない」
「トランプ2.0」の基本政策が「反バイデン」路線だと仮定すると、トランプ自身が今のバイデン政権の対中政策をどのように評価しているのかが重要になってくるだろう。
トランプがバイデン政権の対中政策を「弱腰」とみていれば、さらなる強硬路線を採るだろう。公約に掲げているように、中国に対し、低関税での輸入を認める貿易優遇措置の「最恵国待遇」の取り消しに踏み切る可能性がある。安全保障面でも1期目のように軍備増強を進め、中国への圧力を強めていくこともありうるだろう。
台湾情勢が緊迫してきた場合、米軍を参戦させて中国との交戦も辞さない姿勢を示すことも十分に考えられる。
一方、バイデン政権の対中政策が「強硬」だとトランプが評価していれば、中国との関係改善に動くことも考えられる。
バイデン政権はトランプ政権の対中強硬路線を受け継いだうえ、日本や韓国との同盟強化を図って対中抑止を強めてきた。中国向けの先端半導体の輸出規制を強めたほか、米国が主導する新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を打ち出して、経済安全保障の観点から中国への圧力を強化した。
2023年8月には、ワシントン近郊の大統領山荘キャンプ・デービッドに岸田文雄首相と韓国の尹錫悦大統領を招いて首脳会談を行った。
この地に大統領が任期中に外国要人を招待するのは1回か2回だけ。日本の首相として初めて中曽根康弘が1986年にロナルド・レーガン大統領に招待されたほか、ジョージ・W・ブッシュ大統領が2001年に小泉純一郎首相を、2007年に安倍晋三首相をそれぞれ招いている。それだけバイデンが日本と韓国との同盟を重視していることの裏返しといえよう。
また、台湾政策についても、中国軍が台湾侵攻をした場合に米軍が防衛することをバイデンは4度にわたり明言している。
この反対の政策を「トランプ2.0」が採ったらどうなるだろうか。中国への先端半導体の輸出規制を緩和し、IPEFなどの枠組みを形骸化するだろう。一期目のように習近平政権と交渉をして、対中貿易赤字の縮小を中国側に約束させる見返りに安全保障で妥協をするディール(取引)をすることも考えられる。同時に日本や韓国に対し、米軍の駐留経費の負担増を求めてくるだろう。
そして何よりも予測が難しいのが、「トランプ2.0」の台湾政策だ。トランプは台湾政策についてほとんど公言していない。それを垣間見ることができるのが、2023年7月の米FOXテレビのインタビューで、「たとえ中国と戦争になっても、米国は台湾を守るべきか」という質問にトランプはこう答えた。
「私が大統領の立場だったら、私の考えていることについては答えたくない。その質問に答えたら、交渉のうえで私が不利な立場に置かれるからだ。一つ言えることは、台湾は私たちの半導体製造をすべて奪ってしまった。私たちはかつて自分たちで半導体を製造していたが、今では半導体の90%が台湾でつくられている。もし中国が台湾を奪えば、世界を敵に回すことになる」
「覚えていてほしいことは、台湾が高性能で素晴らしい我々のビジネスを奪ったということだ。我々はそれを阻止すべきだった。課税すべきだった。関税をかけるべきだった」
トランプの台湾観は、民主主義のような価値観ではなく、半導体産業という経済要素だけに重点が置かれていることがうかがえる。しかも、中国と同様、米国の産業への「加害者」とみている点が見逃せない。
台湾有事が緊迫化してくると、トランプは台湾を防衛する見返りに、半導体産業を米国内に誘致するような交渉を仕掛けてくるほか、高額な武器の購入を台湾側に要求することが想定できる。
また、台湾を対中交渉の取引材料の一つとみていれば、中国との貿易赤字を縮小する見返りに台湾問題で譲歩する可能性が浮かび上がる。これによって、トランプが「台湾危機を回避した」と内外にアピールできれば、悲願のノーベル平和賞の獲得に一歩近づくことにもつながる。
こうしてみると、中国に対して「トランプ2.0」が強硬になっても、デタント(緊張緩和)に向かったとしても、台湾をめぐる現状は崩れ、日本にとっても厳しい情勢に追い込まれることになる。
2024年の「選挙イヤー」は、国際秩序を激変させる転換点となりうる。中でも第2次世界大戦後、80年近くにわたり奇跡的に平和を享受してきた日本が、最大の被害国になりかねない。その最大のトリガー(引き金)となりうるのが、台湾有事なのだ。
更新:12月02日 00:05